『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第167話 政界のドンとの密談

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 その連絡は、まるで影のように届いた。

 差出人の名はなかった。
 件名も、要件も、ただ一行。

 ――「一度、話がしたい」

 場所は都内の老舗ホテル。時間は夜九時。
 同席者なし。

 真田はその紙切れを見た瞬間、眉をひそめた。

「……来ましたね。本丸が」

「やっぱり、そう思うか」

 健人は机に肘をつき、天井を見上げた。
 与党入り以降、表に出ない圧力が確実に形を持ち始めていた。
 黒いスーツ、曖昧な忠告、意味深な沈黙。
 それらが一本の線で繋がる先にいる人物など、限られている。

「逃げた方がいいとは言いません。でも……覚悟は必要です」

 真田の声は低く、重かった。

「覚悟がなかったら、ここまで来てない」

 健人はそう言い切った。

 田島は黙っていたが、最後に一言だけ言った。

「……帰ってこいよ。必ず」

 健人はうなずき、コートを手に取った。



 ホテル最上階の応接室は、異様なほど静かだった。

 足音が吸い込まれる絨毯。
 壁には抽象画。
 窓の外には、夜の東京が宝石のように瞬いている。

 部屋の中央に、すでに一人の男が座っていた。

 年齢は七十を超えているはずだが、背筋は伸び、視線は鋭い。
 派手さはない。だが、存在感だけで空気を支配していた。

 政界のドン。
 与党にも野党にも属さず、だが誰よりも深く政治を知る男。

「……君が、坂本健人か」

 低く、よく通る声だった。

「はい」

 それ以上の言葉はいらなかった。

 男は健人を値踏みするように見つめ、ゆっくりと口を開く。

「噂は聞いている。無所属で当選し、党を揺らし、世論を動かした男」

「持ち上げすぎです」

「謙遜は嫌いじゃない。だが事実だ」

 ドンは微かに笑った。

「若者、地方、ネット。
 君は“政治が動かせない層”を動かした」

 健人は黙って聞いていた。

「だがな」

 声が一段、低くなる。

「それは同時に、“動かしてはいけない歯車”に触れたということだ」

 ドンは指でテーブルを軽く叩いた。

「政治はな、坂本君。
 変えられないように出来ている」

「……だから、変えなきゃいけないんです」

 健人は即答した。

 ドンは目を細めた。

「いい返事だ。
 私も若い頃、同じことを言った」

 一瞬、遠い過去を見るような目になる。

「だが、私は変えられなかった」

 その言葉には、悔恨とも諦観ともつかない重みがあった。

「変えようとする者は、三つの道しかない」

 ドンは指を一本ずつ立てる。

「潰されるか、取り込まれるか、孤立するか」

「それでも、進みます」

 健人は一切目を逸らさなかった。

「人気は落ちる。
 仲間は去る。
 裏切り者と呼ばれる」

 ドンは淡々と続ける。

「君が今得ている支持は、永遠じゃない。
 世論は気まぐれだ」

「分かっています」

「それでも?」

「それでもです」

 短い沈黙。

 ドンは、ふっと息を吐いた。

「……面白い」

 その言葉は、称賛でも警告でもあった。

「君は、私が諦めた場所に立っている」

「なら、見ていてください」

 健人は言った。

「変えられないと言われた現実を、
 俺は、国民と一緒に壊します」

 ドンはしばらく健人を見つめ、やがて立ち上がった。

「忠告だ、坂本君」

「はい」

「権力の頂点にいる者は、怒らない。脅さない」

 男は窓の外を見ながら言った。

「ただ、“現実”を語る。
 そして、選ばせる」

 振り返り、健人を見る。

「君はもう、選んだようだな」

「はい」

 ドンは何も言わず、静かに部屋を出ていった。

 残されたのは、夜景と、張り詰めた空気だけだった。



 ホテルを出た時、夜風がやけに冷たく感じられた。

 だが、健人の胸は不思議と静かだった。

 恐怖はあった。
 圧力も、現実も、重かった。

 それでも。

「……戻ろう」

 健人は小さく呟いた。

 戦う場所は、ここではない。

 国会だ。
 そして、国民の前だ。

 権力の頂点と向き合った夜。
 健人は確信していた。

 ――負けてもいい。
 ――潰されてもいい。

 それでも、筋だけは通す。

 それが、自分が政治を志した理由なのだから。


“権力の頂点にいる者は、
怒らない。
脅さない。

ただ、
「現実」を語る。

だが——
その現実を変えるために、
人は政治を志すんだ”


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