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第五章 真実への道
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「ちょっと誠……やめなさいよ……。こんな空き巣みたいなまね……」
七美が必死で止める。
「しょうがないだろ……。手がかりは確実にあるはずなんだから。だいたい、なんでついてくるんだよ?」
ロッジの一つの前で、誠は押し問答をしていた。こっそり忍び込むつもりだった。が、幼なじみに見つかってしまったのだ。
「はあ……わかった。私も付き合うよ。でも……やっぱり……オーナーが犯人てことなの……?」
七美が嘆息しつつも折れる。
誠が倉木のロッジに忍び込もうとしている。なんの理由もなしとは思えない。
「お邪魔しますよ……」
勝手にフロントから持ち出した合鍵で、ドアを開ける。この部屋の主は仕事で外出していてしばらく戻らない。
ノートパソコンのキーボードに、少年は怪しげな粉を振りかけ始める。
「なにしてるの……?」
「いやね、前に訪ねた時に、キーボードをきれいに拭いておいたんだ。パスワードがわかるかも知れないだろ? こうして指紋を浮き上がらせていくと……」
粉を払うと、狙い通りキーボードに指紋が浮き上がる。持ち主である、倉木のものだろう。
「はあ……この男は……。そういうことやってると社会的信用なくすよ……?」
七美は、幼なじみの抜け目のなさといやらしさに言葉もない。
「やっぱりだ……。キーボードが一部しか使われてない……」
誠は賭けに勝った。
今日のパソコンは、キーボードよりマウスを操作する割合の方がずっと多い。指紋は恐らく、パスワードを入力した時についたものだろう。
(A、S、D、W、H、O……1、6、9……)
誠は念のために手袋をして、『SHADOW961』と入力した。
画面に『ようこそ』のメッセージが表示され、ログインすることができた。
(一番最近使ったフォルダは……)
画面左下の検索をクリックする。
倉木が最後に開いたフォルダが、わかるかも知れない。が……。
(げ……こんなにあるのか……?)
直近で開いたフォルダが八つもある。しかも、どれも中にさらに別のフォルダが作られている。
きわめつけに、『0511』だとか、『0438』だとか、無意味な表題しかついていない。おそらく、作った本人にしかわからないようにするためだ。
(なら……一番最後に更新されたデータはどれだ……?)
時系列で探してみることにする。
妙だった。フォルダが多いのに、ほとんどが空だ。恐らく、大量のデータを収集したが不要になったので消去したのだろう。
「どう……見つかりそう……?」
「だめだな……。こうなりゃしらみつぶしだ……」
誠はスマートに行くことを諦める。
倉木の立場なら、大事なデータをそうそう見つかりやすいところに保存はしない。全部のフォルダを当たるくらい、する必要がありそうだ。
(お……これは……?)
音声データをざっと聞く内に、聞き覚えのある声がした。ラバンスキーだ。山瀬も一緒のようだ。
『やはりあったな……。やつは我々を信用していないとみてよさそうだ』
『今になって六年前のことほじくり返すような人ですからねえ……』
(当たりだ……)
どうやら、盗聴した音声データにたどり着けたようだ。ちゃんと、録音されたのが何日の何時何分何秒だったかまで記録されている。好都合だ。
(事件があったのがあの夜、宴会がお開きになってから、だいたい午前二時までとして……)
カーソルを移動させて、深夜まで進める。だが、なにも聞こえなくなってしまう。雑音は入ることからして、盗聴器は無事だが、部屋が無人のようだ。
(このデータではなかったか……?)
諦めずに別のデータを開く。
『今の私には名誉も立場もある。うまくすれば四十代で将軍になれる可能性もある。過去のことで味噌をつけたくない。当然の話ではないか?』
『違うな。間違いない。あんたは慰問団の情報を、あらかじめ掴んでいた。やはり事前に知っていたな? あの日あの場所に彼らが来ることを知っていて握りつぶした!』
今度は当たりのようだ。ラバンスキーと倉木の声。しかも、二人とも興奮して言い争っている。事件の夜の宴会の時のようだ。
『どうするんです……? 証拠があるって話、はったりじゃないかも……?』
(お……どうやらこのあたりみたいだ……)
聞き進めていくと、宴会が終わって解散したあたりになる。
英語で全部はわからないが、『エビデンス』だの『ブラフ』だのという言葉が出てくる。しかも、山瀬は怯えた様子だ。ひょっとするかも知れない。
「七美、悪いけど通訳してくれないか?」
後ろで見ている幼なじみに声をかける。英語の成績はいいし、英会話も習っている。自分より確実なはずだ。
「オーケー。ええと……」
通訳が始まる。
『馬鹿言え。記録には残してないし、報告書にも書いてない。証拠なんか残りようがないんだ!』
『やっぱり間違いだったんですよ……。無線傍受で慰問団が現われることを、俺たちは知ってた……なのに報告しなかったのは……』
『今度言ってみろ。殺すぞ……?』
盗聴されているとも知らず、二人は口を滑らせる。あの虐殺が計画的な物だったことを、認めていた。
「なるほどね……『証拠』ってこういうことか……。さすが頭がいい……」
誠は倉木に敬服していた。ロッジで口論になった時を思い出す。証拠があるという話は全部が本当でもないが、逆に嘘でもなかった。
はったりでラバンスキーと山瀬を揺さぶる。そして不安になった二人が、自分たちの口から真実を漏らすように仕向ける。慰問団があの日来ることを知っていた事実を。それを盗聴して録音すれば、戦争犯罪の証拠が一丁あがりだ。
疑心暗鬼と恐怖につけ込んだ、うまい作戦と言えた。
「ちょっと誠……やめなさいよ……。こんな空き巣みたいなまね……」
七美が必死で止める。
「しょうがないだろ……。手がかりは確実にあるはずなんだから。だいたい、なんでついてくるんだよ?」
ロッジの一つの前で、誠は押し問答をしていた。こっそり忍び込むつもりだった。が、幼なじみに見つかってしまったのだ。
「はあ……わかった。私も付き合うよ。でも……やっぱり……オーナーが犯人てことなの……?」
七美が嘆息しつつも折れる。
誠が倉木のロッジに忍び込もうとしている。なんの理由もなしとは思えない。
「お邪魔しますよ……」
勝手にフロントから持ち出した合鍵で、ドアを開ける。この部屋の主は仕事で外出していてしばらく戻らない。
ノートパソコンのキーボードに、少年は怪しげな粉を振りかけ始める。
「なにしてるの……?」
「いやね、前に訪ねた時に、キーボードをきれいに拭いておいたんだ。パスワードがわかるかも知れないだろ? こうして指紋を浮き上がらせていくと……」
粉を払うと、狙い通りキーボードに指紋が浮き上がる。持ち主である、倉木のものだろう。
「はあ……この男は……。そういうことやってると社会的信用なくすよ……?」
七美は、幼なじみの抜け目のなさといやらしさに言葉もない。
「やっぱりだ……。キーボードが一部しか使われてない……」
誠は賭けに勝った。
今日のパソコンは、キーボードよりマウスを操作する割合の方がずっと多い。指紋は恐らく、パスワードを入力した時についたものだろう。
(A、S、D、W、H、O……1、6、9……)
誠は念のために手袋をして、『SHADOW961』と入力した。
画面に『ようこそ』のメッセージが表示され、ログインすることができた。
(一番最近使ったフォルダは……)
画面左下の検索をクリックする。
倉木が最後に開いたフォルダが、わかるかも知れない。が……。
(げ……こんなにあるのか……?)
直近で開いたフォルダが八つもある。しかも、どれも中にさらに別のフォルダが作られている。
きわめつけに、『0511』だとか、『0438』だとか、無意味な表題しかついていない。おそらく、作った本人にしかわからないようにするためだ。
(なら……一番最後に更新されたデータはどれだ……?)
時系列で探してみることにする。
妙だった。フォルダが多いのに、ほとんどが空だ。恐らく、大量のデータを収集したが不要になったので消去したのだろう。
「どう……見つかりそう……?」
「だめだな……。こうなりゃしらみつぶしだ……」
誠はスマートに行くことを諦める。
倉木の立場なら、大事なデータをそうそう見つかりやすいところに保存はしない。全部のフォルダを当たるくらい、する必要がありそうだ。
(お……これは……?)
音声データをざっと聞く内に、聞き覚えのある声がした。ラバンスキーだ。山瀬も一緒のようだ。
『やはりあったな……。やつは我々を信用していないとみてよさそうだ』
『今になって六年前のことほじくり返すような人ですからねえ……』
(当たりだ……)
どうやら、盗聴した音声データにたどり着けたようだ。ちゃんと、録音されたのが何日の何時何分何秒だったかまで記録されている。好都合だ。
(事件があったのがあの夜、宴会がお開きになってから、だいたい午前二時までとして……)
カーソルを移動させて、深夜まで進める。だが、なにも聞こえなくなってしまう。雑音は入ることからして、盗聴器は無事だが、部屋が無人のようだ。
(このデータではなかったか……?)
諦めずに別のデータを開く。
『今の私には名誉も立場もある。うまくすれば四十代で将軍になれる可能性もある。過去のことで味噌をつけたくない。当然の話ではないか?』
『違うな。間違いない。あんたは慰問団の情報を、あらかじめ掴んでいた。やはり事前に知っていたな? あの日あの場所に彼らが来ることを知っていて握りつぶした!』
今度は当たりのようだ。ラバンスキーと倉木の声。しかも、二人とも興奮して言い争っている。事件の夜の宴会の時のようだ。
『どうするんです……? 証拠があるって話、はったりじゃないかも……?』
(お……どうやらこのあたりみたいだ……)
聞き進めていくと、宴会が終わって解散したあたりになる。
英語で全部はわからないが、『エビデンス』だの『ブラフ』だのという言葉が出てくる。しかも、山瀬は怯えた様子だ。ひょっとするかも知れない。
「七美、悪いけど通訳してくれないか?」
後ろで見ている幼なじみに声をかける。英語の成績はいいし、英会話も習っている。自分より確実なはずだ。
「オーケー。ええと……」
通訳が始まる。
『馬鹿言え。記録には残してないし、報告書にも書いてない。証拠なんか残りようがないんだ!』
『やっぱり間違いだったんですよ……。無線傍受で慰問団が現われることを、俺たちは知ってた……なのに報告しなかったのは……』
『今度言ってみろ。殺すぞ……?』
盗聴されているとも知らず、二人は口を滑らせる。あの虐殺が計画的な物だったことを、認めていた。
「なるほどね……『証拠』ってこういうことか……。さすが頭がいい……」
誠は倉木に敬服していた。ロッジで口論になった時を思い出す。証拠があるという話は全部が本当でもないが、逆に嘘でもなかった。
はったりでラバンスキーと山瀬を揺さぶる。そして不安になった二人が、自分たちの口から真実を漏らすように仕向ける。慰問団があの日来ることを知っていた事実を。それを盗聴して録音すれば、戦争犯罪の証拠が一丁あがりだ。
疑心暗鬼と恐怖につけ込んだ、うまい作戦と言えた。
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