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第五章 真実への道
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「これを聞いたオーナーが怒って、二人を殺したってこと……?」
「いや……オーナーは六年前のことで自首するつもりだったんだ。これを録音したのは、裁判での証拠に使うためだったはず。そんなはずはない……」
七美の疑問を、ぴしゃりと遮る。
そもそもラバンスキーと山瀬がここを訪れたのは、倉木に自首を思いとどまらせるためだった。が、それもまた倉木の策だったのだろう。二人の説得に耳を貸さず、むしろ激高した振りをする。
エバンゲルブルグでの民間人を巻き込んだ爆撃は故意だったな、と迫る。証拠もあるのだ、とはったりをかまして。実際、彼らは見事に引っかかった。通信傍受によって慰問団の存在を事前に掴んでいた。それをうっかりしゃべってしまったのだ。
(これで裁判の証拠は充分……ではないまでも、ラバンスキーさんたちを追い詰めることは可能だ。では……彼らはなぜ殺されなければならなかった……?)
誠はどうにも納得がいかなかった。
倉木と話してわかった。彼は過去を悔いている。殺しをゲームのように楽しんだことを。戦争だからと言い訳して、命を奪い続けてきたことを。そして、それを罪だと気づかないできたことを。あの日まで。
そんな彼が、再び殺しに手を染めるだろうか? どうにも理屈が通らない。
「あれ……これなんだろう……」
七美の言葉に、誠は思考を中断して振り向く。彼女の指は、掛け布団にわずかについた薄桃色の跡を指している。
「ほらこれ……。あ、リップだわ……。私たちも使ってるやつ……。この色は……」
「リップ……? つまり、女の子が使う物ってわけか……。なんでそんなものがオーナーの部屋に……? あ……」
そこまで言って、愚問であることに誠は気づく
女物の化粧品が布団についていた。ようするに、この部屋に女が出入りしたと言うことだ。倉木に女装趣味でもあるのでない限りは。
「七美、そのリップ、誰のかわかるか?」
それはかなり重要な手がかりだ。
「そこまではちょっと……。私も使ってる銘柄だと思うけど……ちょっと派手だな……。見たことないし……普段つけるようなものじゃないかも……」
幼なじみが、布団をまじまじと観察しながら応じる。
「普段使うものじゃない……。じゃあ、どういうときにつけるものなんだ……?」
あいにく、女の化粧の趣向は少年にはさっぱりだった。
「そりゃあ……デートとか……後は……」
いつも歯切れがいい七美が、急にゴニョゴニョとなる。
「後は……? どういうときに?」
誠は先を促す。
「だから! 男の人の部屋に残ってる時点で察しなさいよ! そういうときに使うの!」
逆ギレ気味に、大声で返される。
(オーナーがこの部屋に女を連れ込んでいた……。しかも、若い女を……)
意外な気分だった。
あの真面目そうな倉木が、若い女と寝ていたなどとは。まあ、実際に男女の関係にあったかまでは、証拠がこれだけではわからないが。
「このリップの持ち主が犯人、てことも考えられないかな……?」
七美が顎に拳を当てる。
「それもどうかな……? あんまり考えたくないけど……オーナーに単に若い女がいるだけってこともあるし……」
応答しながらも、誠は渋面になる。
事実なら犯罪だし、あの倉木が若い女とセックスをしているところなど想像したくない。彼は尊敬できる人物だ。そんな裏の顔があるなどとは。
「でも……この残り方からして……。これごくごく最近ついたものね。ミステリー研究会の内の誰かが、オーナーとそういう関係にあったか……。あるいは、犯人がなんらかの目的でオーナーに色仕掛けをする必要があった……?」
七美が眉間にしわを寄せる。
想像もしたくない。ミステリー研究会の誰かが、父親ほども年上の男とそういう関係にあるなど。周辺にも民家はあるから、外部の人間という可能性もゼロではない。だが、それなら誰にも気づかれずに倉木と逢い引きできたとは考えにくい。
犯人が、なにかしらの理由で残してしまった。できればそう信じたかった。
「だとすると……犯人は俺たちと同じように、なにかを調べるためにここに入ったわけか……。なんで……? オーナー不在の時を狙えば済む話なのに。今の俺たちみたいに」
誠は腕組みして相手をする。
筋が通らない。この部屋に忍び込む。そのために、わざわざ倉木に色目を使う必要がどこにあるというのか。
「待てない事情があったか……。あるいは不在を狙えない理由がなにかあった……?」
「待てない事情……不在を狙えない理由か……」
二人はそろって考え込んでしまう。
リップの後は重要な手がかりだ。が、それがなにを意味するのか皆目わからない。
その時だった。誠のスマホが鳴り始める。SNSでの連絡だった。篤志からだ。
「どうしたの……?」
「依頼してた写真の解析が終わったらしい。行こう」
ロッジを出て鍵をかける。
ここにもう用はない。メインロッジにいる篤志の元に急がなければならなかった。
「いや……オーナーは六年前のことで自首するつもりだったんだ。これを録音したのは、裁判での証拠に使うためだったはず。そんなはずはない……」
七美の疑問を、ぴしゃりと遮る。
そもそもラバンスキーと山瀬がここを訪れたのは、倉木に自首を思いとどまらせるためだった。が、それもまた倉木の策だったのだろう。二人の説得に耳を貸さず、むしろ激高した振りをする。
エバンゲルブルグでの民間人を巻き込んだ爆撃は故意だったな、と迫る。証拠もあるのだ、とはったりをかまして。実際、彼らは見事に引っかかった。通信傍受によって慰問団の存在を事前に掴んでいた。それをうっかりしゃべってしまったのだ。
(これで裁判の証拠は充分……ではないまでも、ラバンスキーさんたちを追い詰めることは可能だ。では……彼らはなぜ殺されなければならなかった……?)
誠はどうにも納得がいかなかった。
倉木と話してわかった。彼は過去を悔いている。殺しをゲームのように楽しんだことを。戦争だからと言い訳して、命を奪い続けてきたことを。そして、それを罪だと気づかないできたことを。あの日まで。
そんな彼が、再び殺しに手を染めるだろうか? どうにも理屈が通らない。
「あれ……これなんだろう……」
七美の言葉に、誠は思考を中断して振り向く。彼女の指は、掛け布団にわずかについた薄桃色の跡を指している。
「ほらこれ……。あ、リップだわ……。私たちも使ってるやつ……。この色は……」
「リップ……? つまり、女の子が使う物ってわけか……。なんでそんなものがオーナーの部屋に……? あ……」
そこまで言って、愚問であることに誠は気づく
女物の化粧品が布団についていた。ようするに、この部屋に女が出入りしたと言うことだ。倉木に女装趣味でもあるのでない限りは。
「七美、そのリップ、誰のかわかるか?」
それはかなり重要な手がかりだ。
「そこまではちょっと……。私も使ってる銘柄だと思うけど……ちょっと派手だな……。見たことないし……普段つけるようなものじゃないかも……」
幼なじみが、布団をまじまじと観察しながら応じる。
「普段使うものじゃない……。じゃあ、どういうときにつけるものなんだ……?」
あいにく、女の化粧の趣向は少年にはさっぱりだった。
「そりゃあ……デートとか……後は……」
いつも歯切れがいい七美が、急にゴニョゴニョとなる。
「後は……? どういうときに?」
誠は先を促す。
「だから! 男の人の部屋に残ってる時点で察しなさいよ! そういうときに使うの!」
逆ギレ気味に、大声で返される。
(オーナーがこの部屋に女を連れ込んでいた……。しかも、若い女を……)
意外な気分だった。
あの真面目そうな倉木が、若い女と寝ていたなどとは。まあ、実際に男女の関係にあったかまでは、証拠がこれだけではわからないが。
「このリップの持ち主が犯人、てことも考えられないかな……?」
七美が顎に拳を当てる。
「それもどうかな……? あんまり考えたくないけど……オーナーに単に若い女がいるだけってこともあるし……」
応答しながらも、誠は渋面になる。
事実なら犯罪だし、あの倉木が若い女とセックスをしているところなど想像したくない。彼は尊敬できる人物だ。そんな裏の顔があるなどとは。
「でも……この残り方からして……。これごくごく最近ついたものね。ミステリー研究会の内の誰かが、オーナーとそういう関係にあったか……。あるいは、犯人がなんらかの目的でオーナーに色仕掛けをする必要があった……?」
七美が眉間にしわを寄せる。
想像もしたくない。ミステリー研究会の誰かが、父親ほども年上の男とそういう関係にあるなど。周辺にも民家はあるから、外部の人間という可能性もゼロではない。だが、それなら誰にも気づかれずに倉木と逢い引きできたとは考えにくい。
犯人が、なにかしらの理由で残してしまった。できればそう信じたかった。
「だとすると……犯人は俺たちと同じように、なにかを調べるためにここに入ったわけか……。なんで……? オーナー不在の時を狙えば済む話なのに。今の俺たちみたいに」
誠は腕組みして相手をする。
筋が通らない。この部屋に忍び込む。そのために、わざわざ倉木に色目を使う必要がどこにあるというのか。
「待てない事情があったか……。あるいは不在を狙えない理由がなにかあった……?」
「待てない事情……不在を狙えない理由か……」
二人はそろって考え込んでしまう。
リップの後は重要な手がかりだ。が、それがなにを意味するのか皆目わからない。
その時だった。誠のスマホが鳴り始める。SNSでの連絡だった。篤志からだ。
「どうしたの……?」
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ここにもう用はない。メインロッジにいる篤志の元に急がなければならなかった。
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