『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第158話 総裁選ルール改正の裏舞台

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 国会から車で数分。
 永田町の中心にそびえる国民革新党本部の最上階――そこには、党内でも限られた者しか入れない“特別会議室”が存在する。

 壁一面に重厚な木材が使われ、外の喧騒が嘘のように静寂が満ちる空間。
 分厚いカーテンは閉ざされたままで、まるで外界を遮断しているかのようだった。

 午後七時。
 幹部たちが一人、また一人と入室してくる。

 黒崎副総理。
 南條官房長官。
 政調会長、総務会長、選対委員長。
 そして最後に、城戸幹事長。

 だが今日の議題を理解しているのは、彼らだけではなかった。
 党内の誰もが薄々感じている。
 ――これは“坂本健人”の存在がもたらした、時代の転換点だと。

 黒崎が椅子に座り、腕を組む。

 「……では、始めようか」

 その眼には焦りと苛立ちと、そして恐れが混じっていた。
 総裁選は一年後。しかし、党内世論調査では、まだ一年生議員にすぎない坂本健人が“次の総裁にふさわしい人物”として急速に名を挙げている。

 ベテラン政治家たちにとって、それは常識を揺るがす事態だった。

 南條官房長官が資料を開く。

 「今回の議題は――“総裁選のルール見直し”についてです」

 表向きは、時代にあわせた制度更新。
 だが、誰もが分かっている。
 本音はただ一つ。

 坂本健人に総裁選へ“出られる道”を作るか、封じるのか。

 黒崎が低い声で問いかける。

 「幹事長。改めて聞こう。なぜ今、ルール改正が必要だ?」

 城戸は姿勢を正し、一枚の紙をテーブルに置いた。
 そこには党の内部調査の数字が並んでいた。

 「これをご覧ください。――党員の六割が坂本君を“次の総裁候補として期待している”と答えています」

 その数字に、場がわずかにざわめく。
 伝統ある大政党で、無所属上がりの一年生にここまで数字が出るのは異例中の異例だった。

 黒崎が顔をしかめる。

 「人気だけで国を動かせると思っているのか? あの男は経験が浅い。ただの理想論者だ」

 すると南條が静かに言葉を返す。

 「ですが国民は、その理想を求めています。彼が無所属の時から、支持率は常に党の総裁を上回っていました。現実を見ていただかないと」

 黒崎の眉間に深い皺が刻まれる。

 「……だからといって、総裁選のルールを変えるなど――」

 その瞬間、城戸が言い切った。

 「推薦人を、二十人から十人に引き下げます」

 その場の空気が、一気に張り詰める。

 総裁選に出馬するには、党所属の国会議員二十人の推薦が必要。
 無所属上がりの坂本に、それだけの推薦人が集まるかは微妙なラインだった。

 この数字を下げるということは――
 “坂本が総裁選に出る道を作る”に等しい。

 黒崎はゆっくりと椅子から身を乗り出した。

 「城戸……本気で言っているのか?」

 「ええ。本気です」

 「党の伝統を壊す気か!」

 「伝統は、国民が誇れるときにこそ意味を持つのでは?」

 城戸はまったく怯むことなく、黒崎の視線を受け止めていた。

 南條が資料の別ページを示す。

 「こちらをご覧ください。経済団体の幹部たちの意向です。“改革を前に進めるなら坂本氏を支持する”との回答が過半数を超えています」

 黒崎の顔色が変わる。

 政界とは、国民の動きだけでなく、財界の“風向き”にも敏感だ。
 そこが坂本に向き始めている――これは無視できない。

 しかし黒崎は最後の抵抗を見せた。

 「若造に総理の器があると思うのか? 政治は理想だけで回らん!」

 その時、黙っていたベテラン議員が口を開いた。

 「……黒崎君。党が若い風を拒めば、時代に取り残されるだけだよ」

 静かだが重い言葉だった。

 黒崎は反論できなかった。
 彼自身、内心では分かっていたのだ。

 ――坂本健人という“現象”を止めることは、もはや不可能だと。

 城戸が座ったまま宣言する。

 「では提案します。
  推薦人を二十人から十人へ引き下げる。
  ただし――決選投票では国会議員票の比重を増やす」

 これは、坂本に“出場資格”を与えつつ、党の支配力を失わないための妥協案だった。

 全員が沈黙したまま数秒が過ぎる。
 そして――

 「……異議なし」

 南條が口を開いた。
 政調会長も続く。
 総務会長も、選対委員長も頷いた。

 最後に、黒崎副総理が深いため息をつく。

 「……好きにするがいい」

 その言葉は拒絶ではなく、諦めにも似た承認だった。

 こうして、
 総裁選ルール改正は全会一致で可決され、“坂本健人の出馬条件”は整えられた。

 会議が終わり、重たい扉が閉まる。
 廊下に戻った黒崎と城戸が並んで歩く。

 黒崎が低くつぶやく。

 「……お前は、本気であの男を総理にするつもりか?」

 城戸は目を細め、口元に皮肉でも喜びでもない、不思議な笑みを浮かべた。

 「違いますよ、副総理。
  ――総理に“なるべき男”が現れただけです」

 その会話を、
 廊下の角で偶然耳にした若手議員は、息を呑んだ。

 歴史が動いた瞬間だった。
 密室でたった数人の決断によって、一国の未来が形を変えたのだ。


”時代の流れは、風ではなく“選択”だ。
 変わる者が未来を切り開き、
 変わらぬ者が過去へ沈む。
 今、問われているのは――
 誰が“未来を選ぶ覚悟”を持つかだ“
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