『総理になった男』

KAORUwithAI

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第1部:序章 - 無名の挑戦

第40話 国会の仕組みがわからない

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初めて迎えた本格的な国会審議の日。
 健人の机の上には、レンガのように積み重なった分厚い資料の束が鎮座していた。
 紙の匂いとインクのにおいが鼻をつき、視線を走らせるだけで頭がくらくらする。

 ――これが、法律を作る現場か。

 その現実に、胸が高鳴るどころか重く沈んだ。

審議が始まると、議場には慣れた調子の言葉が飛び交った。
 「請願」「動議」「質疑時間の配分」……耳慣れない専門用語が次々と響き、健人の脳裏にはまるで外国語のように聞こえた。

 ノートを広げて必死にメモを取ろうとするが、書き取りが追いつかない。
 隣のベテラン議員は冷静に資料に赤を入れ、キーワードを整理している。
 横目で見ながら、健人は自分の未熟さを痛感した。

 「坂本議員、質疑時間の割り当てはどうしますか?」

 唐突に問いかけられ、健人は顔を上げる。
 「……えっと、何分ですか?」

 議場に小さな笑いが広がった。
 「仕組みも知らずに来たのか」
 与党の若手が皮肉を言い、数人が肩をすくめる。

 胸に冷たい針が突き刺さる。
 「わからない」と口にするだけで、こんなにも無力に感じるのか。

休憩時間。廊下に出た健人の顔は蒼白だった。
 「大丈夫ですか?」
 真田が駆け寄り、丁寧に説明してくれる。

 「委員会と本会議ではルールが違います。
  質疑時間は会派ごとの割り当てで決まります。
  無所属は交渉会派に入っていないから、その都度、委員長に許可を取らなきゃいけないんです」

 健人は目を瞬かせる。
 ――なるほど、知らなければ答えられるはずがない。

そこへ田島が合流し、両手を大げさに広げた。
 「要するに、発言権をどう取るかが勝負なんだろ? 授業で“発表したい人”が手を挙げるみたいに」

 思わず健人が笑ってしまう。
 「お前の例えは雑だけど、わかりやすいな」
 張り詰めていた心が少し和らいだ。

しかし心の奥底では焦燥感が募っていた。
 ――市民感覚で挑めば通じると思っていたが、ここは別世界だ。

 政治の現場は、言葉や手続き、ルールで構築された巨大なシステム。
 素人の熱意だけでは歯が立たない。

思い切って近くの職員に手続きを尋ねた。
 職員は笑みを浮かべて言った。
 「新人の方は皆さん最初は同じです。気にしなくていいですよ」

 その一言に、救われるような温かさを感じた。

議員会館に戻った健人は、机に資料を広げた。
 「知らないことは、恥じゃない」
 そう言い聞かせながらノートを作り始める。

 真田がホワイトボードに図を描き、解説してくれる。
 「法案提出から審議、修正協議、委員会採決、本会議採決まで。この流れを覚えてください」

 田島は素人視点で補足する。
 「要は、部活で試合のルールを知らずに出たら勝てないってことだな」

 三人で深夜まで机を囲み、議場の仕組みを学んでいった。

翌日の委員会。
 昨日と同じように質疑時間の話題が出た瞬間、健人は手を挙げて確認した。

 「委員長、無所属の立場として質問の機会をいただきたい」

 一瞬の沈黙。だが委員長は「許可します」と告げた。
 わずか数分だが、健人のための時間が確保された。

そのやりとりに、数人の議員が意外そうに振り返った。
 「昨日は戸惑っていたのに、もう覚えたのか」
 感心の表情がちらほらと見える。

 小さな変化。それが確かな手応えだった。

夜、健人はノートに大きく書いた。

 「知らないからこそ、学び直せる。それが無所属の強みだ」

 胸元のバッジを指でなぞり、深く息を吐いた。



”知らないことは恥じゃない。
学び続ける姿勢こそ、政治家の最初の義務だ。“
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