【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと

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第3章

第五話

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 年が明け、あっという間に後期の講義も終盤に差し掛かる。
 テスト期間に向けて、レポートの課題が発表される講義もいくつか出始めた。

「グループワークの課題、どうしようか」
 必修の講義を終えたあと、真帆と蛍は並んで講義棟を歩いていた。
「うーん、去年の日本経済の特徴的って何があったかなぁ」
「講義で出てきたのは、賃上げと株価……となんだっけ」
「えー、貿易摩擦もなかったっけ」
 二人で講義を思い出しながら日本経済に思いをはせる。

「一回、ちゃんと見直して調べないとだめか」
 真帆が言う。
「そうだね、テーマだけ決めたら手分けもできるし。これから時間あったら図書館で復習しながら調べよっか」
「うん、そうしよう。はやいほうがいいもんね」
 と、二人で話しながら講義棟を出ると、向かいにある研究棟の木陰に健吾がいるのが見えた。
 図書館に行くにはそちらに向かう必要がある。

 健吾は電話をしているようだったが、下を向いているため二人には気づいていない。

「熱は? ある?」

 健吾の声が聞こえてくる。

「わかった、じゃあ、今から向かうから、なおは何もしないで寝てて。分かった?」

 そういったところで顔を上げた健吾と視線が合う。
 真帆が会釈し、蛍が軽く手を振ると、健吾も軽く手を挙げて答えてくれた。
「うん、たぶん一時間以内につく」
 そういう健吾の声を聴きながら、真帆と蛍は図書館への道を進んだ。
 十分に距離が離れたところで、蛍は真帆に切り出した。

「今の健ちゃんの電話って、恋人への電話かな?」
「どうだろ……」
 真帆は歯切れが悪かった。

「いいよ、はっきり言って」
「ごめん、私はそうかなって思った。ちょっと離れた所に住んでる彼女が熱を出して、看病しに行くのかなって」
「だよね」
「蛍……」

 蛍は足を止めそうになったが、真帆に合わせて歩き続けた。胸の奥で何かがきしむような音を立てている。
「大丈夫?」
  真帆の心配そうな声に、蛍は作り笑いを浮かべた。 
「大丈夫。分かってたことだから」
 でも、分かっていることと実際に目の当たりにすることは違った。

 健吾の声に込められた心配と優しさ。
 「なお」という名前を呼ぶときの親密さ。看病に向かうという事実。

 図書館に着いても、蛍は集中できなかった。開いた資料の文字が頭に入ってこない。
「蛍、無理しないで」
  真帆が小声で言った。
「図書館、今度にしない?」
「ううん、大丈夫。やることやらないと」
 蛍はノートを取り出し、講義の復習を始めた。数字や用語を書き写しながら、頭の片隅では健吾のことを考えていた。


(きっと今頃、「なお」さんの看病をしているんだろうな)
 そう思うと、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
 高校時代から続く、この諦めにも似た痛み。何度経験しても慣れることはない。
「蛍」
  真帆が心配そうに声をかける。
「本当に大丈夫? 顔色悪いよ」
「ちょっと疲れてるだけ」
 蛍は資料に目を戻した。
 でも、健吾の優しい声が耳から離れない。
 あの声は確かに特別な人に向けられたもので、自分には決して向けられることのない種類の温かさだった。

 テスト期間が終われば、もうすぐ春休み。そして二年生。
 新しい学年が始まれば、何か変わるだろうか。それとも、この気持ちは一生続くのだろうか。
 蛍は深く息を吐いて、再び資料に集中しようとした。

 今はただ、目の前のことをこなすしかない。
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