『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第170話 ネットと地上波が逆転した日

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 朝の議員会館は、いつもより静かだった。
 昨夜遅くまで続いた国会記者クラブの包囲取材。その余韻が、建物全体に重く残っているようだった。

 健人は自室のソファに腰を下ろし、壁際のテレビを眺めていた。
 画面では、朝のワイドショーが国会の映像を流している。

『――与党に合流した坂本健人議員。その急浮上に、党内からは不安の声も……』

 テロップには、はっきりとした文字が躍る。

 「理想先行型の危うさ」
 「党運営に支障は?」

 スタジオでは、コメンテーターが頷きながら語っていた。

「政治は理想だけじゃ回らないですからね。彼はまだ新人議員ですし……」

「人気があるのは分かりますが、少し急ぎすぎている印象もあります」

 健人は、何も言わずにリモコンを置いた。
 表情は変わらない。ただ、画面の光が目に映り込む。

 批判されることには、もう慣れていた。
 国会に入った日から、ずっとだ。

 だが、その時――
 スマホが、短く震えた。

 机の上に置かれた端末を手に取る。
 通知が、止まらない。

「……?」

 画面を開いた瞬間、健人は小さく息を呑んだ。

 SNSのトレンド欄。
 そこに、自分の名前があった。

 「#坂本健人」
 「#子ども食堂を問題にした政治家」
 「#怖いけど黙らない」

 昨夜の会見映像が、切り抜き動画として拡散されていた。
 健人が「子ども食堂が増えて喜ぶ社会を、僕は良い国だと思えない」と語った場面。
 記者の鋭い質問に、言葉を選びながらも視線を逸らさなかった瞬間。

《初めて政治家の言葉が刺さった》
《綺麗事じゃない。現実を直視してる》
《テレビは切り取るけど、全部見たら印象が全然違う》

 次々と流れるコメント。
 賛否はある。否定もある。
 だが、その数以上に――共感があった。

 ドアがノックされる。

「健人、起きてるか?」

 田島だった。
 缶コーヒーを片手に入ってくる。

「テレビ、見たか?」

「……うん」

「まぁ、想定内だな。でもさ」

 田島は健人のスマホを覗き込み、思わず笑った。

「ネット、えらいことになってるぞ」

 少し遅れて、真田も部屋に入ってきた。
 手にはタブレット。

「地上波とネットの評価が、完全に逆転しています」

 冷静な声だったが、どこか確信が滲んでいた。

「これは一過性の炎上ではありません。支持の層が、はっきり見えています」

 真田は画面を健人に向ける。

「特に二十代、三十代。地方在住者。子育て世代。
 昨夜の発言を“攻撃”ではなく“問題提起”として受け取っています」

 テレビからは、まだ否定的な声が流れている。

 だが、ネットの世界では、別の議論が生まれていた。

《子ども食堂が必要な社会って、おかしくない?》
《「支援があるから大丈夫」じゃなくて、「支援がなくていい国」にしたいって話だろ》

 健人は、スマホを握りしめた。

「……数字じゃないな」

 ぽつりと、呟く。

「これは、支持率とか再生数じゃない」

 誰か一人の声。
 見過ごされてきた疑問。
 それが、連なっている。

 昼になると、ニュース番組の論調にも変化が現れた。

『SNS上では若者を中心に、坂本議員の発言に共感の声が広がっています』

『一部では、“政治の語り口を変えた”という評価も――』

 テレビ局も、無視できなくなっていた。

 若手記者が、スタジオで小さく反論する。

「切り抜きではなく、会見全体を見ると印象が違います。
 彼は一貫して、子どもと家庭の現実を語っています」

 健人はその様子を見ながら、少し目を伏せた。

 自分が話した言葉が、
 自分の知らない場所で、誰かの中に届いている。

 それは、恐ろしくもあり――
 同時に、確かな手応えでもあった。

 夕方。
 田島が資料を持って入ってくる。

「ネット世論の主導権が、完全に移ったぞ」

 淡々とした声。

「今、世論を動かしているのはテレビじゃねぇ
 スマホ。動画のコメント欄。ライブ配信だな」

 真田が頷く。

「国民が“見る側”から“参加する側”に変わってます」

 健人は、椅子に深く腰を下ろした。

 思い出す。
 かつて街頭で、誰も足を止めなかった日々。
 無視され、笑われ、あくびをされた国会。

 それでも、言葉を投げ続けた。

「……場所が、変わっただけなんだな」

 健人は静かに言った。

「政治が変わったんじゃない。
 国民が、政治を見る場所を変えたんだ」

 窓の外。
 夕暮れの空が、ゆっくりと色を変えていく。

 その向こうで、無数のスマホ画面が光っている。
 誰かが、誰かの言葉を拾っている。

 この日。
 確かに、時代は一つの境目を越えた。

 テレビが語る政治から、
 国民が参加する政治へ。

 健人は、スマホを机に置き、深く息を吸った。

 ――ここからだ。



”テレビは語る。
だが、ネットは叫ぶ。

誰かに整えられた言葉より、
不器用でも、本音の声が、
この時代を動かしている。

政治が変わったんじゃない。
政治を見る「場所」が、国民の手に戻っただけだ“
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