『総理になった男』

KAORUwithAI

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第2部:壁 - 国会という名の怪物

第95話 子ども食堂への支援

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事務所に届いた一通の封筒。差出人は、地方の小さな町で子ども食堂を運営する女性だった。
 便箋には震える文字でこう書かれていた。
 ――「もう限界です。寄付が減り、食材が足りません。このままでは閉めるしかありません」

 健人はその手紙を何度も読み返した。最後の行に書かれた「ごめんなさい。子どもたちに何もしてあげられなくて」が、心に深く突き刺さる。
 「これが現実か……」
 手紙を握りしめた健人の目に、悔しさと決意の色が宿った。

 翌朝、真田がデータを広げた。
 「全国に約七千の子ども食堂がありますが、三割以上が運営資金の不足を訴えています。助成金も地域差が激しい」
 田島が苦々しい表情で言う。「金がないと飯も食えねぇ。笑えねぇ話だな」
 健人は静かに立ち上がり、机の上に両手を置いた。
 「だったら、法で守る。継続できる仕組みを作ろう」


 それからの日々は怒涛だった。
 健人は真田と共に「子ども食堂支援推進法案」の草稿づくりに没頭した。
 目的は“食の支援”ではなく、“居場所の確保”。
 食べることだけでなく、人と人がつながる「地域の安全網」としての子ども食堂を制度化する――それが狙いだった。

 深夜まで明かりが消えない議員会館の一室。
 健人は資料を何度もめくり、赤ペンで修正を重ねる。
 「理念じゃダメだ。実行力を示さないと」
 「財源は地域再生交付金から転用できる」と真田が助言する。
 田島はパソコンを叩きながら、「ポスターよりこっちの方がよっぽど大事な宣伝だな」と苦笑した。

 半年かけて完成した法案のタイトルは、
 ――《地域子ども食堂支援推進法》。

 それは、前回の「地域小児医療支援法案」を握り潰された悔しさを燃料にした、再起の第一歩だった。


 今度こそ潰されないよう、健人は根回しに奔走した。
 「派閥?関係ない。子どものためだ」
 与野党問わず、議員一人ひとりに説明資料を手渡して回る。

 ある与党の若手議員は最初こそ戸惑っていたが、真剣な目で語る健人の姿に心を動かされた。
 「確かに、これは政治の本質かもしれませんね。検討してみます」
 「ありがとうございます。党が違っても、未来を守る気持ちは同じはずです」
 健人のその言葉に、少しずつ賛同の輪が広がっていった。

 野党の中には「これは超党派でやるべきだ」と声を上げる議員も現れ、ついには新聞の片隅に「無所属議員、超党派で子ども支援法を推進」の見出しが載った。

 SNSでも《坂本健人、本気で動いてる》《こういう政治こそ必要》と拡散され、
 演説会での支援の声も増えていった。


 だが、官僚の壁は厚かった。
 厚労省の会議室で、スーツ姿の官僚たちが冷ややかに書類をめくる。
 「財源の裏付けが不十分ですね」「既存の制度と重複します」
 まるでマニュアルのような反応。
 健人は食い下がった。
 「現場では制度が届いていないんです。数字じゃなく、人を見てください」
 官僚の一人が眉をひそめたが、健人の熱意に押され、最後には小さくうなずいた。
 「……検討しましょう」

 わずかな隙間でも、希望に変えた。
 真田が帰りの車で言った。「やっと“政策を通す政治”になってきましたね」
 健人は窓の外を見つめながら答えた。「まだ、入り口に立っただけだ」


 そして数週間後。
 厚生労働委員会の議題に、ついに「子ども食堂支援推進法案」の文字が載った。
 前回の“棚ざらし”とは違う。正式に理事会を通過したのだ。
 報告を受けた健人は一瞬言葉を失い、椅子に座り込んだ。
 「……やっと、ここまで来たか」

 審議当日、健人は議場のマイクの前に立った。
 「無所属議員、坂本健人です。この法案は、すべての子どもが安心して食卓を囲める社会を目指すものです。
  貧困を見過ごすことは、未来を見捨てることと同じです」

 議場が静まり返る。
 与党の議員が質問した。「財源規模が小さく、効果は限定的では?」
 健人は即座に答えた。
 「数字ではなく、命を守ることが政治の本質です。小さな一食でも、子どもにとっては“今日を生きる支え”です」

 その言葉に、傍聴席の市民の目から涙がこぼれた。
 真田と田島が見守る中、委員会の採決が始まる。


 「本案に賛成の諸君の起立を求めます」

 議長の声が響いた。
 ざわめきが広がり、次々に議員が立ち上がる。
 与野党を超えて、多くの議員が席を離れた。

 健人はその光景を信じられない思いで見つめた。
 立ち上がった人の数が過半数を超えた瞬間――議長が静かに告げた。

 「可決と認めます」

 その言葉が響いた瞬間、健人の心臓が大きく跳ねた。
 頭の中で何かが弾けるような音がした。
 真田は深く息を吐き、田島は目を潤ませながら拳を握った。
 

 数日後、地元の子ども食堂から一通のメールが届いた。
 件名は「ありがとう」。
 本文には短い一文だけが書かれていた。
 ――「子どもたちが、また笑っています」

 健人はゆっくりと画面を閉じた。
 涙が頬を伝い、机の上の法案資料を濡らした。

 田島がそっと肩を叩いた。
 「これが……政治の仕事なんですね」
 健人は小さくうなずいた。
 「そうだ。言葉じゃなく、結果で笑顔を生むこと。それが政治だ」

 窓の外、国会議事堂の白い屋根が夕日に染まる。
 健人は胸のバッジを握りしめ、静かに呟いた。

  “政治は数字じゃない。
  一人の笑顔が生まれた瞬間、
  それが何よりも大きな“可決”なんだ”
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