『総理になった男』

KAORUwithAI

文字の大きさ
8 / 179
第1部:序章 - 無名の挑戦

第8話 演説を聞いた“あの人”

しおりを挟む
その日も、駅前のロータリーに朝の光が差し込んでいた。
ビルの隙間からこぼれる秋の陽ざしが、冷たい風に揺れる落ち葉を照らしていた。

スーツの襟を立て、ネクタイを直しながら、坂本健人はゆっくりと一歩前に出た。

「……おはようございます。今日も、ここで話をさせてください」

出だしの声は、少しだけ掠れていた。
寒さのせいだけじゃない。心のどこかで、“今日もまた誰にも届かないかもしれない”という不安があった。

けれど、それでも言葉を紡ぎ出す。

「政治に興味がない?──でも、政治のほうから、あなたの生活に土足で入ってきます」

通り過ぎる人々の視線は冷たい。
スマホを見ながら、目も合わせずに歩く会社員。
イヤホンで音楽を聴きながら、急ぎ足で駅へ向かう学生。
立ち止まる人は、誰もいなかった。

だが、健人は慣れていた。
それでも話し続けることが、今の自分にできるすべてだった。

そんな中、彼の視界の端に、動かない人影が見えた。

駅構内の太い柱にもたれかかるようにして、一人の青年が立っていた。

黒いフード付きのパーカー。くたびれたジーンズ。
無表情で、両手をポケットに突っ込んだまま、じっとこちらを見ている。
いや、見ているのかどうかも分からない。ただ、最後まで動かず、演説を聞き続けていた。

健人が最後の言葉を言い終え、深く一礼した瞬間──その青年がゆっくりと歩み寄ってきた。

「……あんた、本気で変えようとしてるのか?」

低いが、よく通る声だった。
口調は静かだったが、どこか張り詰めた熱を感じさせた。

健人は驚きつつも、真っ直ぐに返した。

「はい。まだ何者でもないけど、本気で……この国を変えたいと思ってます」

青年は数秒黙ったあと、小さく頷いた。

「俺、真田亮。24歳。元は美大で映像をやってたけど、今は……フリーター」

「……映像、ですか?」

「ああ。ドキュメンタリーとか、社会派のやつに憧れてた。でも、結局食えなくてやめた。就活もバイトも全部うまくいかなくて、なんとなく生きてるって感じ」

真田は、視線を落としたまま言った。

「でも今日、あんたの演説聞いて……なんか、自分が何もしてないのがすげぇ恥ずかしくなった」

「……」

「何も持ってない。でも、手伝わせてくれませんか」

健人の胸に、ざわりと何かが波打った。

この数日、バカにされて、笑われて、無視され続けてきた。
それでも声を出してきた理由──ようやく、それが報われた気がした。

「……ありがとう。嬉しいです」

二人は、近くの喫茶店に入った。
年季の入ったソファと、コーヒーの焦げたような香り。客の少ない午前の店内で、向かい合って座る。

健人は、これまで自分が訴えてきた政策や理念、思いを丁寧に話した。
真田は一つひとつに頷きながら、スマホでメモを取り、時折質問を挟んだ。

「ビラ、見ましたけど……ダメです」

「えっ、ストレートだな」

「すみません。でも、言葉はいいのに伝わってない。デザイン、任せてもらえませんか」

その言葉に、健人は素直に頭を下げた。

「お願いします。俺、超アナログで……自作テンプレの限界だったんです」

その日の夜。
真田が送ってきたビラの試作は、目を見張るようなものだった。

派手すぎず、でも視線を引く色使い。
文字の大きさ、フォントの強弱。
健人が訴えたい政策が、“目で理解できる”構成になっていた。

「すごい……これ、俺の言葉なのに、こんなに届きそうな気がする」

健人は、スマホを握りしめて呟いた。

翌朝。

いつもの駅前に、健人は立った。
だがその隣には、プラカードを持った真田の姿があった。

段ボールに手書きで書かれた言葉。

『未来は、今ここから始めよう。#坂本健人』

通り過ぎる人の中に、ふと立ち止まる者がいた。
プラカードを見て写真を撮る若者。
笑みを浮かべて頷いていく中年女性。
「頑張ってね」と声をかけていくサラリーマン。

少しずつ。ほんの少しずつ。
この場所に、“風”が吹き始めていた。

帰り道。
自販機の前で缶コーヒーを飲みながら、真田がぽつりと呟いた。

「……本当はさ。社会を変える映像、作りたかったんだ」

「映像で、ですか」

「ああ。映画じゃなくて、現実にある問題を記録して、誰かの目に届くようなもの。けど……現実に負けた。金も時間も仲間もなくて、夢だけ残った」

「なら、これから一緒に“現実”と戦おうよ」

真田が驚いた顔でこちらを見たあと、小さく笑った。

「変わってんな、あんた。でも……悪くないっす」

夜。
健人のスマホに、真田からメッセージが届いた。

明日も行きます。やっと、人生が少し動き出しました。

健人はその画面を見つめ、静かに微笑んだ。

スマホを胸に当てたまま、目を閉じる。
このぬくもりが、たしかな“つながり”であると信じて。



“誰かの心を動かせた瞬間、
それはもう、“たった一人”じゃない。”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...