『総理になった男』

KAORUwithAI

文字の大きさ
93 / 179
第2部:壁 - 国会という名の怪物

第93話 政治ドキュメンタリーの放送

しおりを挟む
 その知らせは、ある静かな午後に届いた。
 「国営放送局が取材を希望しています」――真田が封筒を手に言った。

 「取材?」
 「はい。無所属議員としての活動を追うドキュメンタリー番組を作りたいそうです」

 健人は眉をひそめた。
 「俺なんかを追ってどうする。ニュースにもならないような活動ばかりだぞ」
 真田は微笑みを浮かべた。
 「だからこそ、撮りたいんじゃないですか? “政治の原点”を」

 その言葉に、健人は少しだけ息を飲んだ。
 原点――そう言われてみれば、確かに自分のやってきたことは派手さのない地道な作業ばかりだ。
 けれど、だからこそ見てもらえる価値があるのかもしれない。


 数日後、カメラ機材を抱えた取材班が事務所に現れた。
 若いディレクターとカメラマン、音声スタッフの三人。
 「これから数週間、密着させてください」と深々と頭を下げる。

 事務所の空気が一気に張りつめる。
 田島が慌てて机の上を片付け、
 「撮るんなら先に言ってくれよ、昨日カップ麺の空き容器放置してたぞ!」と焦る。
 真田は「自然体でいいんです」と苦笑した。

 初日の撮影は、地方議員たちとのオンライン会議。
 カメラの前で地方の市議たちは少し緊張していたが、
 健人が「僕らのやってることを、そのまま見せましょう」と言うと、次第に笑顔が戻った。

 会議の途中、ディレクターが小声で呟いた。
 「これが、“現場と国政をつなぐ”ってことなんですね」
 健人は照れくさそうに笑いながら、
 「ええ、でもつなぐだけで精一杯です」と答えた。


 取材は想像以上に細かかった。
 昼の会議だけでなく、夜の資料作成、深夜の事務所での雑談、
 そしてコンビニで買ったおにぎりを食べる姿まで――。

 「ありのままでお願いします」とディレクターは言った。
 「飾らない政治家を撮りたいんです」

 健人は苦笑しながら答える。
 「飾るものなんて、最初から持ってないですよ」

 撮影の合間、インタビューも行われた。
 「なぜ無所属で闘うんですか?」
 「組織に守られる政治は楽かもしれない。
  でも、声を届ける政治は孤独じゃなきゃできない。
  僕は、その孤独の責任を取る覚悟で立っています」

 その言葉に、ディレクターが静かに頷いた。
 「坂本さん、いい言葉ですね」


 数週間の取材が終わり、放送日が決まった。
 「日曜夜のドキュメンタリー枠。全国放送です」
 真田がそう告げたとき、事務所の空気が一瞬止まった。

 「全国……か」
 健人は息を呑んだ。
 「編集次第でどう描かれるか分かりませんね」と真田。
 「悪く切られても構いません。隠すことなんて、もうないです」


 放送当日。
 議員会館の事務所には、テレビが一台置かれた。
 田島がポップコーンを抱えながら、「映画鑑賞会かよ」と笑う。
 真田は静かにリモコンを手に取り、チャンネルを合わせた。

 午後九時。画面にタイトルが映る。
 『無所属議員・坂本健人――孤独の国会を歩く』。

 番組は静かなナレーションから始まった。
 「国会議事堂。その広い廊下を、ひとりの新人議員が歩いている。
  無所属という、誰にも守られない立場で。」

 映し出されたのは、健人が一人で資料を抱えて歩く姿だった。
 議事堂の長い廊下を進む背中が、どこか寂しげで、しかしまっすぐだった。


 地方での会議、夜中の法案作成、
 子ども食堂を訪ねる姿、握手を求める市民との会話。
 カメラは一切の演出なく、そのままの健人を追っていた。

 ナレーションが流れる。
 「派閥にも、組織にも頼らない。
  それでも、誰かの声を国に届けようとする一人の政治家がいる。」

 スタジオの照明のような眩しさではなく、
 温かく、淡々とした光が健人を包んでいた。


 放送が進むにつれ、SNSがざわつき始めた。
 《無所属なのにここまでやってる人がいるのか》
 《泣いた。政治ってこんなに真っすぐな人がまだいるんだ》
 《派手な言葉より、この人の疲れた笑顔が信じられる》

 リアルタイムでコメントが溢れ、トレンドには再び“坂本健人”の名前が。

 田島がテレビの前で「すげぇな……」と呟く。
 真田は静かに腕を組んで見つめていた。
 画面の中で、健人がこう語っていた。

 「評価なんていりません。
  ただ、“政治って、まだ捨てたもんじゃない”と思ってもらえたら、それでいい。」


 番組が終わると、事務所はしばらく静まり返った。
 誰もが言葉を失っていた。
 やがて、田島がぽつりと呟く。
 「先生、なんか……本物っぽかったです」
 健人は吹き出した。
 「今さらだな」

 だが、その翌日――日本中が健人の存在を知ることになる。


 朝のニュース番組では、ドキュメンタリーの内容が取り上げられた。
 新聞には見出しが躍る。
 《無所属議員・坂本健人 ネットと現場を結ぶ新潮流》
 《派閥に属さず声を届ける政治家 共感広がる》

 記者クラブでも、「昨日の放送、見ました」と記者が笑顔で話しかけてくる。
 国会の廊下でも、「テレビ出てたな」とベテラン議員が軽く声をかけてきた。

 健人はただ、「ありがとうございます」とだけ返した。
 ――けれど、その裏側で、別の声も上がっていた。


 与党の一部からは「人気取りのパフォーマンスだ」という批判。
 あるコメンテーターは番組でこう言い切った。
 「理想を語るのは簡単だ。現実を動かすには力が必要だ。
  彼の言葉はきれいごとに過ぎない」

 その映像を見た真田が眉をひそめる。
 「わざわざ煽るような言い方を……」
 だが健人は穏やかな表情のままだった。
 「いいんだ。光を浴びれば、影もできる。
  でも、見られなければ何も変わらない」


 夜。
 事務所の照明が落ち、窓の外には国会議事堂のシルエットが浮かんでいた。
 スマホを開くと、視聴者から届いたメッセージがいくつも並んでいた。
 《ありがとう》《あなたの言葉で勇気をもらいました》《政治に興味を持ちました》

 健人はひとつひとつ目を通し、胸に手を当てた。
 「見られるって、怖いな。でも、逃げない」

 背後から真田が静かに言った。
 「先生、光に晒されるというのは、評価ではなく覚悟の証ですよ」
 健人は微笑んだ。
 「覚悟なら、もう決まってる」

 窓の外、夜風が議事堂の白い石壁を撫でた。
 その光景を見つめながら、健人は心の中で静かに言葉を刻んだ。

 ――政治は、誰かに見られてこそ正される。
  見られることを恐れた瞬間、政治は腐る。

 胸の奥が、ゆっくりと熱を帯びていくのを感じた。
 この熱が冷めない限り、まだ前に進める。



 “見られることを恐れるなら、政治は腐る。
 光に晒されてこそ、真実は立ち上がる。
 評価より覚悟――それが、国を動かす力だ。”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...