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第4部:政権奪取 - 総理就任
第168話 負けてもいい。筋を通す
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議員会館の朝は早い。
だがその日、坂本健人はいつもより一時間も早く執務室に入っていた。
カーテンを開けると、まだ柔らかい朝の光が机の上を照らす。
昨夜、政界の“ドン”と呼ばれる男と向き合った応接室の空気が、まだ胸の奥に残っていた。
圧力ではなかった。
脅しでもなかった。
――「変えようとするのは構わない。だが、全部は変わらない」
そう静かに告げられた言葉は、怒号よりも重く、健人の中に沈殿していた。
コーヒーを一口飲む。
苦い。
だが、その苦さが妙に現実的だった。
しばらくしてドアが開き、真田が入ってくる。
資料を抱えたまま一歩踏み出した瞬間、空気の違いに気づいたのだろう。
彼は何も言わず、健人の顔を見た。
「……会いましたね」
問いではなかった。
確認だった。
健人は小さくうなずく。
「全部、話す」
続いて入ってきた田島は、二人の様子を見て眉をひそめた。
いつもの軽口を叩く間もなく、椅子に腰を下ろす。
「相当ヤバい相手だった顔してるな。……で?」
健人は、昨夜のやり取りを一つひとつ語った。
遠回しな忠告。
改革の限界。
そして、“勝ち続ける道は用意されていない”という暗黙の前提。
話を聞き終えた田島は、机を軽く叩いた。
「要するにさ、勝てないって分かってるんだから、引っ込めってことだろ?」
真田は静かに首を振る。
「違います。
“勝つために動く人間か、信じたことを通す人間か”を見られたんです」
その言葉に、健人は小さく息を吐いた。
午前中、党内からいくつもの連絡が入った。
表現はどれも穏やかだ。
――「今は慎重に」
――「敵を増やさない方がいい」
――「空気を読めることも大切だ」
支持者からのメッセージも、様相が変わり始めていた。
「無理しないでください」
「現実路線に戻ってほしい」
「あなたが傷つくのが怖い」
心配から来る言葉だと分かっている。
それでも、健人の胸に小さな揺らぎが生まれた。
――ここで一歩引けば、楽になる。
――総裁選の可能性も高まる。
――味方も増える。
だが、机の引き出しから一冊のノートを取り出したとき、指が止まった。
最初のページに貼られた、色あせた付箋。
母の字で書かれた「がんばれ」。
そして、その下に自分の文字で記した言葉。
――誰も聞いていなくても、声を上げる。
健人は、過去の街頭演説の映像を再生した。
人の流れにかき消され、あくびをされ、笑われながらも必死に訴えていた自分。
あの時、勝てる見込みなんてなかった。
それでも立っていた。
ノートを開き、ペンを走らせる。
「勝つために政治をするな。
信じたことを通すために政治をやれ」
午後、記者会見。
フラッシュが焚かれる中、健人はいつもと変わらぬ声で語った。
「私は妥協のために国会に来たわけではありません。
支持率や空気に合わせて信念を変えるつもりもありません」
一瞬、会場がざわつく。
「それは党内の理解を得られなくなる可能性もありますが?」
健人は目を逸らさず答えた。
「理解されるために政治をしているのではありません。
必要だと思うことを、必要だと言い続けるためにいます」
その夜、ニュースとSNSは真っ二つに割れた。
「危うい理想主義者」
「また敵を作った」
だが同時に、こうした声も広がる。
「それでこそ坂本だ」
「折れなかった」
「だから信じられる」
執務室を出る前、真田がぽつりと言った。
「……茨の道ですよ」
健人はネクタイを緩め、少し笑った。
「分かってる
でも、だからこそ意味がある」
廊下の窓から見える国会議事堂は、夜の闇に沈みながらも静かに佇んでいた。
健人は胸元のバッジに指を添え、心の中で繰り返す。
――負けてもいい。
――筋を通す。
その覚悟だけは、もう揺らがなかった。
”勝つために折れるなら、
最初から立たなければよかった。
負けてもいい。
筋を通したという事実だけは、
誰にも奪えない“
だがその日、坂本健人はいつもより一時間も早く執務室に入っていた。
カーテンを開けると、まだ柔らかい朝の光が机の上を照らす。
昨夜、政界の“ドン”と呼ばれる男と向き合った応接室の空気が、まだ胸の奥に残っていた。
圧力ではなかった。
脅しでもなかった。
――「変えようとするのは構わない。だが、全部は変わらない」
そう静かに告げられた言葉は、怒号よりも重く、健人の中に沈殿していた。
コーヒーを一口飲む。
苦い。
だが、その苦さが妙に現実的だった。
しばらくしてドアが開き、真田が入ってくる。
資料を抱えたまま一歩踏み出した瞬間、空気の違いに気づいたのだろう。
彼は何も言わず、健人の顔を見た。
「……会いましたね」
問いではなかった。
確認だった。
健人は小さくうなずく。
「全部、話す」
続いて入ってきた田島は、二人の様子を見て眉をひそめた。
いつもの軽口を叩く間もなく、椅子に腰を下ろす。
「相当ヤバい相手だった顔してるな。……で?」
健人は、昨夜のやり取りを一つひとつ語った。
遠回しな忠告。
改革の限界。
そして、“勝ち続ける道は用意されていない”という暗黙の前提。
話を聞き終えた田島は、机を軽く叩いた。
「要するにさ、勝てないって分かってるんだから、引っ込めってことだろ?」
真田は静かに首を振る。
「違います。
“勝つために動く人間か、信じたことを通す人間か”を見られたんです」
その言葉に、健人は小さく息を吐いた。
午前中、党内からいくつもの連絡が入った。
表現はどれも穏やかだ。
――「今は慎重に」
――「敵を増やさない方がいい」
――「空気を読めることも大切だ」
支持者からのメッセージも、様相が変わり始めていた。
「無理しないでください」
「現実路線に戻ってほしい」
「あなたが傷つくのが怖い」
心配から来る言葉だと分かっている。
それでも、健人の胸に小さな揺らぎが生まれた。
――ここで一歩引けば、楽になる。
――総裁選の可能性も高まる。
――味方も増える。
だが、机の引き出しから一冊のノートを取り出したとき、指が止まった。
最初のページに貼られた、色あせた付箋。
母の字で書かれた「がんばれ」。
そして、その下に自分の文字で記した言葉。
――誰も聞いていなくても、声を上げる。
健人は、過去の街頭演説の映像を再生した。
人の流れにかき消され、あくびをされ、笑われながらも必死に訴えていた自分。
あの時、勝てる見込みなんてなかった。
それでも立っていた。
ノートを開き、ペンを走らせる。
「勝つために政治をするな。
信じたことを通すために政治をやれ」
午後、記者会見。
フラッシュが焚かれる中、健人はいつもと変わらぬ声で語った。
「私は妥協のために国会に来たわけではありません。
支持率や空気に合わせて信念を変えるつもりもありません」
一瞬、会場がざわつく。
「それは党内の理解を得られなくなる可能性もありますが?」
健人は目を逸らさず答えた。
「理解されるために政治をしているのではありません。
必要だと思うことを、必要だと言い続けるためにいます」
その夜、ニュースとSNSは真っ二つに割れた。
「危うい理想主義者」
「また敵を作った」
だが同時に、こうした声も広がる。
「それでこそ坂本だ」
「折れなかった」
「だから信じられる」
執務室を出る前、真田がぽつりと言った。
「……茨の道ですよ」
健人はネクタイを緩め、少し笑った。
「分かってる
でも、だからこそ意味がある」
廊下の窓から見える国会議事堂は、夜の闇に沈みながらも静かに佇んでいた。
健人は胸元のバッジに指を添え、心の中で繰り返す。
――負けてもいい。
――筋を通す。
その覚悟だけは、もう揺らがなかった。
”勝つために折れるなら、
最初から立たなければよかった。
負けてもいい。
筋を通したという事実だけは、
誰にも奪えない“
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