12 / 179
第1部:序章 - 無名の挑戦
第12話 駅前の喧騒に負ける声
しおりを挟む
朝の駅前は、まるで人間の川だった。流れるような足音。誰もが目的地へと急ぎ、他人には目もくれない。ビジネスマン、学生、主婦、作業員。あらゆる年齢層の人々が、無言のまま次々と通り過ぎていく。
坂本健人は、その流れの端に立っていた。
「おはようございます! 無所属で立候補を予定している坂本健人です!」
声を張る。けれど、その声は雑踏にかき消されていった。背広の胸元には、真田が作ってくれた小さな名札がついている。手にはビラ。足元には、折りたたみの手作りプラカード。
目の前を行き交う人々は、誰ひとりとして彼を見ようとしない。見たとしても、怪訝そうな表情で目を逸らす。
(まただ……)
健人は心の中で呟いた。昨日も、そして一昨日も、同じ光景を見ていた。変わったのは、街の天気くらいだ。
隣では、政党所属の現職議員の陣営が堂々と演説していた。赤いジャンパーを着たスタッフたちが数十人、隊列を組むように並び、候補者は演説台の上から、スピーカー越しに力強く語っていた。
「皆さんの暮らしを守るため、○○党は全力で――!」
マイクの音が駅前に響き渡る。声量でも、組織力でも、目立ち方でも、まるで違った。健人の言葉は、その重厚な音の波に押し潰されていた。
そんな中、ひとりの通行人が顔をしかめてこちらを見た。
「うるせぇんだよ、声が聞こえねぇって言ってんだ!」
怒鳴り声に、健人は反射的に頭を下げた。「申し訳ありません」と言葉を絞り出しながら、口の中で悔しさを噛みしめる。何も悪いことをしていないはずなのに――ただ、自分の言葉を届けようとしているだけなのに。
昼休み、真田がスマホを片手に小走りで戻ってきた。
「健人さん、これ! ちょっと見てください!」
画面を覗き込むと、政見放送の切り抜き動画がSNS上で拡散されていた。
再生回数はすでに10万回を超えている。
《この5分に泣いた》
《まっすぐで、嘘がなかった》
《何も持たない人が、何かを変えようとしている》
コメント欄は驚くほど好意的なもので埋め尽くされていた。演説に感動したという声、応援したいという声、そして「この人に投票したい」という声まで。
「すごいな……」
健人の声が小さく漏れる。ふと目をやると、RT数は1万を超え、フォロワーも急増していた。
「見てください。この人、あの時の女子高生のお母さんですよ。動画を拡散してる」
真田が指さす先には、健人がかつて演説中に出会った女性の投稿があった。
《この人の話、娘と一緒に聞きました。選挙って初めて興味持てた》
それはまさに、言葉が誰かに届いた証だった。無関心だと思っていた街の中に、ちゃんと耳を傾けてくれていた人がいた。
次の日の朝。健人はいつもと同じ場所に立った。
周囲の喧騒は変わらない。相変わらず、スピーカーの声が駅前を支配していた。けれど、不思議なことが起きていた。
少しずつ――ほんの少しずつだが、足を止める人が出てきたのだ。
「昨日の動画、見ました」
「……頑張ってください」
短く、控えめな言葉。それでも、健人にとっては涙が出そうなほどの“応答”だった。
ビラを受け取る手が、昨日よりも2人増えた。それだけで、胸が温かくなった。
制服姿の高校生が、最後まで演説を聞いてから近寄ってきた。
「YouTubeで見ました。友達と話題になってて……本当に、応援してます」
健人は言葉を返せなかった。笑おうとして、声が出ず、ただ小さくうなずいた。
そして、その日の夜。
政党陣営のスタッフたちがざわめいていた。
「なんかさ、あの無所属の人、ちょっとバズってるらしいよ」
「え、マジ?泡沫とか思ってたけど……」
健人はまだ何も手にしていない。選挙の構造は何も変わっていない。組織も資金も乏しく、取材もこない。
それでも。
――風は、ほんのわずかに、吹き始めていた。
“声は、かき消されたわけじゃない。
ただ、聞こえる準備が、まだできていなかっただけなんだ。”
坂本健人は、その流れの端に立っていた。
「おはようございます! 無所属で立候補を予定している坂本健人です!」
声を張る。けれど、その声は雑踏にかき消されていった。背広の胸元には、真田が作ってくれた小さな名札がついている。手にはビラ。足元には、折りたたみの手作りプラカード。
目の前を行き交う人々は、誰ひとりとして彼を見ようとしない。見たとしても、怪訝そうな表情で目を逸らす。
(まただ……)
健人は心の中で呟いた。昨日も、そして一昨日も、同じ光景を見ていた。変わったのは、街の天気くらいだ。
隣では、政党所属の現職議員の陣営が堂々と演説していた。赤いジャンパーを着たスタッフたちが数十人、隊列を組むように並び、候補者は演説台の上から、スピーカー越しに力強く語っていた。
「皆さんの暮らしを守るため、○○党は全力で――!」
マイクの音が駅前に響き渡る。声量でも、組織力でも、目立ち方でも、まるで違った。健人の言葉は、その重厚な音の波に押し潰されていた。
そんな中、ひとりの通行人が顔をしかめてこちらを見た。
「うるせぇんだよ、声が聞こえねぇって言ってんだ!」
怒鳴り声に、健人は反射的に頭を下げた。「申し訳ありません」と言葉を絞り出しながら、口の中で悔しさを噛みしめる。何も悪いことをしていないはずなのに――ただ、自分の言葉を届けようとしているだけなのに。
昼休み、真田がスマホを片手に小走りで戻ってきた。
「健人さん、これ! ちょっと見てください!」
画面を覗き込むと、政見放送の切り抜き動画がSNS上で拡散されていた。
再生回数はすでに10万回を超えている。
《この5分に泣いた》
《まっすぐで、嘘がなかった》
《何も持たない人が、何かを変えようとしている》
コメント欄は驚くほど好意的なもので埋め尽くされていた。演説に感動したという声、応援したいという声、そして「この人に投票したい」という声まで。
「すごいな……」
健人の声が小さく漏れる。ふと目をやると、RT数は1万を超え、フォロワーも急増していた。
「見てください。この人、あの時の女子高生のお母さんですよ。動画を拡散してる」
真田が指さす先には、健人がかつて演説中に出会った女性の投稿があった。
《この人の話、娘と一緒に聞きました。選挙って初めて興味持てた》
それはまさに、言葉が誰かに届いた証だった。無関心だと思っていた街の中に、ちゃんと耳を傾けてくれていた人がいた。
次の日の朝。健人はいつもと同じ場所に立った。
周囲の喧騒は変わらない。相変わらず、スピーカーの声が駅前を支配していた。けれど、不思議なことが起きていた。
少しずつ――ほんの少しずつだが、足を止める人が出てきたのだ。
「昨日の動画、見ました」
「……頑張ってください」
短く、控えめな言葉。それでも、健人にとっては涙が出そうなほどの“応答”だった。
ビラを受け取る手が、昨日よりも2人増えた。それだけで、胸が温かくなった。
制服姿の高校生が、最後まで演説を聞いてから近寄ってきた。
「YouTubeで見ました。友達と話題になってて……本当に、応援してます」
健人は言葉を返せなかった。笑おうとして、声が出ず、ただ小さくうなずいた。
そして、その日の夜。
政党陣営のスタッフたちがざわめいていた。
「なんかさ、あの無所属の人、ちょっとバズってるらしいよ」
「え、マジ?泡沫とか思ってたけど……」
健人はまだ何も手にしていない。選挙の構造は何も変わっていない。組織も資金も乏しく、取材もこない。
それでも。
――風は、ほんのわずかに、吹き始めていた。
“声は、かき消されたわけじゃない。
ただ、聞こえる準備が、まだできていなかっただけなんだ。”
2
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる