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第3章
第二話
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十一月。銀杏の葉が舞い散る頃、映像研究会の部室には暖房がつきはじめる。
窓の外では枯れ葉が風に踊り、夕方の光が斜めに差し込んでいた。
部長の田中が、いつものように机に肘をついて口を開いた。
「他のサークルとの交流イベントをやってみないか?」
「交流イベント?」
蛍が聞き返すと、田中は嬉しそうに続ける。
「映像研究会って、どうしても内向きになりがちだからさ。他のサークルと合同で何かやれば、新しい刺激があるかもしれない」
「でも、どこのサークルと?」
智也が問う。
「それなんだけど、誰か他のサークルに知り合いいる?」
蛍は真帆を思い浮かべた。
最近はスポーツサークルに通っているが、なかなか桜庭との距離を縮められずにいる。
その中で交流会が何かのきっかけになるかもしれないと考えた。
「友達がスポーツサークルにいます」
「おお、いいね。どんなサークル?」
「初心者でも楽しめるような色々な競技をやってるみたいです。たぶん、規模も近い気がします」
「体育会系と文化系の交流か。面白そうだな」
ちょうどそのとき、講義掲示板に〈次回ミニレポ:身近な共同作業や混合チームにおける役割分担を観察し、ジェンダー規範との関係を論じよ〉と通知が来た。
健吾の名前が末尾に添えられている。
以前の見学で見たコーフボールのことが、蛍の頭でかちりと噛み合った。
その日の夕方、蛍は真帆に相談した。
「でも私、まだ正式メンバーじゃないし……」
「桜庭くんに聞いてみたら?」
頬を少し染めて、真帆が頷く。
「そうだね。今度聞いてみる」
数日後、真帆が弾む声で報告した。
「桜庭くんが、興味を示してくれたの!」
「本当?」
「うん。面白そうだねって」
翌週、蛍と真帆はスポーツサークルの部室へ向かった。佐藤と桜庭が温かく迎える。
「あれ、相沢さんは映研側なの?」
「そういうわけじゃないですよ」
佐藤がからかって、真帆が困ったように笑って弁明する。
「で、何しようか。白石は何か希望ある?」
桜庭の声音は淡々としている。
いつの間にか敬語がなくなっていた。
「俺個人っていうか、映研で話したときは、バーベキューがいいんじゃないかって話になったよ」
「バーベキューか。佐藤さん、どうですか?」
「確かに交流しやすいかもな。でも、人数が多すぎると結局サークルごとに分かれたままになるかなぁ」
「じゃあ、何かミニゲームするとか?」
「シンプルにくじとかで席を混ぜるのもいいかも」
「ああ、それがいいかも」
やり取りを見守りながら、蛍はスマートフォンを親指で撫でた。
先程、健吾に送ったメッセージの返信はまだない。
「あ、映研は映像撮りたいとか、希望あるの?」
桜庭が思いついたように言う。
「そういう話は出てないから、大丈夫だと思う」
「そっか。春にバーベキューしたのってどこでやったんですか?」
蛍に確認したあと、桜庭は佐藤に尋ね、話はとんとん拍子に進む。
結局、春と同じ河川敷の会場を使うことに決まった。
部室を出ようとしたとき、桜庭に呼び止められる。佐藤と真帆は先に進んでいた。
「なあ、連絡先教えて。イベントのことで連絡取りたい」
「え、それなら真帆に……」
「相沢さんは映研じゃないだろ。白石に連絡したほうが早いじゃん」
そう言われれば断れない。
連絡先を交換することとなった。
桜庭とのやり取りは端的で、事務的だった。
ふっと、過剰に警戒した自分が恥ずかしくなる。
そして迎えた当日。
河川敷にバーベキューセットが並び、両サークルのメンバーが集まっていた。
「まずは自己紹介と、くじ引きで席決めをしましょうか」
佐藤が司会を務め、桜庭が用意したくじを配る。
蛍は映研の先輩二人、スポーツサークルの佐藤と女子学生と同じテーブルになった。
真帆は少し離れ、智也と桜庭は同卓だ。
焼ける音と笑い声。
蛍は視線の端で桜庭を追う。
誰に対しても同じ温度、同じ距離。
真帆だけでなく、他の女子にも特別扱いはないように見えた。
「桜庭のことが気になる?」
佐藤が小さく声を落とす。
「あ、今、話してるの俺の親友で。初対面のはずなのに仲よさそうだなって」
「ああ、本当だな」
「佐藤さんは桜庭くんと仲いいんですか?」
「仲……。まあ、悪くはないかな。高校も一緒だし」
「そうなんですね。彼女いるかどうかって知ってます?」
「さあ、俺が知ってる限りいないと思うけど、あいつそういう話しないからな。本人に聞いてみるのが確実かな」
佐藤が困ったような顔で笑った。
日が傾き、片付けに入る。
「桜庭くんとあまり話せなかった」
真帆が肩を落とす。
「それは残念。でも、彼女はいないかもって佐藤さんが言ってた」
「え、そうなの? すごい、チャンス!」
そこに智也も混ざった。
「桜庭って、いいやつだな。今日初めて話したけど、話しやすかった」
「うん」
「真帆が好きって言ってたけど、倍率高そうだなぁ」
「だね」
「蛍も真帆も、難儀な奴を好きになるな」
蛍は苦笑しながら、胸のうちで別の名を反芻する――健吾。
おそらく、桜庭よりよほど厄介だ。
一年の秋が、静かに深まっていく。
窓の外では枯れ葉が風に踊り、夕方の光が斜めに差し込んでいた。
部長の田中が、いつものように机に肘をついて口を開いた。
「他のサークルとの交流イベントをやってみないか?」
「交流イベント?」
蛍が聞き返すと、田中は嬉しそうに続ける。
「映像研究会って、どうしても内向きになりがちだからさ。他のサークルと合同で何かやれば、新しい刺激があるかもしれない」
「でも、どこのサークルと?」
智也が問う。
「それなんだけど、誰か他のサークルに知り合いいる?」
蛍は真帆を思い浮かべた。
最近はスポーツサークルに通っているが、なかなか桜庭との距離を縮められずにいる。
その中で交流会が何かのきっかけになるかもしれないと考えた。
「友達がスポーツサークルにいます」
「おお、いいね。どんなサークル?」
「初心者でも楽しめるような色々な競技をやってるみたいです。たぶん、規模も近い気がします」
「体育会系と文化系の交流か。面白そうだな」
ちょうどそのとき、講義掲示板に〈次回ミニレポ:身近な共同作業や混合チームにおける役割分担を観察し、ジェンダー規範との関係を論じよ〉と通知が来た。
健吾の名前が末尾に添えられている。
以前の見学で見たコーフボールのことが、蛍の頭でかちりと噛み合った。
その日の夕方、蛍は真帆に相談した。
「でも私、まだ正式メンバーじゃないし……」
「桜庭くんに聞いてみたら?」
頬を少し染めて、真帆が頷く。
「そうだね。今度聞いてみる」
数日後、真帆が弾む声で報告した。
「桜庭くんが、興味を示してくれたの!」
「本当?」
「うん。面白そうだねって」
翌週、蛍と真帆はスポーツサークルの部室へ向かった。佐藤と桜庭が温かく迎える。
「あれ、相沢さんは映研側なの?」
「そういうわけじゃないですよ」
佐藤がからかって、真帆が困ったように笑って弁明する。
「で、何しようか。白石は何か希望ある?」
桜庭の声音は淡々としている。
いつの間にか敬語がなくなっていた。
「俺個人っていうか、映研で話したときは、バーベキューがいいんじゃないかって話になったよ」
「バーベキューか。佐藤さん、どうですか?」
「確かに交流しやすいかもな。でも、人数が多すぎると結局サークルごとに分かれたままになるかなぁ」
「じゃあ、何かミニゲームするとか?」
「シンプルにくじとかで席を混ぜるのもいいかも」
「ああ、それがいいかも」
やり取りを見守りながら、蛍はスマートフォンを親指で撫でた。
先程、健吾に送ったメッセージの返信はまだない。
「あ、映研は映像撮りたいとか、希望あるの?」
桜庭が思いついたように言う。
「そういう話は出てないから、大丈夫だと思う」
「そっか。春にバーベキューしたのってどこでやったんですか?」
蛍に確認したあと、桜庭は佐藤に尋ね、話はとんとん拍子に進む。
結局、春と同じ河川敷の会場を使うことに決まった。
部室を出ようとしたとき、桜庭に呼び止められる。佐藤と真帆は先に進んでいた。
「なあ、連絡先教えて。イベントのことで連絡取りたい」
「え、それなら真帆に……」
「相沢さんは映研じゃないだろ。白石に連絡したほうが早いじゃん」
そう言われれば断れない。
連絡先を交換することとなった。
桜庭とのやり取りは端的で、事務的だった。
ふっと、過剰に警戒した自分が恥ずかしくなる。
そして迎えた当日。
河川敷にバーベキューセットが並び、両サークルのメンバーが集まっていた。
「まずは自己紹介と、くじ引きで席決めをしましょうか」
佐藤が司会を務め、桜庭が用意したくじを配る。
蛍は映研の先輩二人、スポーツサークルの佐藤と女子学生と同じテーブルになった。
真帆は少し離れ、智也と桜庭は同卓だ。
焼ける音と笑い声。
蛍は視線の端で桜庭を追う。
誰に対しても同じ温度、同じ距離。
真帆だけでなく、他の女子にも特別扱いはないように見えた。
「桜庭のことが気になる?」
佐藤が小さく声を落とす。
「あ、今、話してるの俺の親友で。初対面のはずなのに仲よさそうだなって」
「ああ、本当だな」
「佐藤さんは桜庭くんと仲いいんですか?」
「仲……。まあ、悪くはないかな。高校も一緒だし」
「そうなんですね。彼女いるかどうかって知ってます?」
「さあ、俺が知ってる限りいないと思うけど、あいつそういう話しないからな。本人に聞いてみるのが確実かな」
佐藤が困ったような顔で笑った。
日が傾き、片付けに入る。
「桜庭くんとあまり話せなかった」
真帆が肩を落とす。
「それは残念。でも、彼女はいないかもって佐藤さんが言ってた」
「え、そうなの? すごい、チャンス!」
そこに智也も混ざった。
「桜庭って、いいやつだな。今日初めて話したけど、話しやすかった」
「うん」
「真帆が好きって言ってたけど、倍率高そうだなぁ」
「だね」
「蛍も真帆も、難儀な奴を好きになるな」
蛍は苦笑しながら、胸のうちで別の名を反芻する――健吾。
おそらく、桜庭よりよほど厄介だ。
一年の秋が、静かに深まっていく。
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