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第1部:序章 - 無名の挑戦
第13話 握手を求められた日
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駅前での演説を終え、手に汗をかいたマイクをカバンにしまおうとしていた時だった。
ふと気配を感じ、顔を上げると、スーツ姿の若い会社員が立っていた。年齢は二十代後半くらいだろうか。仕事帰りのようで、疲れをにじませた顔。それでも、目はまっすぐに健人を見つめていた。
「……?」
健人が言葉を探す前に、その男は無言で右手を差し出した。突然の仕草に一瞬戸惑う。だが、差し出された手を握り返したとき、男は短く、しかし力強く言った。
「頑張ってください。応援してます」
その瞬間、手のひらから温もりが伝わってきた。じんわりと広がる熱に、健人は思わず胸を詰まらせた。ずっと透明人間のように扱われてきた自分が、ようやく“存在を認められた”のだ。震える手を握り返しながら、健人は何度も「ありがとうございます」と答えた。
――その日を境に、少しずつ変化が起こり始めた。
翌日の演説では、若い学生が近づいてきて「頑張ってください」と言って握手を求めた。さらに別の日には、買い物帰りの主婦が「あなたの言葉、心に響きました」と微笑んで手を握ってくれた。定年退職した年配の男性が「お前みたいな若者に、もう少し期待してみるよ」と不器用に手を差し出してくれたこともあった。
一人、また一人と。握手を求める人は増えていった。
「拡散された政見放送の力ですよ」
真田が冷静にそう言った。
だが健人は首を横に振った。
「違う。あの五分だけじゃない。ここで何百時間も声を張ってきたからだ。誰も見てないと思っていたけど……見ていてくれたんだ」
ある日、演説後に声をかけてきた年配の女性は、涙を浮かべていた。
「息子が失業してね……あなたの言葉、届いた気がしたの」
健人は言葉を失い、代わりに名刺を差し出した。
「もし何かあれば、遠慮なく連絡ください」
女性は震える手で名刺を受け取り、「ありがとうね」と呟いた。
別の日には、通りすがりの中学生の男の子が、恥ずかしそうに遠くから手を振った。健人が軽く振り返すと、少年は顔を赤くして駆け出していった。ほんの数秒の出来事だったが、それだけで一日が報われる気がした。
握手を求めてくる人の中には、「何かしてあげたい」と申し出る人も現れ始めた。個人でチラシを印刷して持参してくる女性。演説を動画に収めて編集し、SNSで応援メッセージを添えて広める大学生。健人は驚きながらも一人ひとりと話し、感謝を伝え、手を握り返した。
演説は、ただの言葉の発信ではなく、人と人との“物語”に変わりつつあった。
しかし同時に、影も忍び寄ってきた。SNS上に不穏な噂が広まり始めたのだ。
「握手をした人の個人情報を収集してるらしい」
「無所属なんて建前で、裏に組織がいる」
根拠のない中傷。それでも広まれば、信じる人が出てくる。真田は険しい表情で言った。
「支持が広がれば、そのぶん反発も強くなります」
健人は静かに頷いた。その夜、自室の机に向かい、一冊のノートを開いた。今日握手を交わした人々の名前や顔の特徴、交わした言葉を、一つひとつ丁寧に記していった。
「誰かに見せるためじゃない。俺が忘れないためだ」
健人はペンを握りしめながら思った。数字や得票率では測れない、“温もり”を。あの日、あの瞬間、支えてくれた手を。
忘れたくなかった。あの手を、あの声を。自分が立ち続ける意味を。
“握手は、契約じゃない。
支援でも数字でもない。
人と人が繋がる、ただそれだけで、政治は始まる。”
ふと気配を感じ、顔を上げると、スーツ姿の若い会社員が立っていた。年齢は二十代後半くらいだろうか。仕事帰りのようで、疲れをにじませた顔。それでも、目はまっすぐに健人を見つめていた。
「……?」
健人が言葉を探す前に、その男は無言で右手を差し出した。突然の仕草に一瞬戸惑う。だが、差し出された手を握り返したとき、男は短く、しかし力強く言った。
「頑張ってください。応援してます」
その瞬間、手のひらから温もりが伝わってきた。じんわりと広がる熱に、健人は思わず胸を詰まらせた。ずっと透明人間のように扱われてきた自分が、ようやく“存在を認められた”のだ。震える手を握り返しながら、健人は何度も「ありがとうございます」と答えた。
――その日を境に、少しずつ変化が起こり始めた。
翌日の演説では、若い学生が近づいてきて「頑張ってください」と言って握手を求めた。さらに別の日には、買い物帰りの主婦が「あなたの言葉、心に響きました」と微笑んで手を握ってくれた。定年退職した年配の男性が「お前みたいな若者に、もう少し期待してみるよ」と不器用に手を差し出してくれたこともあった。
一人、また一人と。握手を求める人は増えていった。
「拡散された政見放送の力ですよ」
真田が冷静にそう言った。
だが健人は首を横に振った。
「違う。あの五分だけじゃない。ここで何百時間も声を張ってきたからだ。誰も見てないと思っていたけど……見ていてくれたんだ」
ある日、演説後に声をかけてきた年配の女性は、涙を浮かべていた。
「息子が失業してね……あなたの言葉、届いた気がしたの」
健人は言葉を失い、代わりに名刺を差し出した。
「もし何かあれば、遠慮なく連絡ください」
女性は震える手で名刺を受け取り、「ありがとうね」と呟いた。
別の日には、通りすがりの中学生の男の子が、恥ずかしそうに遠くから手を振った。健人が軽く振り返すと、少年は顔を赤くして駆け出していった。ほんの数秒の出来事だったが、それだけで一日が報われる気がした。
握手を求めてくる人の中には、「何かしてあげたい」と申し出る人も現れ始めた。個人でチラシを印刷して持参してくる女性。演説を動画に収めて編集し、SNSで応援メッセージを添えて広める大学生。健人は驚きながらも一人ひとりと話し、感謝を伝え、手を握り返した。
演説は、ただの言葉の発信ではなく、人と人との“物語”に変わりつつあった。
しかし同時に、影も忍び寄ってきた。SNS上に不穏な噂が広まり始めたのだ。
「握手をした人の個人情報を収集してるらしい」
「無所属なんて建前で、裏に組織がいる」
根拠のない中傷。それでも広まれば、信じる人が出てくる。真田は険しい表情で言った。
「支持が広がれば、そのぶん反発も強くなります」
健人は静かに頷いた。その夜、自室の机に向かい、一冊のノートを開いた。今日握手を交わした人々の名前や顔の特徴、交わした言葉を、一つひとつ丁寧に記していった。
「誰かに見せるためじゃない。俺が忘れないためだ」
健人はペンを握りしめながら思った。数字や得票率では測れない、“温もり”を。あの日、あの瞬間、支えてくれた手を。
忘れたくなかった。あの手を、あの声を。自分が立ち続ける意味を。
“握手は、契約じゃない。
支援でも数字でもない。
人と人が繋がる、ただそれだけで、政治は始まる。”
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