猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
99 / 256

筒井の夜襲

しおりを挟む
「雲之介さん、起きてくれ!」

 乱暴に揺さぶられて無理矢理起こされた。何がなんだか分からないけど、必死な顔で僕の顔を覗きこむ雪之丞くんに「どうしたんだ?」と訊ねる。

「夜襲だ! 筒井の兵が、本陣に!」
「なんだって!?」

 耳をすませば兵の騒ぐ声がする。どうやらいきなりの夜襲で混乱しているようだ。

「雪之丞くん、具足を着たか?」
「いや、俺も今起きたばかりで――」

 ゆったりな口調で言葉数の少ない雪之丞くんが、ここまで早口で喋るのは珍しい。
 ようやく状況を把握した僕は「まずは兵を静めよう」と言う。

「敵兵の数は分からないけど、同士討ちしてしまう可能性がある。まずは将である僕が表に出る」
「危険すぎないか?」

 僕は立ち上がって具足を身に纏いながらにっこりと微笑んだ。

「そのときは雪之丞くんが守ってくれるだろう?」
「――っ! ああ、もちろんだ!」

 心強い返事に頼もしさを覚える。僕たちの準備が整ったので、陣の外に出る。
 刀や槍を持っている、具足を着ていない足軽たちが僕を見ると、どうしたらいい? と言う顔をした。

「落ち着け! まずは怪しい者がいるか、確認するんだ!」
「あ、怪しい者って、どういう奴ですか?」

 足軽の一人に訊かれて、少し考えて「具足をきちんと着ているものだ」と堂々と言った。

「この混乱の中、具足をきっちり着ている者はいないし、夜襲に備えていた者でも緩ませているはずだ」
「な、なるほど!」
「しかし殺すな。なるべく生け捕りにしろ。敵の人数や狙いを聞きたい」

 この場に居た足軽は三十弱だった。まずは半兵衛さんの陣に向かう。おそらく兵の混乱をいち早く収めているはずだ。

「雲之介さん! あれを見てくれ!」

 雪之丞が指差すところで、きちんと具足を着た足軽が「筒井の兵が攻めてきたぞ!」と騒いでいる。

「五千の兵で攻めてきた! 逃げろ!」

 周りに居る足軽たちは「ご、五千の兵……」とすっかり怯えてしまった。

「慌てるな。まずは僕が行く。雪之丞くんも来てくれ」
「あ、ああ……」

 僕は騒いでいる足軽に訊ねた。

「五千の兵とは本当か?」

 足軽は「ははっ。まことにございます!」と自信満々に言った。

「そうか。しかしどうしてそれが分かる?」
「へっ?」
「こんなに混乱しているのに、どうして正確な人数を堂々と言えるんだ?」

 呆然とした足軽だったけど、次の瞬間、顔色を変えて刀を抜こうと――

「くっ! この――」

 雪之丞くんがその足軽の顔面を思いっきり殴った。倒れる足軽の喉元に、素早く刀を向ける雪之丞くん。

「くそ!」
「皆の者、この者を縛り上げよ!」

 上手く捕縛できたので、周りを足軽たちに囲ませて、問い詰めることにした。

「お前は筒井の兵だな」
「…………」
「指揮している者の名前は?」
「…………」
「何人で攻めてきた?」
「…………」

 何一つ言わない。不敵な顔でこっちを睨み付けている。

「どうする? 骨の一本でも折るか?」
「そんな野蛮なことはしたくない」

 物騒なことを言う雪之丞くんを抑えつつ、僕は自分なりの考えを言う。

「おそらく少数で潜入したんだろう。違うか?」
「…………」
「何が狙いだ? これだけの大混乱だ。もう十分引き上げてもいい。しかしどうしてお前はここに留まって、まだ混乱させようとする?」
「…………」
「まさか――この機に乗じて、松永を始末する気か?」

 僕の言葉に顔を少し引きつらせた筒井の兵。

「松永が――危ない! みんな、急いで松永の陣に行くぞ!」

 僕を先頭に、松永の陣に向かう。
 その際、雪之丞くんは言った。

「松永が狙いなら、助ける必要は――」
「もし松永が死ねば、その責は誰が負う?」
「……それはそうだ」
「雪之丞くん。もう少し考えたほうがいい」

 やはりと言うべきか、松永の陣の前で殺し合いが繰り広がれていた。
 しかし流石に松永、口では夜襲はないと言いながら、備えはしていたようだ。
 どう加勢したものか、悩んでいると騎馬武者が松永の兵を蹴散らして、陣の中に入る。

「くそ! 雪之丞くん、行こう!」

 僕は隙を見て、陣の中に入る。

「松永ぁ! これで終わりだ!」

 槍を構えた武士――立派な体格だ――が槍先を松永に向けている。

「ほう。威勢がいいな若造。名乗れ」
「はっ! 俺の名は――」

 名乗りも待たずに、隣にいた雪之丞くんが、その武士に向かって――突撃した。

「ぬう!」

 素早く反応した武士は雪之丞くんが抜きながら放った刃を槍の中間で受けた。
 ぎしっと音がして、槍がへし折れる。

「おお、見事!」

 敵は槍を捨てて腰の刀を抜く。そして上段に構える。
 一方の雪之丞くんはやや下向きに構えて出方を窺っている。

「おとなしく降伏しろ! 既にお前の味方は全員殺した!」
「な、なんだと!?」

 はったりだったが、敵は少し動揺したようだった。

「勇士たちを無惨に……許せん!」

 こちらに注目したのを見て、雪之丞くんは――懐に飛び込んだ。
 見るかぎり、敵のほうが僅かに大きい。離れていては不利だと悟ったのだろう。

「舐めるな小僧!」

 不意打ちの切り上げを半歩下がることで難なく回避する敵の武将。
 なかなかやるようだ。
 松永の本陣に単独で入るだけはある。

 そこからは言葉もなく、刀と刀で斬りあう、殺し合いになった。
 もはや僕には介入できない。

「ううむ。なかなかやりますな。貴殿の家来は」

 いつの間にか僕の隣に来ていた松永。油断ならないな。

「剣の才がありますな。敵方よりも圧倒的に上。勝負ありだ」

 松永の見立てどおり、雪之丞くんは敵の刀を払いのけて、蹴りを入れて倒れさせた。

「ぐうう!」
「トドメだ――」

 馬乗りになって、喉元を刺そうとする――

「やめるんだ、雪之丞くん!」

 思わず止める――雪之丞くんは不思議そうな顔で僕を見る。

「この者には聞かないといけないことがある……縛り上げてくれ」

 僕は近くで何もできずにおろおろしていた松永の兵たちに言った。

「くそ! 殺すなら殺せ!」

 縛られながらお決まりの台詞を吐く捕らえられた敵将。
 松永は危害が及ばない範囲でにやにやしている。

 その後、混乱が収まった本陣で、敵将を尋問することになった。

「まさかたったの五百で一万の兵たちを混乱させるなんてねえ」

 半兵衛さんは感心したように言う。

「稲葉山城をたった十六人で攻め取った軍師が言うと皮肉に思えるぜ」

 首をこきりと鳴らす正勝。確かにそのとおりだ。

「さて。君は筒井家の家臣で間違いないかな」

 秀長さんは余裕をもって、敵将に訊ねる。

「……筒井家家臣、島清興だ」

 僕たちは顔を見合わせた。聞いたことがなかったからだ。

「無名の若武者にしてやられたのね……」
「おいおい。落ち込むなよ」

 半兵衛さんを慰める正勝。
 しかし、半兵衛さんは化粧をきちんとしているな。まあ落ち着いてからしたんだと思うけど、まさか混乱の最中にしたわけじゃないよな……

「この戦、勝てぬと君も薄々感じているだろう。何故、このような夜襲を?」
「松永さえ討ち取れれば、それで良かったのだ。俺の命などどうでもいい」

 島が秀長さんに返した言葉が、気に入らなかった。
 だからこう言ってしまった。

「筒井家の人間は短絡的なのか?」

 島は僕を睨みつけた。

「今なんと言った?」
「攻める機会ではないのに攻め立て、無謀な夜襲をして、こうして捕らわれている。短絡的としか言いようがないな」

 僕の言葉に本気で腹を立てたらしい。暴れだして「撤回しろ!」と叫ぶ。

「殿の心を知らぬ者め! 叔父の順政さまを殺された恨みを! 何一つ知らん分際で――」
「ああ、知らない。そんな小さい恨みで時勢を誤るような大名なんて知ったことか」

 僕は島と目を目を合わせた。

「ましてや君のような優れた将を、死地に向かわせるような大名なんて、滅べばいいんだ!」
「貴様ぁあああ!」

 島も怒っていたけど、僕も怒っていた。
 もしも五百ではなく、もっと多くの兵で夜襲をかけていたら、勝っていたかもしれない。
 つまり、使い捨てにされたのだ。彼は。

「秀長さん。島の処遇はどうなる?」
「……切腹させるつもりだけど」

 僕は首を横に振って、島に言う。

「君、僕の家来になれ」
「……何を言っているんだ?」

 僕の言っていることをこの場に居る人間には分からなかっただろう。
 捨て駒にされた彼に同情を覚えたことに気づいたのはいないだろう。

「おそらく筒井家は滅ぶ。そしたら松永に復讐なんてできやしない」
「…………」
「だけど織田家に居れば、松永を討つ機会があるかもしれない」
「馬鹿な。松永は従属しているはずだ」
「あの大悪人が、裏切らない保証がどこにある?」

 僕は脇差で縛っていた縄を解き、島に渡した。

「その脇差で切腹してもいい。僕をここで殺してもいい」
「ちょっと! 何言ってるのよ、雲之介ちゃん!」

 半兵衛さんの制止する声。
 島も僕の言っていることを図りかねているようだ。

「僕を信じられるかどうか。それだけだ」

 しばらく僕の顔を見つめて、そして脇差を僕に返した。

「……はっきり言って、お前は頭がおかしいのではないか?」
「ふふ。初めて言われたよ」
「信用できん。だがしばらく考えてみる」

 そして正勝に向かって言った。

「縄で縛ってくれ。そのほうが安心するだろう?」



 夜が明けて、ご嫡男の信忠さまがやってきて。
 城攻めが――行なわれた。
 筒井家は抵抗したけど、多勢に無勢で――
 二日後に落城した。
 燃えゆく城を、島は黙って見ていた。
 泣き言も弱音をも言わず、黙って見ていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...