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道具ではなく、人間
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「おれ、やすけじゃない。イサク、もうす」
食べ終えた弥助は自らの名を明かした。僕は「それならそうと言えばいいのに」と言ってしまった。
すると弥助は「いえるような、ばではなかったから」と消え入りそうな声で呟く。なんというか見た目よりも小心者なのかもしれない。
「それじゃ、いさくと呼べばいいかな?」
「ううん。やすけで、いい」
「なんでだ? 上様に一言言えば変えてくれるぞ?」
「……せっかく、もらったから」
弥助は俯いて言う。まあそれでいいだろう。
でも本当の名は覚えておこうと思った。
「それで、弥助は――」
「あ、あの。おれ、あなたのな、しらない」
おっと。自己紹介が遅れてしまった。
名を尋ねるということは、僕に心開いている証拠だ。興味がなければ訊かないからな。
「雨竜雲之介秀昭。みんなからは雲之介と呼ばれている」
「く、くものすけ……」
「実を言うと、上様から貰った名前だ。弥助と同じだね」
笑うと弥助は驚いた顔になる――だんだんと表情が分かってきた。
「くものすけ……どうして、おれをこわがらない?」
弥助は不思議そうな顔で僕に問う。
「初めは怖かったけど、言葉が通じると分かれば怖くないよ」
「けっこう、ゆうきある。それにやさしい」
「あはは。優しいはよく言われるよ」
僕は居ずまいを正して「今度は弥助の話を聞かせてくれ」と言った。
「どこの生まれなんだ? 日の本ではないことは確かだが」
わざとおどけて話すとますます奇妙な顔つきになる弥助。
「あなた、かわったひと。おれのはなし、きくひといなかった」
「そりゃあ僕は今日初めて、弥助に会ったんだからな」
弥助は呆気に取られて――それから愉快そうに笑った。
それはこちらまで楽しませるような音色だった。
「ようやく笑ってくれたな」
「へっ? そのために?」
弥助の表情がころころ変わる。見ていて楽しい。
そして僕が改めて弥助の話を聞こうとしたときだった。
「崑崙奴はここか? ……なんだ、雲も居るのか」
障子を開けて入ってきたのは長益さまだ。
「叔父貴……なんか怖いからやめようぜ……」
その後ろにはおどおどしながら入ってくる津田信澄さまも居る。
「これは御ふた方。どうしましたか?」
「崑崙奴を見に来た。おお、そいつが噂の弥助か!」
長益さまは無遠慮に入ってきた怯える弥助の前に座った。
「えーと、確か……ぼあ、たるぢ!」
聞き慣れない言葉。片手を挙げてにこやかに言った長益さま。
「あなた、ポルドガル語、はなせる?」
弥助が大声で驚く。なんだ、さっきのは南蛮言葉か。南蛮被れな長益さまなら知っていて当然だが……
「おお!? お前、日の本言葉話せるのか!?」
流石に存じていなかったみたいでかなり驚かれた。
「おい、信澄! やはり夜叉ではなく、人間だったぞ! 賭けは俺の勝ちだな」
「……十貫文、確かにお渡ししますよ」
信澄さまもゆっくりとこちらにやってくる。
僕は改まって二人に「弥助といいます」と紹介した。
「そうか。雲、弥助と何を話していた?」
「どこの生まれかを聞こうとしたんですよ」
僕は弥助に「こちらは長益さま。上様の弟だ」と説明する。
「こちらは信澄さま。上様の甥だ。甥って分かるか?」
「し、しんせきであってる?」
「ああ。あっている」
信澄さまは「よく雨竜殿は接せるな」と感心していた。
「雲はな、昔からそういう奴だ。でも弁えている部分もある」
「……弥助の話を聞きましょう」
昔の話になると余計な恥までかきそうになるので、僕は弥助に促した。
「ことば、すこししか、わからない。それでもいい?」
「構わん。勝手に解釈する」
長益さまの言葉で、ようやく話し始めた弥助。
弥助はあふりかという国で育った。正確にはあふりかにある南蛮人の領土の民らしい。そこでは崑崙奴は奴隷として働かされているようだ。ある日、弥助は家族と別々に分けられて、いんど――天竺のことだと長益さまがおっしゃった――に行き、そこでオルガンティーノたち宣教師の奴隷になった。主に力仕事を任されていたみたいだ。
聞くところによると年齢は二十五か六らしく、信澄さまと近かった。
最後まで話し終えると、故郷を思い出したのか、弥助は涙ぐんでしまう。
「もう、あふりかには、かえれない。さびしい……」
僕は弥助に深い同情を覚えた。
奴隷として生き、家族と離れ離れになり、見知らぬ土地で贈答品として贈られた。
さぞかし心細くてつらいだろう。
「叔父貴。こいつ、なんだか可哀想に思えますね」
「馬鹿。思えるじゃなくて、可哀想だろう」
信澄さまを長益さまが珍しくまともなことで叱った。
その言葉を受けて、僕は決めた。
「長益さま。僕は弥助が日の本で生きられるようにいろいろと教えます」
「はあ? お前らしいと言えばらしいが……」
「馬揃えの手伝いはできぬと上様に言ってください」
長益さまは怪訝そうに「俺から言っておいてやってもいいが」と言う。
「しかし、それほど長くは居られないだろう? お前には中国攻めの役目があるのだから」
「分かっております。それでも、できる限りのことをしてあげたいんです」
せめて弥助が『道具』ではなく『人間』として見られるようにしてあげたい。
「だけど雨竜殿――」
「よせよ、信澄。こういうときの雲は止まらない」
長益さまは溜息を吐いて、それから僕に言う。
「馬揃えが終わって、兄上が安土に帰るまでだぞ? よいな?」
「ありがとうございます」
僕と長益さまのやりとりを、弥助は不思議そうに眺めていた。
それから数日の間、僕は弥助の面倒を見た。
とりあえずご飯に慣れることが重要だと思ったので、まずは食べやすいように粥を匙ですくって食べるところから始める。
塩をかけて渡すと、弥助は美味しそうに食べた。何でも麦粥なるものが南蛮にあり、それに似ていると言う。
それから箸を使えるように練習する。弥助は難しいと唸っていたが、根気良く学ばせると次第に自由自在に動かせるようなった。
並行して言葉を教えながら、僕は京の角倉に文を書いた。弥助の着物を仕立てるためだ。せめて格好だけでも武士らしくしてあげたかった。
「どうして、くものすけは、おれにやさしい?」
一緒に食事を取っていると弥助が僕に聞いてきた。
箸を置いて、僕は「秀吉がね。昔言っていたんだ」と話す。
「ひでよし……くものすけのしゅくん」
「そう。初めて会ったとき、とても親切にしてくれてね。そのとき言った言葉が『こんな時代、いやこんな時代だからこそ、人は助け合わんといけない』だ」
「…………」
「僕たちは人間だからな。助け合わないとね」
弥助は――大粒の涙を流した。
泣きやむまで時間がかかって、それから弥助は僕に問う。
「そういえば、くものすけのはなし、きいてない」
「うん? ああ、そうだね。子どもの頃に秀吉と出会って――」
僕は思い出話を語った。弥助は特に墨俣一夜城の話がお気に入りだった。
幼い頃の記憶がないと明かすと、弥助は大層驚いた。
弥助は人の話を聞くのは好きなようだった。時折現れる長益さまや信澄さまとのやりとりを面白そうに眺めていた。
二回だけ織田家当主の信忠さまもやってきた。意外と物怖じせずに弥助と話す若さまを見て、織田家の将来は安泰だなと思った。
馬揃えが終わり、上様が安土城へ帰ることとなった。
当然、弥助と別れることになる。
「くものすけ。せわになった」
角倉が仕立てた大きな着物を着て、腰に大小の刀を差した弥助は、逞しい侍に見えたけど。
表情は悲しげだったので、それがちぐはぐしていて、なんだかこちらも悲しくなる。
「上様と会う機会はいくらでもある。またいつか会えるさ」
「……うん」
「だからしょげるなよ! 胸をはれ!」
背中を叩くと弥助は少し元気が出たのか、にっこりと笑った。
「うん! ありがとう! あなたは、おれのアミーゴ!」
そう言い残して安土城へ帰っていった弥助。
一人だけ頭一つ大きい弥助は、とても目立った。
「長益さま。『あみーご』とはどういう意味ですか?」
見送った後、京に残っていた長益さまに問う。
長益さまはにやっと笑って答えた。
「南蛮言葉で『友人』という意味だ」
まったく。それくらい日の本言葉で言えるだろうに。
照れたのか? 弥助――
食べ終えた弥助は自らの名を明かした。僕は「それならそうと言えばいいのに」と言ってしまった。
すると弥助は「いえるような、ばではなかったから」と消え入りそうな声で呟く。なんというか見た目よりも小心者なのかもしれない。
「それじゃ、いさくと呼べばいいかな?」
「ううん。やすけで、いい」
「なんでだ? 上様に一言言えば変えてくれるぞ?」
「……せっかく、もらったから」
弥助は俯いて言う。まあそれでいいだろう。
でも本当の名は覚えておこうと思った。
「それで、弥助は――」
「あ、あの。おれ、あなたのな、しらない」
おっと。自己紹介が遅れてしまった。
名を尋ねるということは、僕に心開いている証拠だ。興味がなければ訊かないからな。
「雨竜雲之介秀昭。みんなからは雲之介と呼ばれている」
「く、くものすけ……」
「実を言うと、上様から貰った名前だ。弥助と同じだね」
笑うと弥助は驚いた顔になる――だんだんと表情が分かってきた。
「くものすけ……どうして、おれをこわがらない?」
弥助は不思議そうな顔で僕に問う。
「初めは怖かったけど、言葉が通じると分かれば怖くないよ」
「けっこう、ゆうきある。それにやさしい」
「あはは。優しいはよく言われるよ」
僕は居ずまいを正して「今度は弥助の話を聞かせてくれ」と言った。
「どこの生まれなんだ? 日の本ではないことは確かだが」
わざとおどけて話すとますます奇妙な顔つきになる弥助。
「あなた、かわったひと。おれのはなし、きくひといなかった」
「そりゃあ僕は今日初めて、弥助に会ったんだからな」
弥助は呆気に取られて――それから愉快そうに笑った。
それはこちらまで楽しませるような音色だった。
「ようやく笑ってくれたな」
「へっ? そのために?」
弥助の表情がころころ変わる。見ていて楽しい。
そして僕が改めて弥助の話を聞こうとしたときだった。
「崑崙奴はここか? ……なんだ、雲も居るのか」
障子を開けて入ってきたのは長益さまだ。
「叔父貴……なんか怖いからやめようぜ……」
その後ろにはおどおどしながら入ってくる津田信澄さまも居る。
「これは御ふた方。どうしましたか?」
「崑崙奴を見に来た。おお、そいつが噂の弥助か!」
長益さまは無遠慮に入ってきた怯える弥助の前に座った。
「えーと、確か……ぼあ、たるぢ!」
聞き慣れない言葉。片手を挙げてにこやかに言った長益さま。
「あなた、ポルドガル語、はなせる?」
弥助が大声で驚く。なんだ、さっきのは南蛮言葉か。南蛮被れな長益さまなら知っていて当然だが……
「おお!? お前、日の本言葉話せるのか!?」
流石に存じていなかったみたいでかなり驚かれた。
「おい、信澄! やはり夜叉ではなく、人間だったぞ! 賭けは俺の勝ちだな」
「……十貫文、確かにお渡ししますよ」
信澄さまもゆっくりとこちらにやってくる。
僕は改まって二人に「弥助といいます」と紹介した。
「そうか。雲、弥助と何を話していた?」
「どこの生まれかを聞こうとしたんですよ」
僕は弥助に「こちらは長益さま。上様の弟だ」と説明する。
「こちらは信澄さま。上様の甥だ。甥って分かるか?」
「し、しんせきであってる?」
「ああ。あっている」
信澄さまは「よく雨竜殿は接せるな」と感心していた。
「雲はな、昔からそういう奴だ。でも弁えている部分もある」
「……弥助の話を聞きましょう」
昔の話になると余計な恥までかきそうになるので、僕は弥助に促した。
「ことば、すこししか、わからない。それでもいい?」
「構わん。勝手に解釈する」
長益さまの言葉で、ようやく話し始めた弥助。
弥助はあふりかという国で育った。正確にはあふりかにある南蛮人の領土の民らしい。そこでは崑崙奴は奴隷として働かされているようだ。ある日、弥助は家族と別々に分けられて、いんど――天竺のことだと長益さまがおっしゃった――に行き、そこでオルガンティーノたち宣教師の奴隷になった。主に力仕事を任されていたみたいだ。
聞くところによると年齢は二十五か六らしく、信澄さまと近かった。
最後まで話し終えると、故郷を思い出したのか、弥助は涙ぐんでしまう。
「もう、あふりかには、かえれない。さびしい……」
僕は弥助に深い同情を覚えた。
奴隷として生き、家族と離れ離れになり、見知らぬ土地で贈答品として贈られた。
さぞかし心細くてつらいだろう。
「叔父貴。こいつ、なんだか可哀想に思えますね」
「馬鹿。思えるじゃなくて、可哀想だろう」
信澄さまを長益さまが珍しくまともなことで叱った。
その言葉を受けて、僕は決めた。
「長益さま。僕は弥助が日の本で生きられるようにいろいろと教えます」
「はあ? お前らしいと言えばらしいが……」
「馬揃えの手伝いはできぬと上様に言ってください」
長益さまは怪訝そうに「俺から言っておいてやってもいいが」と言う。
「しかし、それほど長くは居られないだろう? お前には中国攻めの役目があるのだから」
「分かっております。それでも、できる限りのことをしてあげたいんです」
せめて弥助が『道具』ではなく『人間』として見られるようにしてあげたい。
「だけど雨竜殿――」
「よせよ、信澄。こういうときの雲は止まらない」
長益さまは溜息を吐いて、それから僕に言う。
「馬揃えが終わって、兄上が安土に帰るまでだぞ? よいな?」
「ありがとうございます」
僕と長益さまのやりとりを、弥助は不思議そうに眺めていた。
それから数日の間、僕は弥助の面倒を見た。
とりあえずご飯に慣れることが重要だと思ったので、まずは食べやすいように粥を匙ですくって食べるところから始める。
塩をかけて渡すと、弥助は美味しそうに食べた。何でも麦粥なるものが南蛮にあり、それに似ていると言う。
それから箸を使えるように練習する。弥助は難しいと唸っていたが、根気良く学ばせると次第に自由自在に動かせるようなった。
並行して言葉を教えながら、僕は京の角倉に文を書いた。弥助の着物を仕立てるためだ。せめて格好だけでも武士らしくしてあげたかった。
「どうして、くものすけは、おれにやさしい?」
一緒に食事を取っていると弥助が僕に聞いてきた。
箸を置いて、僕は「秀吉がね。昔言っていたんだ」と話す。
「ひでよし……くものすけのしゅくん」
「そう。初めて会ったとき、とても親切にしてくれてね。そのとき言った言葉が『こんな時代、いやこんな時代だからこそ、人は助け合わんといけない』だ」
「…………」
「僕たちは人間だからな。助け合わないとね」
弥助は――大粒の涙を流した。
泣きやむまで時間がかかって、それから弥助は僕に問う。
「そういえば、くものすけのはなし、きいてない」
「うん? ああ、そうだね。子どもの頃に秀吉と出会って――」
僕は思い出話を語った。弥助は特に墨俣一夜城の話がお気に入りだった。
幼い頃の記憶がないと明かすと、弥助は大層驚いた。
弥助は人の話を聞くのは好きなようだった。時折現れる長益さまや信澄さまとのやりとりを面白そうに眺めていた。
二回だけ織田家当主の信忠さまもやってきた。意外と物怖じせずに弥助と話す若さまを見て、織田家の将来は安泰だなと思った。
馬揃えが終わり、上様が安土城へ帰ることとなった。
当然、弥助と別れることになる。
「くものすけ。せわになった」
角倉が仕立てた大きな着物を着て、腰に大小の刀を差した弥助は、逞しい侍に見えたけど。
表情は悲しげだったので、それがちぐはぐしていて、なんだかこちらも悲しくなる。
「上様と会う機会はいくらでもある。またいつか会えるさ」
「……うん」
「だからしょげるなよ! 胸をはれ!」
背中を叩くと弥助は少し元気が出たのか、にっこりと笑った。
「うん! ありがとう! あなたは、おれのアミーゴ!」
そう言い残して安土城へ帰っていった弥助。
一人だけ頭一つ大きい弥助は、とても目立った。
「長益さま。『あみーご』とはどういう意味ですか?」
見送った後、京に残っていた長益さまに問う。
長益さまはにやっと笑って答えた。
「南蛮言葉で『友人』という意味だ」
まったく。それくらい日の本言葉で言えるだろうに。
照れたのか? 弥助――
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