8 / 16
質屋
質屋2
しおりを挟む
三人は揃って馬車に乗り、街へとやって来た。幌馬車でもなくただの荷馬車だが、これでも維持するのが精一杯なのだ。
現在住んでいるルードリル地区から街に行くには馬車で三十分かかる。それほど掛からない方だが、帰りに荷物を持って帰るには荷馬車がないと困る。
「欲しいものが揃うといいわね」
ソフィアは膝の上に置いた箱に手を乗せて、明るい口調で言った。本当は寒さで顔が強張って話しにくいが、こういうときほど話したほうがいいと知っていた。寒いときはじっとしてるとますます寒くなる。
「毛織物と、毛糸と、香辛料、それから紅茶も欲しいわ」
キャサリンがソフィアにそう返すと「鶏を二羽買ったらどうだろう」と、ベンジャミンが言う。
「そうね。つがいで飼いましょう。そうしたら卵も手に入るし、いずれは肉にも困らなくなるもの」
キャサリンが嬉しそうにベンジャミンに話しかけるのを見て、ソフィアはそれだけで温かい気持ちになった。二人が楽しそうにしてくれているのは救いだ。
(大事にすると誓ったのにネックレスを手放してしまうのはさすがに気が重いわ……)
箱に置いている手が自然と箱を慈しむように動いていた。それでも二人にこれ以上迷惑はかけられないのだから、こうするほかない。
そんなふうに心を決めて質屋に行ったのだが、中年の店主はソフィアのネックレスを見て首を振った。
「こりゃあ、高価すぎますよ。うちじゃ扱えませんねぇ」
ソフィアは当てにしていた手前たじろいだが、食い下がった。
「そこをなんとかお願いいたします。今日はお金を借りて買い物をしないとならないですし、そうしないと冬を越せません」
うーんと唸った店主がソフィアの顔をまじまじ眺めた。
「あなた様は侯爵令嬢だと聞いてますよ。なぜにこんな片田舎に……いやまぁ、居てもいいんですがね。確かバトラー男爵の元に嫁に来たとか。バトラー家の皆さんはこのあたりには住んでおられんでしょう」
これが単なる好奇心なのか、ソフィアが本当にバトラー家の嫁かどうか怪しんでいるのか、ソフィアはどう答えたらいいのか困った。そこは後ろに控えていたキャサリンがグイッと前に歩み出て店主を睨みつけた。
「何が言いたいのかしら! ソフィア様は本物の侯爵令嬢でありましたし、今はバトラー男爵様の家に嫁いでおります。その証拠がそのネックレスだとおわかりでしょう?」
並のネックレスではないのは一目瞭然で、特に大きな真紅のルビーは相当金に余裕がなければ手が出せないものだ。
「いやいや、でもなんだってこんな所に住んで居るのか気になるところでしょうよ」
店主がまだそんなことを言うのでキャサリンもフンと鼻息荒くそっぽを向く。
「ヴィンセント様に恋人がいらっしゃるのは周知の事実。そんなことソフィア様の前で言わせるなんて、失礼にもほどがあるわ。この方はね、侯爵令嬢であるのに文句一つ言わずにあばら家で暮らしているんです! ヴィンセント様が恋人にうつつを抜かしまるで省みないから!」
ソフィアは気まずかった。店主の憐れみを持った眼差しを感じながらもう一度交渉しなければならなかったのだから。
「あの、そういうわけでどうしてもお金が必要なのです。分割でも構いませんので質にとってくださいませんか?」
ソフィアが懇願したところで、店の奥から女性が顔を出した。
「あんた、どうにでもやりようがあるだろ」
店主は茶色の髪を一束ねにしたその女性を妻だと紹介した。
「初めてお目にかかります、ソフィア様だったかしら。それにしても、ご苦労されているのですね。とは言っても実際、この店ではあまりに高価なネックレスに対して対価を出せるほどお金を置いてはいません。ただ、こうしたらどうでしょうね。主人に首都までこれを持って行かせて、質屋に入れさせる。そうすりゃ金は用意できるでしょ。だから、今日はツケで買い物をするってことでどうでしょう。あとからうちの主人にそのツケを支払ってもらえば万事解決ってもんです。手数料は貰いますけどね」
それはありがたい提案だが、問題は既にツケが溜まっていてもう商品を売ってもらえないかもしれないのだ。
「既にあちこちツケにしているもので……むしろもうお金を支払って欲しいと言われているのです。だから、これ以上はツケにしてもらえないのではないかと──」
ソフィアは言いながら、どこまで恥をさらさなければならないのかと頬を赤らめていた。
店主の妻は店主を肘で突いて「それは本物だろ?」と問い、「そこは間違いない」という答えを得た。
「じゃあ、その買い物にアタシが同行いたしましょう。アタシがとにかく一旦支払って、うちのツケにしとけばいいのさ」
今度はキャサリンが「それは本当に有り難いのですけど、実は家の修繕費も払わなくてはならなくて金額が大きいのもあるのです」と付け加えた。
「じゃあ、そこにも行ってうちが保証するからもう少し待って欲しいと言ってあげましょ」
店主の妻の男気に、店主とソフィアたち三人が唖然としていた。すると、妻はソフィアを見てウィンクする。
「アタシはね、お飾りの妻を娶る男なんて大嫌いなんですよ。しかもさ、その妻にこんな思いをさせて男の風上に置けないやつだと思っちゃってね。ね、そうだろアンタ」
急に話を振られた店主は慌てて「そ、そうだな」と答えた。主人はともかく、妻の方はソフィアの立場を理解し、応援してくれるらしいのだ。ソフィアはジンと心に感動が湧いてきて、体中に行き渡る気がした。
「ありがとうございます。私、このような親切を受けるのは初めてで、本当に嬉しく思います」
妻はカウンターの向こう側から出てきて「噂は耳にしていましたし、なによりそんなに寒そうなドレスを着て、嘘をついてるなんて思わないですもの。苦しい時はお互い様ってやつなんです」と、自分の肩にショールを掛けた。本当に買い物に同行してくれるのだとわかり、ソフィアはただただ深く感動していた。
現在住んでいるルードリル地区から街に行くには馬車で三十分かかる。それほど掛からない方だが、帰りに荷物を持って帰るには荷馬車がないと困る。
「欲しいものが揃うといいわね」
ソフィアは膝の上に置いた箱に手を乗せて、明るい口調で言った。本当は寒さで顔が強張って話しにくいが、こういうときほど話したほうがいいと知っていた。寒いときはじっとしてるとますます寒くなる。
「毛織物と、毛糸と、香辛料、それから紅茶も欲しいわ」
キャサリンがソフィアにそう返すと「鶏を二羽買ったらどうだろう」と、ベンジャミンが言う。
「そうね。つがいで飼いましょう。そうしたら卵も手に入るし、いずれは肉にも困らなくなるもの」
キャサリンが嬉しそうにベンジャミンに話しかけるのを見て、ソフィアはそれだけで温かい気持ちになった。二人が楽しそうにしてくれているのは救いだ。
(大事にすると誓ったのにネックレスを手放してしまうのはさすがに気が重いわ……)
箱に置いている手が自然と箱を慈しむように動いていた。それでも二人にこれ以上迷惑はかけられないのだから、こうするほかない。
そんなふうに心を決めて質屋に行ったのだが、中年の店主はソフィアのネックレスを見て首を振った。
「こりゃあ、高価すぎますよ。うちじゃ扱えませんねぇ」
ソフィアは当てにしていた手前たじろいだが、食い下がった。
「そこをなんとかお願いいたします。今日はお金を借りて買い物をしないとならないですし、そうしないと冬を越せません」
うーんと唸った店主がソフィアの顔をまじまじ眺めた。
「あなた様は侯爵令嬢だと聞いてますよ。なぜにこんな片田舎に……いやまぁ、居てもいいんですがね。確かバトラー男爵の元に嫁に来たとか。バトラー家の皆さんはこのあたりには住んでおられんでしょう」
これが単なる好奇心なのか、ソフィアが本当にバトラー家の嫁かどうか怪しんでいるのか、ソフィアはどう答えたらいいのか困った。そこは後ろに控えていたキャサリンがグイッと前に歩み出て店主を睨みつけた。
「何が言いたいのかしら! ソフィア様は本物の侯爵令嬢でありましたし、今はバトラー男爵様の家に嫁いでおります。その証拠がそのネックレスだとおわかりでしょう?」
並のネックレスではないのは一目瞭然で、特に大きな真紅のルビーは相当金に余裕がなければ手が出せないものだ。
「いやいや、でもなんだってこんな所に住んで居るのか気になるところでしょうよ」
店主がまだそんなことを言うのでキャサリンもフンと鼻息荒くそっぽを向く。
「ヴィンセント様に恋人がいらっしゃるのは周知の事実。そんなことソフィア様の前で言わせるなんて、失礼にもほどがあるわ。この方はね、侯爵令嬢であるのに文句一つ言わずにあばら家で暮らしているんです! ヴィンセント様が恋人にうつつを抜かしまるで省みないから!」
ソフィアは気まずかった。店主の憐れみを持った眼差しを感じながらもう一度交渉しなければならなかったのだから。
「あの、そういうわけでどうしてもお金が必要なのです。分割でも構いませんので質にとってくださいませんか?」
ソフィアが懇願したところで、店の奥から女性が顔を出した。
「あんた、どうにでもやりようがあるだろ」
店主は茶色の髪を一束ねにしたその女性を妻だと紹介した。
「初めてお目にかかります、ソフィア様だったかしら。それにしても、ご苦労されているのですね。とは言っても実際、この店ではあまりに高価なネックレスに対して対価を出せるほどお金を置いてはいません。ただ、こうしたらどうでしょうね。主人に首都までこれを持って行かせて、質屋に入れさせる。そうすりゃ金は用意できるでしょ。だから、今日はツケで買い物をするってことでどうでしょう。あとからうちの主人にそのツケを支払ってもらえば万事解決ってもんです。手数料は貰いますけどね」
それはありがたい提案だが、問題は既にツケが溜まっていてもう商品を売ってもらえないかもしれないのだ。
「既にあちこちツケにしているもので……むしろもうお金を支払って欲しいと言われているのです。だから、これ以上はツケにしてもらえないのではないかと──」
ソフィアは言いながら、どこまで恥をさらさなければならないのかと頬を赤らめていた。
店主の妻は店主を肘で突いて「それは本物だろ?」と問い、「そこは間違いない」という答えを得た。
「じゃあ、その買い物にアタシが同行いたしましょう。アタシがとにかく一旦支払って、うちのツケにしとけばいいのさ」
今度はキャサリンが「それは本当に有り難いのですけど、実は家の修繕費も払わなくてはならなくて金額が大きいのもあるのです」と付け加えた。
「じゃあ、そこにも行ってうちが保証するからもう少し待って欲しいと言ってあげましょ」
店主の妻の男気に、店主とソフィアたち三人が唖然としていた。すると、妻はソフィアを見てウィンクする。
「アタシはね、お飾りの妻を娶る男なんて大嫌いなんですよ。しかもさ、その妻にこんな思いをさせて男の風上に置けないやつだと思っちゃってね。ね、そうだろアンタ」
急に話を振られた店主は慌てて「そ、そうだな」と答えた。主人はともかく、妻の方はソフィアの立場を理解し、応援してくれるらしいのだ。ソフィアはジンと心に感動が湧いてきて、体中に行き渡る気がした。
「ありがとうございます。私、このような親切を受けるのは初めてで、本当に嬉しく思います」
妻はカウンターの向こう側から出てきて「噂は耳にしていましたし、なによりそんなに寒そうなドレスを着て、嘘をついてるなんて思わないですもの。苦しい時はお互い様ってやつなんです」と、自分の肩にショールを掛けた。本当に買い物に同行してくれるのだとわかり、ソフィアはただただ深く感動していた。
6
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。
朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」
煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。
普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。
何故なら———、
(罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)
黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。
そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。
3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。
もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。
目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!
甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。
「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」
(疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
公爵家の養女
透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア
彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。
見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。
彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。
そんな彼女ももう時期、結婚をする。
数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。
美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。
国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。
リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。
そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。
愛に憎悪、帝国の闇
回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった――
※毎朝8時10分投稿です。
小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる