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第1部:序章 - 無名の挑戦
第11話 推薦人が集まらない
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政見放送の仮収録日が決まったという電話が、選挙管理委員会から入った。
「推薦人が二十名集まらなければ自動キャンセルとなります。ご了承ください」
淡々とした口調に、健人は思わず沈黙する。確かに聞いていた条件だったが、あらためて「自動キャンセル」と告げられると、胸の奥に鉛のような重さが広がった。
推薦人――立候補に必要な“保証人”のような存在。政党所属の候補者であれば、後援会や党本部が自然に集めてくれる。だが、無所属には誰もいない。自力で集めるしかないのだ。
しかも条件は厳しい。名前、住所、生年月日、電話番号の記載が必須。書いた個人情報は選挙管理委員会に保管され、正式な書類として残る。相手の信頼を得なければ成立しない、極めて重い“紙一枚”だった。
「いけそうですか?」
電話の向こうで尋ねられ、健人は「はい」とだけ答えた。
駅前に立ち、健人と真田はビラを配りながら声を張り上げた。
「すみません!坂本健人といいます!無所属で、今回の衆院選に立候補予定です!推薦人になっていただける方を探しています!」
真田が掲げるホワイトボードにも「推薦人募集」「この人を応援しますのサインをお願いします」と書かれていた。
だが、ほとんどの人は足を止めてくれなかった。
「名前が出るのはちょっと……」
「あとでトラブルになるのは困るんで」
「うーん、怖いから無理」
断られるたび、健人の表情が少しずつ曇っていく。
ある中年男性が近寄ってきた。
「政治をナメるな。遊びか?無所属で勝てると思ってんのか?」
怒鳴られ、唇を噛む。言い返したいことは山ほどあったが、健人は目を伏せて、静かに頭を下げた。
その夜、ファミレスの隅の席で、健人と真田はノートとホワイトボードを広げていた。
「政見放送、時間は5分……」
「短いようで、無限に長いです。何を、どう、伝えるか」
健人は黙ったまま、白紙のボードを見つめた。
やがて真田がペンを手に取り、単語を走らせていく。
「伝えたいことは? 一言で言うなら?」
「この国は……もっと優しくなれる。誰も取り残さない社会をつくりたい。それだけです」
その言葉を起点に、ふたりは夜遅くまで言葉を並べ、削り、また書き直した。
数日後、健人の演説を切り取った動画がSNSで拡散された。コメント欄には「この人、意外とまともなこと言ってる」「誰か署名できる場所教えて」といった好意的な声が混じりはじめた。
そんな中、最後の推薦人をくれたのは、以前から演説を見ていた女子高生の母親だった。
「娘が……“この人を信じたい”って言ってました」
彼女はそう言って、黙って署名欄に名前を書いてくれた。
健人は、心の底から頭を下げた。
そして、NHKスタジオでの政見放送当日。
カメラの前に、ひとり立つ健人。
原稿を握っていたが、語り出した瞬間、彼はそれを見ずに言葉を紡ぎ出した。
「どうか、この5分だけ、僕にください」
言葉は震えていた。でも、目はまっすぐだった。
「僕は政治のプロでもなければ、有名人でもありません。ただ、未来に希望を持ちたい一人の市民です。誰かの言葉に背中を押されたように、今度は僕が誰かの背中を押したい。そう思って立ちました。
この国では、選ばれた人しか声を上げられない空気があります。でも、そうじゃない。選ばれなかった人にも、居場所があるべきです。
子どもたちが夢を持てる国に。お年寄りが老後を恐れずに暮らせる国に。働く人が笑って家に帰れる社会に。政治は、私たち一人ひとりの手の中にあるんです。
たった一票が、何かを変えるきっかけになります。どうか、考えてみてください。僕でなくても構いません。ただ、この国を、少しでもいい方向へ変えたい。そう思うなら、声を上げてください」
スタジオは、静まり返っていた。
数秒の沈黙のあと、カメラの赤いランプが消える。
「伝わったと思いますよ」
真田がぽつりと呟いた。
健人は、心の底から微笑んだ。
“一人に届けば、世界は変わる。
声は届かないんじゃない。まだ、聞こうとしてもらえてないだけだ。”
「推薦人が二十名集まらなければ自動キャンセルとなります。ご了承ください」
淡々とした口調に、健人は思わず沈黙する。確かに聞いていた条件だったが、あらためて「自動キャンセル」と告げられると、胸の奥に鉛のような重さが広がった。
推薦人――立候補に必要な“保証人”のような存在。政党所属の候補者であれば、後援会や党本部が自然に集めてくれる。だが、無所属には誰もいない。自力で集めるしかないのだ。
しかも条件は厳しい。名前、住所、生年月日、電話番号の記載が必須。書いた個人情報は選挙管理委員会に保管され、正式な書類として残る。相手の信頼を得なければ成立しない、極めて重い“紙一枚”だった。
「いけそうですか?」
電話の向こうで尋ねられ、健人は「はい」とだけ答えた。
駅前に立ち、健人と真田はビラを配りながら声を張り上げた。
「すみません!坂本健人といいます!無所属で、今回の衆院選に立候補予定です!推薦人になっていただける方を探しています!」
真田が掲げるホワイトボードにも「推薦人募集」「この人を応援しますのサインをお願いします」と書かれていた。
だが、ほとんどの人は足を止めてくれなかった。
「名前が出るのはちょっと……」
「あとでトラブルになるのは困るんで」
「うーん、怖いから無理」
断られるたび、健人の表情が少しずつ曇っていく。
ある中年男性が近寄ってきた。
「政治をナメるな。遊びか?無所属で勝てると思ってんのか?」
怒鳴られ、唇を噛む。言い返したいことは山ほどあったが、健人は目を伏せて、静かに頭を下げた。
その夜、ファミレスの隅の席で、健人と真田はノートとホワイトボードを広げていた。
「政見放送、時間は5分……」
「短いようで、無限に長いです。何を、どう、伝えるか」
健人は黙ったまま、白紙のボードを見つめた。
やがて真田がペンを手に取り、単語を走らせていく。
「伝えたいことは? 一言で言うなら?」
「この国は……もっと優しくなれる。誰も取り残さない社会をつくりたい。それだけです」
その言葉を起点に、ふたりは夜遅くまで言葉を並べ、削り、また書き直した。
数日後、健人の演説を切り取った動画がSNSで拡散された。コメント欄には「この人、意外とまともなこと言ってる」「誰か署名できる場所教えて」といった好意的な声が混じりはじめた。
そんな中、最後の推薦人をくれたのは、以前から演説を見ていた女子高生の母親だった。
「娘が……“この人を信じたい”って言ってました」
彼女はそう言って、黙って署名欄に名前を書いてくれた。
健人は、心の底から頭を下げた。
そして、NHKスタジオでの政見放送当日。
カメラの前に、ひとり立つ健人。
原稿を握っていたが、語り出した瞬間、彼はそれを見ずに言葉を紡ぎ出した。
「どうか、この5分だけ、僕にください」
言葉は震えていた。でも、目はまっすぐだった。
「僕は政治のプロでもなければ、有名人でもありません。ただ、未来に希望を持ちたい一人の市民です。誰かの言葉に背中を押されたように、今度は僕が誰かの背中を押したい。そう思って立ちました。
この国では、選ばれた人しか声を上げられない空気があります。でも、そうじゃない。選ばれなかった人にも、居場所があるべきです。
子どもたちが夢を持てる国に。お年寄りが老後を恐れずに暮らせる国に。働く人が笑って家に帰れる社会に。政治は、私たち一人ひとりの手の中にあるんです。
たった一票が、何かを変えるきっかけになります。どうか、考えてみてください。僕でなくても構いません。ただ、この国を、少しでもいい方向へ変えたい。そう思うなら、声を上げてください」
スタジオは、静まり返っていた。
数秒の沈黙のあと、カメラの赤いランプが消える。
「伝わったと思いますよ」
真田がぽつりと呟いた。
健人は、心の底から微笑んだ。
“一人に届けば、世界は変わる。
声は届かないんじゃない。まだ、聞こうとしてもらえてないだけだ。”
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