『総理になった男』

KAORUwithAI

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第169話 国会記者クラブの包囲取材

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 朝の議員会館は、いつもと同じはずだった。

 だが、エントランスに足を踏み入れた瞬間、坂本健人は空気の違いを肌で感じ取った。
 ざわめき。視線。わずかに張りつめた沈黙。

 数十本のマイクと、肩に担がれたテレビカメラ。
 新聞社、通信社、ネットメディア――国会記者クラブの面々が、まるで獲物を待つ猟犬のように並んでいた。

 その視線の中心にいるのが、自分だということを、健人は否応なく理解した。

 昨夜の発言。
 「負けてもいい。筋を通す」。
 その言葉は、すでに切り取られ、見出しとなり、朝のニュースを駆け巡っていた。

「坂本議員! 一言お願いします!」

 最初の声が飛ぶ。
 それを合図に、包囲は一気に狭まった。

「総裁選を意識した発言ですか?」
「党内の反発は覚悟の上ということですか?」
「支持率を盾にしているという見方もありますが?」

 矢継ぎ早に飛んでくる質問。
 その多くは、問いかけというより“踏み絵”に近かった。

 健人は足を止め、深く息を吸った。
 逃げないと、昨夜決めたばかりだ。

「総裁選を意識したか、ですか」

 静かな声だったが、周囲は一斉に静まった。

「正直に言います。
 私は、今の立場を意識せずに発言できるほど、鈍感ではありません」

 ざわり、と小さな波が立つ。

「ただ――」

 健人は、そこで言葉を切った。

「意識したから言ったのではない。
 言わなければならないと思ったから、言った。
 それだけです」

 カメラのランプが赤く灯る。
 記者たちが、一斉にペンを走らせる音が聞こえた。

「党内からの反発は?」

「あります」

 即答だった。

「正直、歓迎されているとは思っていません。
 でも、それは最初から分かっていたことです」

「勝てない戦いをしている自覚は?」

 少し挑発的な声。
 健人は、その記者の方を見た。

「あります」

 間髪入れずに答えたことで、今度は質問した側が一瞬言葉に詰まる。

「政治は、勝つためだけにやるものじゃない。
 少なくとも、私はそう思っています」

 誰かが小さく鼻で笑った。
 だが、その音はすぐに消えた。

「では、なぜそこまでして、通したいんですか?」

 若い記者の声だった。
 今までの“攻め”とは違う、真正面からの問い。

 健人は、一瞬だけ視線を落とした。

「……子ども食堂が増えています」

 唐突な言葉に、記者たちは顔を見合わせる。

「支援が広がった、素晴らしいことだと言われます。
 でも、私は違うと思っている」

 健人は、ゆっくりと言葉を選んだ。

「子ども食堂が“必要”な社会が、正常だとは思えない。
 親が働いても、暮らしが成り立たない。
 助けを求める声が、制度に届かない」

 メモを取る音だけが響く。

「声を上げられない人たちは、
 拍手も、支持率も、投票率も持っていない。
 でも、政治が無視していい存在じゃない」

 健人は、カメラの奥――その向こうにいるであろう人々を見据えた。

「私は、その声を置き去りにしたまま、
 “勝った”と言われる政治をしたくないんです」

 会場が、完全に静まり返った。

 しばらくして、一人の記者が口を開いた。

「……怖くないんですか?」

 予定調和ではない質問だった。

 健人は、少しだけ笑った。

「怖いです」

 正直な言葉だった。

「正直に言って、怖い。
 孤立も、失敗も、裏切りと言われることも」

 そこで一度、言葉を切る。

「でも――」

 声に、わずかな強さが宿る。

「怖いから黙るなら、
 私は最初から政治家になっていません」

 真田が、少し離れた場所でその姿を見ていた。
 口を挟む気配はない。
 今は、健人自身の言葉が必要だと理解していた。

 会見は、予定時間を大きく超えて続いた。
 やがて職員が制止に入る。

「時間です」

 健人は小さく頷き、最後にこう言った。

「批判も、疑問も、全部受け止めます。
 それが、国民の前に立つということだと思っていますから」

 会見が終わっても、包囲は解けなかった。
 廊下、エレベーター前、出口――どこへ行ってもカメラが追いかけてくる。

 それでも健人は、立ち止まらなかった。

 その夜、ニュースの論調が変わり始めた。

 「危険な理想主義者」
 「空気を読まない男」

 そんな言葉の隣に、別の表現が並び始める。

 ――「無視できない存在」
 ――「国民の言葉を持ち込む政治家」

 議員会館の自室で、健人は窓の外を見ていた。
 国会議事堂の灯りが、夜空に浮かんでいる。

「……逃げなかったな」

 田島が、缶コーヒーを差し出しながら言った。

「うん」

 健人はそれを受け取り、小さく息を吐いた。

「逃げたら、終わりだと思った」

 拍手はない。
 勝利宣言もない。

 だが確かに、この日、
 “坂本健人”という存在は、
 国会の外にまで届き始めていた。



”言葉を切り取られ、
意図を歪められ、
それでも語らなければならない場所がある。

沈黙すれば楽だ。
だが、黙った瞬間に、
この国は何も変わらなくなる。

だから俺は、
カメラの前でも、
包囲の中でも、
同じ言葉を繰り返す。

――逃げない。
それが、政治家としての最低条件だ“
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