7 / 16
質屋
質屋1
しおりを挟む
結婚したときには瑞々しいスズランの花束だったものをソフィアはじっと見つめていた。今はドライフラワーになり、殺風景な部屋に飾られている。一つしかない飾りがかえって部屋を寂しく見せていた。
吐く息が白い。季節は巡り、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた。
ソフィアはとうとう立ち上がって肩に掛けていたショールを掴み、物入れ用の箱のところまで行って箱を開けた。中には着古したドレスと結婚したときに受け取った木箱が入っている。木箱を取り上げると、そっと中身を確認した。真紅のルビーは貰った日と寸分違わぬ美しさだ。
「縁がないとはこういうことなのね」
ソフィアは一度も首につけることがなかったネックレスを手放す決心をしていた。
今月に入り、家の修理費や、家具代、おまけに食料品などのツケを払ってほしいとひっきりなしに商人たちがやってくる。散々支払いを待ってもらっていたソフィアだったが、とうとうバトラー家からは生活費の援助を頼めないのだと諦めたところだった。今のところ、結婚式にバトラー家の使用人に会ったのが最後で、それ以降誰一人としてやってこない。こちらから使いを出して無心するのは心苦しいと思っていた。何といっても父カールが莫大な婚姻費用を請求したのを知っているので、困窮していても願い出ることができなかった。
箱を手に佇んでいたらドアをノックされた。
「どうぞ」
返事をしたらすぐにキャサリンが顔を出す。
「居間に来てはいかが? その部屋よりはまだ暖かいわよ」
正確にはエントランスだがキャサリンの提案で居間と呼ぶようになった部屋への誘いだった。夜にならないと暖炉に火は入れないのだが、それでもキッチンの温もりでソフィアの部屋よりも暖かいのだ。
「ええ。ねえ、父から返事は来た?」
キャサリンは肩を竦めただけだったが、それが答えだ。何度か窮状を訴えてみたものの、父は言い訳の返事すら寄こさないのだ。
「そう……。あの、ベンは今どこにいるかしら?」
キャサリンの夫ベンジャミンの居場所を聞くと「薪を作っているから表にいるわ」と、返事がきたのでとうとうソフィアは決意を口にする。
「ベンと街へ行こうと思うの。結婚したときにいただいたネックレスを質屋に持って行くつもりよ。そのお金で支払いをしてついでに冬の買い物を──」
キャサリンは最後まで聞かずにそれは大きなため息を吐いた。ガクッとうなだれたが、すぐに面を上げる。
「そろそろ言い出す頃だとは思っていたわ。でも良かった、これ以上ドレスを質に入れると言い出しかねないからヒヤヒヤしてたのよ。そんなことをしたら着るものがなくなるもの」
その通りだ。細々と質屋に物を入れてきたがもうネックレス以外質入れするものがない。最近はキャサリンやベンジャミンすら村に手伝いに行って生活費を稼いできてくれるようになった。それでも限界なのだ。
「来年の春は、私も農作業のお手伝いをしてみるわ」
ソフィアの言葉にキャサリンは首を横に振って目をきつく閉じた。
「侯爵令嬢なのよ……。フィフィは泣き言を言わないけど、私の方が泣きたくなるわ。どうしてフィフィの周りの男たちはこんなにも非情なのかしら」
ソフィアは最近感じていることをキャサリンに言う。
「侯爵家に生まれたと思うから悲しくなるのよ。平民であれば、私の暮らしはまだまだ恵まれているじゃない?」
顎を引いて顰めた顔をしたキャサリンがそれは違うと否定した。
「平民の自由さはないもの。身につけるものだってそれなりのものを世間では求められるわ。働きに行くことだって叶わないじゃない」
貴族の娘が平民のしている仕事をするなど、確かに聞いたことがない。
「でもね、私は平民として生きるわ。パーティーに出なくていいのも気楽だし、割り切って働きに出たら生活にここまで困ることはないんですもの。そうすることに決めたの」
そこでニッコリ微笑むと、キャサリンに提案する。
「このネックレスを質に入れたら、ツケは全部払えると思うのよ。それに冬の分の食料や燃料も買えるはず。キャシーも一緒に街に行きましょう! いつもなら買えないものを買うのよ。何がいいかしら」
この提案にキャサリンは乗らず、心配顔で本当に働くのか聞いてきた。
「街で仕事がないか聞いてみるわ。農作業は春までそれほど仕事がなさそうだし、街で仕事が見つかれば冬の間もお金を稼げるもの」
キャサリンは人差し指を上げて振り回しながら「いい? ツケが払えて、冬の準備も出来るなら急いで働く必要なんてないのよ。こうしましょ。生地を購入してきてドレスを作るのよ。春までならなんとか一着作れるわ。ね?」と代替案を出してきた。
「またお金に困ったらそれを売るのね」
「そうよ。もしどこからか生活費が入ったら、そのドレスは着ればいいんだもの。いい案だわ」
キャサリンは自分の案を自画自賛して、街に行くためにベンジャミンを呼んでくると部屋をそそくさと出ていった。
(本来なら自分の主人が働くのは耐えられないものね)
つくづく、キャサリンには苦労を掛けていると感じてシュンとなった。結婚して、もしかしたら生活が楽になり、キャサリンたちにももう苦労させないで済むかもしれないと喜んだこともあった。結局、状況は悪化し、キャサリンたちにも情けない思いをさせていることにソフィアは落ち込まずにはいられなかった。
吐く息が白い。季節は巡り、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた。
ソフィアはとうとう立ち上がって肩に掛けていたショールを掴み、物入れ用の箱のところまで行って箱を開けた。中には着古したドレスと結婚したときに受け取った木箱が入っている。木箱を取り上げると、そっと中身を確認した。真紅のルビーは貰った日と寸分違わぬ美しさだ。
「縁がないとはこういうことなのね」
ソフィアは一度も首につけることがなかったネックレスを手放す決心をしていた。
今月に入り、家の修理費や、家具代、おまけに食料品などのツケを払ってほしいとひっきりなしに商人たちがやってくる。散々支払いを待ってもらっていたソフィアだったが、とうとうバトラー家からは生活費の援助を頼めないのだと諦めたところだった。今のところ、結婚式にバトラー家の使用人に会ったのが最後で、それ以降誰一人としてやってこない。こちらから使いを出して無心するのは心苦しいと思っていた。何といっても父カールが莫大な婚姻費用を請求したのを知っているので、困窮していても願い出ることができなかった。
箱を手に佇んでいたらドアをノックされた。
「どうぞ」
返事をしたらすぐにキャサリンが顔を出す。
「居間に来てはいかが? その部屋よりはまだ暖かいわよ」
正確にはエントランスだがキャサリンの提案で居間と呼ぶようになった部屋への誘いだった。夜にならないと暖炉に火は入れないのだが、それでもキッチンの温もりでソフィアの部屋よりも暖かいのだ。
「ええ。ねえ、父から返事は来た?」
キャサリンは肩を竦めただけだったが、それが答えだ。何度か窮状を訴えてみたものの、父は言い訳の返事すら寄こさないのだ。
「そう……。あの、ベンは今どこにいるかしら?」
キャサリンの夫ベンジャミンの居場所を聞くと「薪を作っているから表にいるわ」と、返事がきたのでとうとうソフィアは決意を口にする。
「ベンと街へ行こうと思うの。結婚したときにいただいたネックレスを質屋に持って行くつもりよ。そのお金で支払いをしてついでに冬の買い物を──」
キャサリンは最後まで聞かずにそれは大きなため息を吐いた。ガクッとうなだれたが、すぐに面を上げる。
「そろそろ言い出す頃だとは思っていたわ。でも良かった、これ以上ドレスを質に入れると言い出しかねないからヒヤヒヤしてたのよ。そんなことをしたら着るものがなくなるもの」
その通りだ。細々と質屋に物を入れてきたがもうネックレス以外質入れするものがない。最近はキャサリンやベンジャミンすら村に手伝いに行って生活費を稼いできてくれるようになった。それでも限界なのだ。
「来年の春は、私も農作業のお手伝いをしてみるわ」
ソフィアの言葉にキャサリンは首を横に振って目をきつく閉じた。
「侯爵令嬢なのよ……。フィフィは泣き言を言わないけど、私の方が泣きたくなるわ。どうしてフィフィの周りの男たちはこんなにも非情なのかしら」
ソフィアは最近感じていることをキャサリンに言う。
「侯爵家に生まれたと思うから悲しくなるのよ。平民であれば、私の暮らしはまだまだ恵まれているじゃない?」
顎を引いて顰めた顔をしたキャサリンがそれは違うと否定した。
「平民の自由さはないもの。身につけるものだってそれなりのものを世間では求められるわ。働きに行くことだって叶わないじゃない」
貴族の娘が平民のしている仕事をするなど、確かに聞いたことがない。
「でもね、私は平民として生きるわ。パーティーに出なくていいのも気楽だし、割り切って働きに出たら生活にここまで困ることはないんですもの。そうすることに決めたの」
そこでニッコリ微笑むと、キャサリンに提案する。
「このネックレスを質に入れたら、ツケは全部払えると思うのよ。それに冬の分の食料や燃料も買えるはず。キャシーも一緒に街に行きましょう! いつもなら買えないものを買うのよ。何がいいかしら」
この提案にキャサリンは乗らず、心配顔で本当に働くのか聞いてきた。
「街で仕事がないか聞いてみるわ。農作業は春までそれほど仕事がなさそうだし、街で仕事が見つかれば冬の間もお金を稼げるもの」
キャサリンは人差し指を上げて振り回しながら「いい? ツケが払えて、冬の準備も出来るなら急いで働く必要なんてないのよ。こうしましょ。生地を購入してきてドレスを作るのよ。春までならなんとか一着作れるわ。ね?」と代替案を出してきた。
「またお金に困ったらそれを売るのね」
「そうよ。もしどこからか生活費が入ったら、そのドレスは着ればいいんだもの。いい案だわ」
キャサリンは自分の案を自画自賛して、街に行くためにベンジャミンを呼んでくると部屋をそそくさと出ていった。
(本来なら自分の主人が働くのは耐えられないものね)
つくづく、キャサリンには苦労を掛けていると感じてシュンとなった。結婚して、もしかしたら生活が楽になり、キャサリンたちにももう苦労させないで済むかもしれないと喜んだこともあった。結局、状況は悪化し、キャサリンたちにも情けない思いをさせていることにソフィアは落ち込まずにはいられなかった。
5
あなたにおすすめの小説
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
公爵家の養女
透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア
彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。
見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。
彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。
そんな彼女ももう時期、結婚をする。
数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。
美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。
国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。
リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。
そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。
愛に憎悪、帝国の闇
回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった――
※毎朝8時10分投稿です。
小説家になろう様でも掲載しております。
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる