『総理になった男』

KAORUwithAI

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第1部:序章 - 無名の挑戦

第39話 “あなた誰?”

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国会委員会出席の日。
 健人は、分厚い木の扉を前にして立ち尽くしていた。
 胸ポケットには、まだ母の書いた「がんばれ」の付箋が入っている。それをそっと指先でなぞり、深呼吸する。

 ――今日も一人じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、扉を押し開けた。

委員会室は議場よりも狭いが、独特の緊張感に包まれていた。
 分厚い資料が机に置かれ、議員たちが低い声でささやき合う。
 席につくと、隣に座っていたベテラン議員が、怪訝そうにこちらをじろりと見た。

 「あなた、どこの政党の方?」

 突然の問いに、健人は姿勢を正した。
 「無所属です」

 一瞬、相手の目が見開かれる。すぐに薄く笑みを浮かべた。
 「無所属議員なんて久しぶりだな」

 その声が周囲に漏れる。別の議員たちがこちらを見やり、ヒソヒソ声が飛び交った。
 「誰?」「新人か?」
 胸の奥に冷たい針が刺さったような感覚が走る。

さらに追い打ちをかけるように、資料を配る職員が健人の机の前で足を止めた。
 「えっと……お名前は?」

 まさか議員本人にそう尋ねられるとは。
 「坂本健人です」

 声がかすれた。職員は慌てて頭を下げ、資料を置いて去っていく。
 机の下で拳を握りしめる。

 ――やっぱり俺は、ここでは“異物”なのか。

休憩に入ると、与党の中堅議員がニヤリと笑って近づいてきた。
 「泡沫候補が当選したって噂の人か」

 健人は苦笑いでやり過ごしたが、胸の奥に悔しさが積もる。

 さらに、同じ新人議員に自己紹介してみた。
 「無所属で当選した坂本健人です」
 「ああ、無所属の人ね」

 その一言だけ。名前すら呼んでもらえない。
 孤独の壁は厚かった。

委員会室を出ると、廊下の向こうに真田の姿があった。
 彼は傍聴席から駆けつけ、静かに頷く。
 「最初は仕方ありませんよ。覚えてもらうのは、これからです」

 その言葉に少しだけ心が軽くなる。
 「名乗るしかない。自分の声で刻むしかない」
 そう決意して再び室内へ戻った。

委員会再開。議題は次々と進む。
 やがて、発言の順番が健人に回ってきた。

 赤いランプが灯り、マイクが目の前に迫る。
 手は震えていたが、深呼吸して言葉を絞り出した。

 「無所属、新人議員の坂本健人です」

 一瞬、空気が止まる。
 「この場に立てているのは、市民一人ひとりの声があったからです」

 真剣で飾り気のないその声に、数人の議員が小さくうなずいた。

昼休み、議員食堂に入ると、テーブルのほとんどは政党ごとのグループで埋まっていた。
 健人が一人でトレーを持って歩くと、視線が突き刺さる。
 「無所属の新人だ」
 そんな声が背中で交わされる。

 空いた席に座るが、話しかけてくる者はいない。
 ひとり黙々とカレーを食べる健人の姿を、真田と田島は廊下から心配そうに見守っていた。

午後の委員会。再び健人に発言の機会が巡ってきた。
 「私は専門家ではありません。しかし現場の声を拾うこと、それが政治の役割だと思います」

 言葉が途切れ途切れでも、誠実さがにじむ。
 その瞬間、数人の職員の表情がわずかに柔らかくなるのを見た。

会議が終わったあと、同じ新人議員の一人が声をかけてきた。
 「さっきの言葉、悪くなかったよ」

 健人は驚き、小さく笑った。
 ――たった一人でも、名前を覚えてくれる人が出てきた。

 ノートにこう書き残す。
 「名を刻むのは、肩書きじゃない。行動だ」



”誰だと問われるなら、答え続ければいい。名を刻むのは、肩書きじゃなく行動だ。“
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