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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第94話 急増する講演依頼
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テレビでのドキュメンタリー放送から一週間。
坂本健人の事務所は、まるで選挙前のような騒がしさに包まれていた。
「また講演依頼の電話です!」
「新聞社からも取材要請来てます!」
「大学の政治経済学部からも!」
田島が受話器を片手に走り回り、真田は机に広げたスケジュール表を前にため息をついていた。
「一日三件は無理だろ。移動時間を考えたら体がもたない」
健人は苦笑して水を一口飲んだ。
「すごいな……まるで別人みたいな扱いだ」
「テレビの力ですよ」真田が冷静に言う。「でも、人気と信頼は違います。浮かれないように」
健人は軽く頷いたが、その目にはわずかに喜びが浮かんでいた。
――ようやく、声が届いたんだ。
初めての講演先は、健人の地元・神奈川県にある母校の高校だった。
テレビで彼を見た校長から「ぜひ生徒たちに話してほしい」と連絡が入ったのだ。
講堂に入ると、数百人の生徒たちがざわつきながらこちらを見ていた。
教壇の前に立った健人は、少し緊張しながらマイクを握る。
「みんな、政治って聞くと難しく感じるよね。でも、政治って“誰かの暮らしを良くする仕組み”なんだ」
体育館の天井に声が響く。
最初は退屈そうだった生徒たちも、徐々に前のめりになっていく。
「夢を持つことと、現実を見ることは、どっちも大切なんだ。
夢だけじゃ食べていけない。でも、現実だけじゃ生きてる気がしない。
だから、政治ってのは――その橋をかける仕事なんだ」
演説が終わると、拍手が湧き起こった。
壇上から見た生徒たちの目は、確かに輝いていた。
講演後、一人の女子生徒が駆け寄ってきて言った。
「テレビで見ました! 政治って、もっと遠いものだと思ってました」
健人は微笑み、軽く頭を下げた。
「ありがとう。そう思ってくれるだけで、やった甲斐があるよ」
その日の夜、SNSで「#坂本健人講演」のタグがトレンド入りした。
生徒たちの動画や感想が次々と投稿され、
《こんな政治家になりたい》《地元にも来てほしい》《本物の言葉だった》
――瞬く間に全国へと広がっていった。
翌日、さらに講演依頼の電話が増えた。
市民団体、地方大学、教育委員会、果ては中学校のPTAまで。
田島が悲鳴を上げる。
「スケジュールが物理的に無理だ!
このままじゃ移動で寝る時間もない!」
「今までは誰も聞いてくれなかったんだ。今、ようやく届いたんだ。
聞いてくれる人がいるなら、俺は行く」
健人の声に迷いはなかった。
それは、国会で何度も無視され、笑われた男の、ようやく得た“届く実感”だった。
地方講演の日々が始まった。
夜明け前に東京を出て、昼は講演、夜は別の会場で対話会。
帰りの車内では、いつの間にか目を閉じて眠りに落ちる。
ある小さな町の講演会。参加者はわずか二十人ほどだった。
それでも健人はいつもと同じようにマイクを握り、真剣に語った。
「国会は遠く見えるけど、国会で決まることがあなたたちの食卓に影響してる。
だから声を上げてほしい。声がある限り、政治は動く」
講演後、会場の隅で小さな男の子が手を振っていた。
「テレビで見た!かっこよかった!」
健人はしゃがみ込み、少年の目線に合わせて笑った。
「ありがとう。君の声も、いつか国を動かすんだよ」
その帰り道、助手席の真田が静かに言った。
「先生、こういう活動が政治を近づけるんですね」
健人は窓の外の街灯を見つめながら答えた。
「いや……政治が遠ざかってたんだよ。俺たちのほうから」
だが、スケジュールは限界を迎えつつあった。
講演が週に七本。移動距離は一週間で二千キロを超えた。
田島は睡眠不足でフラフラし、真田も咳をこらえていた。
「少し休んでください」
「休んだら、次に会える保証がないんだ。
あの日のテレビを見て、動いてくれた人がいる。
その声を無視したら、俺が今まで戦ってきた意味がなくなる」
健人は無理を押して講演を続けた。
だが、次第に“伝える内容”が変化していった。
以前のように制度や法案を語るより、
“生き方”や“夢”を語る時間が増えていたのだ。
「諦めなければ、世界は変えられる」
「政治は特別な人のものじゃない」
「選挙に行くことは、未来を選ぶことだ」
拍手はいつもより長く、会場の空気は温かかった。
だがその帰り道、健人の心には、わずかな違和感があった。
――俺は、政治を語っているのか。それとも希望を語っているだけなのか。
メディアの扱いも変わった。
新聞は「対話する政治家」と持ち上げたが、
一部の週刊誌は「人気取りのツアー」と皮肉った。
国会内でも、「またテレビの人が来た」と揶揄する声が聞こえる。
だが健人は、気にする素振りを見せなかった。
「人気取りでも構わない。人気の裏に、確かな声があるなら」
しかし、真田だけは冷静だった。
「伝えることは大事ですが、政治を
忘れないでください。
波はいつか引きます。そのとき残るのは、理念だけです」
健人は静かに頷いた。
「分かってる。でも、理念を“聞かせる”には、まず人に届かないと」
夜の帰路。
車の窓に映る自分の顔は、疲れ切っていた。
頬のこけた顔、うっすらとした目の下の隈。
それでも、その瞳の奥には熱が宿っていた。
「俺は……いつの間にか、“伝える人”になってたのかもな」
呟くと、運転席の田島が言った。
「でも、伝える人がいなきゃ、誰も気づかない」
翌朝、事務所に戻った健人は、机に積まれた法案資料を広げた。
深呼吸して、手を止める。
「やっぱり俺の仕事は、ここから始まるんだ」
資料に赤ペンを走らせる。
講演で語った言葉を、政策に変えていく作業。
それが本来の自分の使命だと、ようやく思い出した。
夕暮れ。
窓の外、国会議事堂のシルエットがオレンジに染まる。
“声が届くほど、試される。伝えるほど、
見られる。それでも立ち続ける――
それが政治家っていう仕事なんだろうな”
坂本健人の事務所は、まるで選挙前のような騒がしさに包まれていた。
「また講演依頼の電話です!」
「新聞社からも取材要請来てます!」
「大学の政治経済学部からも!」
田島が受話器を片手に走り回り、真田は机に広げたスケジュール表を前にため息をついていた。
「一日三件は無理だろ。移動時間を考えたら体がもたない」
健人は苦笑して水を一口飲んだ。
「すごいな……まるで別人みたいな扱いだ」
「テレビの力ですよ」真田が冷静に言う。「でも、人気と信頼は違います。浮かれないように」
健人は軽く頷いたが、その目にはわずかに喜びが浮かんでいた。
――ようやく、声が届いたんだ。
初めての講演先は、健人の地元・神奈川県にある母校の高校だった。
テレビで彼を見た校長から「ぜひ生徒たちに話してほしい」と連絡が入ったのだ。
講堂に入ると、数百人の生徒たちがざわつきながらこちらを見ていた。
教壇の前に立った健人は、少し緊張しながらマイクを握る。
「みんな、政治って聞くと難しく感じるよね。でも、政治って“誰かの暮らしを良くする仕組み”なんだ」
体育館の天井に声が響く。
最初は退屈そうだった生徒たちも、徐々に前のめりになっていく。
「夢を持つことと、現実を見ることは、どっちも大切なんだ。
夢だけじゃ食べていけない。でも、現実だけじゃ生きてる気がしない。
だから、政治ってのは――その橋をかける仕事なんだ」
演説が終わると、拍手が湧き起こった。
壇上から見た生徒たちの目は、確かに輝いていた。
講演後、一人の女子生徒が駆け寄ってきて言った。
「テレビで見ました! 政治って、もっと遠いものだと思ってました」
健人は微笑み、軽く頭を下げた。
「ありがとう。そう思ってくれるだけで、やった甲斐があるよ」
その日の夜、SNSで「#坂本健人講演」のタグがトレンド入りした。
生徒たちの動画や感想が次々と投稿され、
《こんな政治家になりたい》《地元にも来てほしい》《本物の言葉だった》
――瞬く間に全国へと広がっていった。
翌日、さらに講演依頼の電話が増えた。
市民団体、地方大学、教育委員会、果ては中学校のPTAまで。
田島が悲鳴を上げる。
「スケジュールが物理的に無理だ!
このままじゃ移動で寝る時間もない!」
「今までは誰も聞いてくれなかったんだ。今、ようやく届いたんだ。
聞いてくれる人がいるなら、俺は行く」
健人の声に迷いはなかった。
それは、国会で何度も無視され、笑われた男の、ようやく得た“届く実感”だった。
地方講演の日々が始まった。
夜明け前に東京を出て、昼は講演、夜は別の会場で対話会。
帰りの車内では、いつの間にか目を閉じて眠りに落ちる。
ある小さな町の講演会。参加者はわずか二十人ほどだった。
それでも健人はいつもと同じようにマイクを握り、真剣に語った。
「国会は遠く見えるけど、国会で決まることがあなたたちの食卓に影響してる。
だから声を上げてほしい。声がある限り、政治は動く」
講演後、会場の隅で小さな男の子が手を振っていた。
「テレビで見た!かっこよかった!」
健人はしゃがみ込み、少年の目線に合わせて笑った。
「ありがとう。君の声も、いつか国を動かすんだよ」
その帰り道、助手席の真田が静かに言った。
「先生、こういう活動が政治を近づけるんですね」
健人は窓の外の街灯を見つめながら答えた。
「いや……政治が遠ざかってたんだよ。俺たちのほうから」
だが、スケジュールは限界を迎えつつあった。
講演が週に七本。移動距離は一週間で二千キロを超えた。
田島は睡眠不足でフラフラし、真田も咳をこらえていた。
「少し休んでください」
「休んだら、次に会える保証がないんだ。
あの日のテレビを見て、動いてくれた人がいる。
その声を無視したら、俺が今まで戦ってきた意味がなくなる」
健人は無理を押して講演を続けた。
だが、次第に“伝える内容”が変化していった。
以前のように制度や法案を語るより、
“生き方”や“夢”を語る時間が増えていたのだ。
「諦めなければ、世界は変えられる」
「政治は特別な人のものじゃない」
「選挙に行くことは、未来を選ぶことだ」
拍手はいつもより長く、会場の空気は温かかった。
だがその帰り道、健人の心には、わずかな違和感があった。
――俺は、政治を語っているのか。それとも希望を語っているだけなのか。
メディアの扱いも変わった。
新聞は「対話する政治家」と持ち上げたが、
一部の週刊誌は「人気取りのツアー」と皮肉った。
国会内でも、「またテレビの人が来た」と揶揄する声が聞こえる。
だが健人は、気にする素振りを見せなかった。
「人気取りでも構わない。人気の裏に、確かな声があるなら」
しかし、真田だけは冷静だった。
「伝えることは大事ですが、政治を
忘れないでください。
波はいつか引きます。そのとき残るのは、理念だけです」
健人は静かに頷いた。
「分かってる。でも、理念を“聞かせる”には、まず人に届かないと」
夜の帰路。
車の窓に映る自分の顔は、疲れ切っていた。
頬のこけた顔、うっすらとした目の下の隈。
それでも、その瞳の奥には熱が宿っていた。
「俺は……いつの間にか、“伝える人”になってたのかもな」
呟くと、運転席の田島が言った。
「でも、伝える人がいなきゃ、誰も気づかない」
翌朝、事務所に戻った健人は、机に積まれた法案資料を広げた。
深呼吸して、手を止める。
「やっぱり俺の仕事は、ここから始まるんだ」
資料に赤ペンを走らせる。
講演で語った言葉を、政策に変えていく作業。
それが本来の自分の使命だと、ようやく思い出した。
夕暮れ。
窓の外、国会議事堂のシルエットがオレンジに染まる。
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見られる。それでも立ち続ける――
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