『総理になった男』

KAORUwithAI

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第1部:序章 - 無名の挑戦

第10話 無所属候補、泡沫扱い

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「政見放送の撮影日、仮で決まりました」

選挙管理委員会からの一本の電話。その声は、驚くほど淡々としていた。

「推薦人が必要数に達し次第、正式に確定となります」

言葉を受け止めた瞬間、健人の背中に冷たいものが走った。

――まだ、推薦人が足りていない。

政見放送は、全候補に等しく与えられる唯一の“ステージ”だと思っていた。

しかし、それは錯覚だった。**「推薦人を20人集めなければ、その舞台にも立てない」**という、制度の冷酷な現実に突き落とされる。

それは政党候補者には課せられない、“無所属だけの義務”だった。


「こんなの、フェアじゃない……」

独り言のように呟いたが、誰に向けた言葉でもなかった。

――いや、フェアじゃないのは、最初から分かっていた。

それでも、自分の声が届けば、誰かの心が動く。そう信じてここまで来た。

でも、目の前の数字――“推薦人20人”という現実は、その信念に冷や水を浴びせかける。


駅前では、他の候補者たちの活動が本格化していた。

ある日、健人がいつものように手作りのプラカードを掲げて立っていると、向かい側に現職議員の選挙カーが到着した。

鮮やかなのぼり、揃いのジャンパーを着た支援者、笑顔を振りまく候補本人。

「◯◯を、これからもよろしくお願いいたします!」

拡声器から響く大音量の声援。それに合わせて、支援者たちがタイミングよく拍手を送る。

一方、健人の声は、人波と騒音にかき消されていった。


「……やっぱり、泡沫か」

真田がぽつりと呟いた。

「泡沫って、泡のように浮いて、消えるって意味なんですよ。勝ち目がない候補のことを、そう呼ぶらしいです」

「知ってるよ。でも、泡でも立ち上がるよ」

健人は、冗談のように笑って見せた。


ある日、ひとりの老婦人が声をかけてきた。

「若い人がこうして立ってくれて、嬉しいよ。……でも、無理しないでね」

そのやさしさに、健人は返す言葉に迷った。

「……ありがとうございます。でも、無理してでも、やらなきゃと思うんです。今のままじゃ、誰も何も言えなくなる」

老婆は小さく頷き、「頑張ってね」と言い残して去っていった。

その背中が、なぜかとても大きく見えた。


「政見放送、絶対に出ましょう」

真田の目が真っすぐに健人を捉えていた。

「政党がいなくても、支援者がいなくても。言葉は、同じ長さ、同じ時間、全国に流れるんです」

「たった一度のチャンスだからこそ、本気で言葉を届けましょう」

健人はうなずいた。

「分かった……頼む、真田。お前の力が必要だ」


そこからの日々は、推薦人集めのための“戦い”だった。

一軒一軒、住宅をまわる。

スーパーの前に立ち、チラシを手渡そうとする。

「選挙なんて関係ない」「書いたら勧誘がくるんでしょ?」「怪しいよね、そういうの」

断られるたび、心が擦り減っていくのが分かった。


けれど、たった一人。

「頑張ってください。応援してます」

そう言って推薦書に名前を書いてくれた青年がいた。

健人は、彼の手を両手で握りしめた。

「……本当に、ありがとうございます」

その一筆が、何十人の無関心より重かった。


印刷費はギリギリだった。

でも、真田が夜通しでPhotoshopを使ってビラをデザインし、健人のスピーチを動画で編集した。

そしてSNSに投稿。

「#無所属31歳の挑戦」

数時間後、フォロワーが一桁増え、通知が点滅しはじめた。

「何この人、マジで演説してる」

「なんか熱量すごくない?」

「こういうの……嫌いじゃない」

少しずつ、微かに――波が生まれはじめていた。


夜、健人は貼りたてのポスターを見つめていた。

風に揺れるその紙の中の自分が、今にも剥がれそうに見えた。

「泡沫でも、沈まなければ消えない」

隣に立つ真田が、言った。

「……その泡が、誰かの希望になればいい。そう思ってやってるんでしょ?」

健人は、小さくうなずいた。

「見られてなくても、声は届くかもしれない。だから、やるよ。最後まで」

そして、政見放送台本を書き始める夜が、静かに、重く、幕を開けた。


“泡のように消えると言われても、
立ち上がる声が、誰かの胸を打つなら、
その泡は、波になる。”
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