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人との出会い
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長浜城の謁見の間。
僕は珍しい客人を茶を点ててもてなしていた。
「うむ。やはり雨竜殿の点てる茶は美味しいな」
天下の大悪人、松永久秀である。彼は満足そうに僕の点てた茶を飲んでいる。
「なかなかのお手前、見事である」
「その言葉を聞けて、嬉しく思います」
家臣たち――特に恨み骨髄の島は会うべきではないと猛抗議してきたけど、僕は訪ねてきたのだから会うべきだと反対を押し切った。まあ僕を幻術で操ろうとした危険人物に違いないけど――
「ふふふ。やはり度胸がおありだ。わしと二人きりで会ってくれるとは」
正直、この老人に対して、どんな感情を持てば良いのか分からない。
恐怖――ではない。
嫌悪――とも違う。
尊敬――間違いだ。
強いて言うのなら、理解不能の四文字が相応しい。人をあっさりと裏切ったり殺したりできるなんて、僕には想像できない。
そう。理解できないのだ――
「それで、ご用とは?」
「特に用はない。家督を息子の久通に譲ってな。暇で仕方がない」
「……僕はこれでも忙しいのですが」
「知っている。留守居役なのだろう?」
ふざけているのか真面目なのか、まったく理解できない。
「しばらく会わないうちに、いろいろな変化が貴殿にあったそうだな」
「ええ。かなりありましたね」
「伊勢長島を落とした褒美に、織田家の一門衆になったそうじゃないか。まさか本圀寺で会った少年がそこまで出世するとはな」
「松永殿は大和国の四分の三を支配する大名ではないですか。それと比べたら大した出世ではないです」
「ふふふ。畿内を手中にしていた身からすると落ちぶれたものよ。それに既に隠居している」
皮肉……ではないな。松永は何の後悔もしていないみたいだ。
「松永殿。あなたに訊きたいことがある」
「なんだ? なんでも訊いてみよ」
僕は天下の大悪人に問う。
猿の内政官は松永に問う。
「どうして人は争うんだ?」
「…………」
「自分の大事なものを守るためか? それとも他人のものを奪うためか?」
松永は――にっこりと微笑んだ。まるで好々爺のように。
「その答えは一つではない。自分の大事なものを守るためであったり、他人のものを奪うためであったりする。自分の権力を高めるためかもしれん。落ちぶれるのが嫌なだけかもしれん。ただ単に殺し合いが好きなだけかもしれん。答えなど――元より求めることは徒労かもしれぬ」
悪人にしては正論だと思った。
しかし聞きたい答えではなかった。
「では、松永殿はどうして戦うんだ?」
「それは簡単よ。己がどこまで上り詰められるか、天下に証明するためだ」
上り詰められるか? 天下に証明?
「わしは立派な出自とは言えぬ。しかしそんなわしでも大和の国主になれた。畿内を差配することができた。天下にわしという人間が居たことを証明できたのだ」
「つまり、それが松永殿の野心と野望の原動力だったのか?」
「ふふふ。そんなわけなかろう。初めは違う。わしは一心不乱に出世するため、必死で戦った。しかし三好家の重臣となったとき、こう思ってしまったのだ」
松永は手を大きく広げて笑った。
「ああ、こんな簡単に夢は叶ってしまうのか、とな」
「夢……」
「そう。夢だった。偉くなって誰も彼も見返してやるというあまり美しくない夢だ。しかしだ、夢は覚めるもの。そしてまた別の夢を見るようになる。それが人生だ」
松永が何を言っているのかは分かる。要は現状に満足できない人間なんだ。だから果てしない夢を追う。夢を現実のものとするために、戦い続けている。
だからこの老人はいずれ謀反を起こす。果てしない夢という名の野心を叶えるために。
「逆に問うが、貴殿は何故、羽柴筑前守に従い続ける? 陪臣に甘んじているのだ?」
「それは……秀吉が好きだからだ」
躊躇することなく答えた。
それが当然だと思っていたからだ。
「ほう。筑前守が好きと?」
「ああ。僕は武士の出ではない。松永殿と同じ、出自がよろしくない。幼い頃は死体から武具を引き剥がして売って生計を立てていた、卑しい人間にすぎなかった。そんな僕に道を開かせてくれた大恩人なんだ、秀吉は」
松永は興味深そうに笑った。存外爽やかな笑みだった。
「ではもし、会っていたのがわしだったら従っていたか?」
「従っていただろうね。そうだな……松永殿は筒井攻めのとき、僕に幻術を使って思考と思想を変えようとした。もしかしたら僕はその状態になってしまってたのかもしれない」
「あっさりと認めるのだな。なるほど、筑前守は運がいい」
「運が良いだけじゃないよ」
僕はあっさりと否定した。
松永は眉をひそめた。
「では、どういうことだ?」
「松永殿に問うけど、何の才覚も見せなかった幼い頃の僕を――あなたは拾うか?」
その言葉に松永は何も言えなくなった。
「きちんと面倒を見て、仕事も与えて、家族との安らぎを与えられたか?」
「……認識を改めよう。筑前守はお人よしだったのだな」
「ええ。とびっきりのね。僕は常日頃から優しいと言われるけど――秀吉は本当にお人よしなんだ」
それが今でも秀吉に従っている理由。そして織田家の陪臣で居る理由なんだ。
「しかしだ。そんな筑前守も越前では酷いことをしているではないか」
「それは聞いているよ。今、越前は一向宗にとって地獄だろうね」
大虐殺が行なわれていると聞いている。いわゆる根切りだ。
しかし僕には止める権利もなければ権限もない。
「それについては何か意見はないか?」
「……慈悲を与えるのは伊勢長島だけで十分だよ」
本当は叫びたくなるくらい嫌だった。
人を殺すことは本当に嫌だ。
まるで殺されるために、死ぬために生きているようなものじゃないか。
「貴殿の考えていることは表情で分かる。戦国乱世で生きるには優しすぎる男だな」
「…………」
「そういえば、前妻が延暦寺の僧兵に殺されたと聞く」
「……よく知っているね」
「延暦寺の焼き討ちは貴殿にとって復讐だった。そう捉えても構わぬか?」
黙って頷くと「それが戦乱の本質よ」と松永は笑った。
「一笑に付すような愚かしい理由で、人は狂気に陥る」
「…………」
「前妻殿がどういう経緯で死んだのかは知らん。だが出会ったことを後悔していないか? 嫌な殺しと復讐をしてしまったのだぞ?」
にやにや笑う松永に「それこそ一笑に付すというものだ」と言う。
「僕は志乃と出会って、後悔したことはない。人と人との出会いはそんな単純なものではない」
「……ほう。聞かせてもらおうか」
「人と出会い、関わり、そして別れることは決して良いことばかりではなく、悪いこともあるだろう。しかし、そこに喜びがないとは思えない。僕は志乃と一緒に居て幸せだった」
そうだ。未だに遺髪を持っていることもその理由だ。
「二人で過ごした日々や子どもたちが生まれて四人になった嬉しさは、かけがえのないものだ。確かに死別したことは悲しいさ。不幸かもしれない。だけど――」
僕は松永の目を見据えて言う。
「人と人との出会いは、なかったことにはならないんだ」
そう。決してそうはならない。
「志乃は料理を作ってくれた。とても美味しくてたまらなかった。志乃は僕が危険な目に遭うと悲しんでくれた。申し訳ないほどに泣いてくれた。志乃は僕を怒ってくれた。ご飯抜きや一言も口を利いてくれないときは流石に困ったけど」
様々な思い出がある。語りきれないほどの思い出が心にある。
「志乃と出会ったことはなかったことにはならないし、志乃は確かに居たことは決して覆らないんだ。志乃は僕の妻だった。それは絶対に忘れない。だから志乃は今でも僕の中で生きている」
それを聞いた松永は笑みを止めて、それから吐き捨てるように言う。
「くだらん。死んだ人間は死んだままだ。生き続けるなど幻想に過ぎん」
松永とは相容れないのは分かっていたが、ここまで異なると清々しい。
「いずれ貴殿も手に入れるぞ。わしは狙ったものは手に入れたくなるのだ」
「こんな僕を所望とはね……褒め言葉として受け取っておこう」
そして最後に松永は言う。
「貴殿はわしの想像もつかないほど、高みに行くだろう。それが羨ましくあるな」
松永が帰って、僕は彼のことを考える。
やはり恐怖も嫌悪も尊敬もできない。
理解できない魔のような存在だ。
「雲之介さん、大丈夫か?」
「殿、何かされたのか?」
雪隆くんと島が心配そうに僕を見た。
安心させるように僕は微笑んだ。
「ああ。平気だよ。幻術は使われなかったようだ」
その次の日、越前攻めの戦果が報告された。
一向宗門徒が五万人殺されて。
越前は織田家のものとなった――
僕は珍しい客人を茶を点ててもてなしていた。
「うむ。やはり雨竜殿の点てる茶は美味しいな」
天下の大悪人、松永久秀である。彼は満足そうに僕の点てた茶を飲んでいる。
「なかなかのお手前、見事である」
「その言葉を聞けて、嬉しく思います」
家臣たち――特に恨み骨髄の島は会うべきではないと猛抗議してきたけど、僕は訪ねてきたのだから会うべきだと反対を押し切った。まあ僕を幻術で操ろうとした危険人物に違いないけど――
「ふふふ。やはり度胸がおありだ。わしと二人きりで会ってくれるとは」
正直、この老人に対して、どんな感情を持てば良いのか分からない。
恐怖――ではない。
嫌悪――とも違う。
尊敬――間違いだ。
強いて言うのなら、理解不能の四文字が相応しい。人をあっさりと裏切ったり殺したりできるなんて、僕には想像できない。
そう。理解できないのだ――
「それで、ご用とは?」
「特に用はない。家督を息子の久通に譲ってな。暇で仕方がない」
「……僕はこれでも忙しいのですが」
「知っている。留守居役なのだろう?」
ふざけているのか真面目なのか、まったく理解できない。
「しばらく会わないうちに、いろいろな変化が貴殿にあったそうだな」
「ええ。かなりありましたね」
「伊勢長島を落とした褒美に、織田家の一門衆になったそうじゃないか。まさか本圀寺で会った少年がそこまで出世するとはな」
「松永殿は大和国の四分の三を支配する大名ではないですか。それと比べたら大した出世ではないです」
「ふふふ。畿内を手中にしていた身からすると落ちぶれたものよ。それに既に隠居している」
皮肉……ではないな。松永は何の後悔もしていないみたいだ。
「松永殿。あなたに訊きたいことがある」
「なんだ? なんでも訊いてみよ」
僕は天下の大悪人に問う。
猿の内政官は松永に問う。
「どうして人は争うんだ?」
「…………」
「自分の大事なものを守るためか? それとも他人のものを奪うためか?」
松永は――にっこりと微笑んだ。まるで好々爺のように。
「その答えは一つではない。自分の大事なものを守るためであったり、他人のものを奪うためであったりする。自分の権力を高めるためかもしれん。落ちぶれるのが嫌なだけかもしれん。ただ単に殺し合いが好きなだけかもしれん。答えなど――元より求めることは徒労かもしれぬ」
悪人にしては正論だと思った。
しかし聞きたい答えではなかった。
「では、松永殿はどうして戦うんだ?」
「それは簡単よ。己がどこまで上り詰められるか、天下に証明するためだ」
上り詰められるか? 天下に証明?
「わしは立派な出自とは言えぬ。しかしそんなわしでも大和の国主になれた。畿内を差配することができた。天下にわしという人間が居たことを証明できたのだ」
「つまり、それが松永殿の野心と野望の原動力だったのか?」
「ふふふ。そんなわけなかろう。初めは違う。わしは一心不乱に出世するため、必死で戦った。しかし三好家の重臣となったとき、こう思ってしまったのだ」
松永は手を大きく広げて笑った。
「ああ、こんな簡単に夢は叶ってしまうのか、とな」
「夢……」
「そう。夢だった。偉くなって誰も彼も見返してやるというあまり美しくない夢だ。しかしだ、夢は覚めるもの。そしてまた別の夢を見るようになる。それが人生だ」
松永が何を言っているのかは分かる。要は現状に満足できない人間なんだ。だから果てしない夢を追う。夢を現実のものとするために、戦い続けている。
だからこの老人はいずれ謀反を起こす。果てしない夢という名の野心を叶えるために。
「逆に問うが、貴殿は何故、羽柴筑前守に従い続ける? 陪臣に甘んじているのだ?」
「それは……秀吉が好きだからだ」
躊躇することなく答えた。
それが当然だと思っていたからだ。
「ほう。筑前守が好きと?」
「ああ。僕は武士の出ではない。松永殿と同じ、出自がよろしくない。幼い頃は死体から武具を引き剥がして売って生計を立てていた、卑しい人間にすぎなかった。そんな僕に道を開かせてくれた大恩人なんだ、秀吉は」
松永は興味深そうに笑った。存外爽やかな笑みだった。
「ではもし、会っていたのがわしだったら従っていたか?」
「従っていただろうね。そうだな……松永殿は筒井攻めのとき、僕に幻術を使って思考と思想を変えようとした。もしかしたら僕はその状態になってしまってたのかもしれない」
「あっさりと認めるのだな。なるほど、筑前守は運がいい」
「運が良いだけじゃないよ」
僕はあっさりと否定した。
松永は眉をひそめた。
「では、どういうことだ?」
「松永殿に問うけど、何の才覚も見せなかった幼い頃の僕を――あなたは拾うか?」
その言葉に松永は何も言えなくなった。
「きちんと面倒を見て、仕事も与えて、家族との安らぎを与えられたか?」
「……認識を改めよう。筑前守はお人よしだったのだな」
「ええ。とびっきりのね。僕は常日頃から優しいと言われるけど――秀吉は本当にお人よしなんだ」
それが今でも秀吉に従っている理由。そして織田家の陪臣で居る理由なんだ。
「しかしだ。そんな筑前守も越前では酷いことをしているではないか」
「それは聞いているよ。今、越前は一向宗にとって地獄だろうね」
大虐殺が行なわれていると聞いている。いわゆる根切りだ。
しかし僕には止める権利もなければ権限もない。
「それについては何か意見はないか?」
「……慈悲を与えるのは伊勢長島だけで十分だよ」
本当は叫びたくなるくらい嫌だった。
人を殺すことは本当に嫌だ。
まるで殺されるために、死ぬために生きているようなものじゃないか。
「貴殿の考えていることは表情で分かる。戦国乱世で生きるには優しすぎる男だな」
「…………」
「そういえば、前妻が延暦寺の僧兵に殺されたと聞く」
「……よく知っているね」
「延暦寺の焼き討ちは貴殿にとって復讐だった。そう捉えても構わぬか?」
黙って頷くと「それが戦乱の本質よ」と松永は笑った。
「一笑に付すような愚かしい理由で、人は狂気に陥る」
「…………」
「前妻殿がどういう経緯で死んだのかは知らん。だが出会ったことを後悔していないか? 嫌な殺しと復讐をしてしまったのだぞ?」
にやにや笑う松永に「それこそ一笑に付すというものだ」と言う。
「僕は志乃と出会って、後悔したことはない。人と人との出会いはそんな単純なものではない」
「……ほう。聞かせてもらおうか」
「人と出会い、関わり、そして別れることは決して良いことばかりではなく、悪いこともあるだろう。しかし、そこに喜びがないとは思えない。僕は志乃と一緒に居て幸せだった」
そうだ。未だに遺髪を持っていることもその理由だ。
「二人で過ごした日々や子どもたちが生まれて四人になった嬉しさは、かけがえのないものだ。確かに死別したことは悲しいさ。不幸かもしれない。だけど――」
僕は松永の目を見据えて言う。
「人と人との出会いは、なかったことにはならないんだ」
そう。決してそうはならない。
「志乃は料理を作ってくれた。とても美味しくてたまらなかった。志乃は僕が危険な目に遭うと悲しんでくれた。申し訳ないほどに泣いてくれた。志乃は僕を怒ってくれた。ご飯抜きや一言も口を利いてくれないときは流石に困ったけど」
様々な思い出がある。語りきれないほどの思い出が心にある。
「志乃と出会ったことはなかったことにはならないし、志乃は確かに居たことは決して覆らないんだ。志乃は僕の妻だった。それは絶対に忘れない。だから志乃は今でも僕の中で生きている」
それを聞いた松永は笑みを止めて、それから吐き捨てるように言う。
「くだらん。死んだ人間は死んだままだ。生き続けるなど幻想に過ぎん」
松永とは相容れないのは分かっていたが、ここまで異なると清々しい。
「いずれ貴殿も手に入れるぞ。わしは狙ったものは手に入れたくなるのだ」
「こんな僕を所望とはね……褒め言葉として受け取っておこう」
そして最後に松永は言う。
「貴殿はわしの想像もつかないほど、高みに行くだろう。それが羨ましくあるな」
松永が帰って、僕は彼のことを考える。
やはり恐怖も嫌悪も尊敬もできない。
理解できない魔のような存在だ。
「雲之介さん、大丈夫か?」
「殿、何かされたのか?」
雪隆くんと島が心配そうに僕を見た。
安心させるように僕は微笑んだ。
「ああ。平気だよ。幻術は使われなかったようだ」
その次の日、越前攻めの戦果が報告された。
一向宗門徒が五万人殺されて。
越前は織田家のものとなった――
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