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第1部:序章 - 無名の挑戦
第34話 議員バッジの重み
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初登院の朝。
まだ夜気の残る空の下、健人は静かにスーツの袖を通した。父から譲り受けた古いネイビーのスーツ。擦れた襟も、少し大きめの肩幅も、今では誇りのように思えた。胸ポケットには、母から送られた小さな付箋が忍ばせてある。そこには丸みを帯びた文字で「がんばれ」と書かれていた。何度も握りしめたために、角が少し折れ、インクがにじんでいる。だがその一枚が、ここまで彼を支えてきた。
タクシーを降りると、目の前に国会議事堂がそびえていた。朝日に照らされた白い石造りの建物は、まるで巨大な要塞のようで、その存在感に健人は思わず足を止めた。テレビや新聞で何度も目にしたはずの建物なのに、こうして自分が立つと、まるで別の世界の扉が開いたように感じる。
「ここからが始まりだ」
小さくつぶやき、深く息を吸い込む。
受付で新人議員たちと並び、議員証を受け取る。名札の裏に印字された「坂本健人」の文字。そのシンプルな字体を見ただけで、喉が詰まりそうになる。隣に並んだのは与党から当選した若手議員。仕立ての良いスーツに囲まれ、背後には数人の秘書が控えている。ちらりと健人に視線を送り、すぐに目を逸らした。そこには、無所属・無名の存在を「異質」とみなす空気が漂っていた。
案内された小部屋で、ひとりずつ議員バッジが手渡される。
健人の掌に置かれたのは、親指の先ほどの小さな金色の徽章。だが、その瞬間、まるで鉛を乗せられたような“重み”を感じた。
真田がそっと耳元で囁く。
「これが、国民の信託の証ですよ」
健人は胸にバッジを付けようとした。しかし、指先が小刻みに震えて、なかなか留められない。心の奥から込み上げてくる緊張と責任感が、体を思うように動かせなくしていた。
そのとき、隣にいたベテラン議員が鼻で笑った。
「無所属でもバッジは同じなんだな」
あざけるような声に、健人は一瞬だけ顔を上げた。
「同じだからこそ、この一つが、何より重いんです」
短い言葉だったが、胸の奥から出たものだった。
バッジを胸に留め、廊下に出ると、記者団が一斉に押し寄せてきた。
「当選の感想は?」「無所属でどう戦うつもりですか?」「最初に取り組む政策は?」
カメラのフラッシュが絶え間なく光る。矢継ぎ早の質問に健人は一呼吸置き、真っ直ぐカメラを見て答えた。
「国民の声を国会に届ける。それが、すべてです」
記者たちはざわめき、何人かがさらに質問を投げかけようとしたが、健人は深く一礼してその場を後にした。
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。すれ違うベテラン議員たちが軽く会釈をしてくる。その一つひとつに、もう自分が“国会議員”であるという現実を突き付けられる。かつて駅前で声を張り上げても誰も立ち止まらなかった男が、今はこの場に立っている――その事実が信じられなかった。
やがて扉が開かれ、広大な議場が姿を現した。
整然と並ぶ椅子と机、見上げるほど高い天井、荘厳な装飾。何十年もこの国の意思決定が繰り返されてきた空間。その重厚な空気に、健人の喉は再び渇く。自分の席を前に立つと、自然に頭が下がった。
「いよいよだな」
背後から田島が小声で言った。
健人は振り返り、わずかに笑みを浮かべる。
「一人じゃない」
会議が始まり、議場にざわめきが広がる。紙をめくる音、議員たちの声、議長の木槌の音。健人は背筋を伸ばし、呼吸を整えた。初めて投じる一票の瞬間が近づいていた。
胸元の小さなバッジにそっと触れる。冷たい金属の感触が、熱を帯びた胸の鼓動と交錯する。そこには数万の声と、未来を託された責任が凝縮されていた。
「この重みを、決して裏切らない」
心の中で固く誓い、健人は静かに初めての一票を投じる準備を整えた。
”小さなバッジに込められたのは、
数万の願いと、未来を託す重みだった。“
まだ夜気の残る空の下、健人は静かにスーツの袖を通した。父から譲り受けた古いネイビーのスーツ。擦れた襟も、少し大きめの肩幅も、今では誇りのように思えた。胸ポケットには、母から送られた小さな付箋が忍ばせてある。そこには丸みを帯びた文字で「がんばれ」と書かれていた。何度も握りしめたために、角が少し折れ、インクがにじんでいる。だがその一枚が、ここまで彼を支えてきた。
タクシーを降りると、目の前に国会議事堂がそびえていた。朝日に照らされた白い石造りの建物は、まるで巨大な要塞のようで、その存在感に健人は思わず足を止めた。テレビや新聞で何度も目にしたはずの建物なのに、こうして自分が立つと、まるで別の世界の扉が開いたように感じる。
「ここからが始まりだ」
小さくつぶやき、深く息を吸い込む。
受付で新人議員たちと並び、議員証を受け取る。名札の裏に印字された「坂本健人」の文字。そのシンプルな字体を見ただけで、喉が詰まりそうになる。隣に並んだのは与党から当選した若手議員。仕立ての良いスーツに囲まれ、背後には数人の秘書が控えている。ちらりと健人に視線を送り、すぐに目を逸らした。そこには、無所属・無名の存在を「異質」とみなす空気が漂っていた。
案内された小部屋で、ひとりずつ議員バッジが手渡される。
健人の掌に置かれたのは、親指の先ほどの小さな金色の徽章。だが、その瞬間、まるで鉛を乗せられたような“重み”を感じた。
真田がそっと耳元で囁く。
「これが、国民の信託の証ですよ」
健人は胸にバッジを付けようとした。しかし、指先が小刻みに震えて、なかなか留められない。心の奥から込み上げてくる緊張と責任感が、体を思うように動かせなくしていた。
そのとき、隣にいたベテラン議員が鼻で笑った。
「無所属でもバッジは同じなんだな」
あざけるような声に、健人は一瞬だけ顔を上げた。
「同じだからこそ、この一つが、何より重いんです」
短い言葉だったが、胸の奥から出たものだった。
バッジを胸に留め、廊下に出ると、記者団が一斉に押し寄せてきた。
「当選の感想は?」「無所属でどう戦うつもりですか?」「最初に取り組む政策は?」
カメラのフラッシュが絶え間なく光る。矢継ぎ早の質問に健人は一呼吸置き、真っ直ぐカメラを見て答えた。
「国民の声を国会に届ける。それが、すべてです」
記者たちはざわめき、何人かがさらに質問を投げかけようとしたが、健人は深く一礼してその場を後にした。
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩く。すれ違うベテラン議員たちが軽く会釈をしてくる。その一つひとつに、もう自分が“国会議員”であるという現実を突き付けられる。かつて駅前で声を張り上げても誰も立ち止まらなかった男が、今はこの場に立っている――その事実が信じられなかった。
やがて扉が開かれ、広大な議場が姿を現した。
整然と並ぶ椅子と机、見上げるほど高い天井、荘厳な装飾。何十年もこの国の意思決定が繰り返されてきた空間。その重厚な空気に、健人の喉は再び渇く。自分の席を前に立つと、自然に頭が下がった。
「いよいよだな」
背後から田島が小声で言った。
健人は振り返り、わずかに笑みを浮かべる。
「一人じゃない」
会議が始まり、議場にざわめきが広がる。紙をめくる音、議員たちの声、議長の木槌の音。健人は背筋を伸ばし、呼吸を整えた。初めて投じる一票の瞬間が近づいていた。
胸元の小さなバッジにそっと触れる。冷たい金属の感触が、熱を帯びた胸の鼓動と交錯する。そこには数万の声と、未来を託された責任が凝縮されていた。
「この重みを、決して裏切らない」
心の中で固く誓い、健人は静かに初めての一票を投じる準備を整えた。
”小さなバッジに込められたのは、
数万の願いと、未来を託す重みだった。“
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