【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと

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第3章

第四話

 クリスマスの飾りが商店街に灯りはじめた十二月下旬。
 年末の買い出しを頼まれ、帰りに書店へ寄ったときだった。

「蛍?」
 背中に聞き覚えのある声。振り返ると、健吾が本を数冊抱えて立っていた。
「健ちゃん!」
「蛍の家ってこの辺?」
「うん、そう」
 健吾がふっと笑う。腕に抱えた背表紙は、経済の専門書ばかりだ。

「健ちゃん、本屋さんに用があったの?」
 蛍が指さすと、健吾も視線を向けた。
「そう、この書店、経済関連の専門書が豊富で。蛍の家、前に住んでた家から案外近いんだね」
「そうだね。でも、ぜんぜん今まで会わなかったね」

 二人は書店を出て並んで歩きだす。
 商店街の角に、小さなカフェ。ガラス越しに温かな湯気が見えた。

「蛍、時間ある? 入ってみる?」
 頷いて扉を押すと、焙煎の香りと暖房のやわらかさが頬に触れた。
 向かい合って席に着き、健吾はホットコーヒー、蛍はココアを頼む。
「大学、どう? 慣れた?」
「うん。楽しいよ」
「ジェンダー経済学も順調?」
「健ちゃんのおかげで」
 照れくさそうに、健吾の口元がゆるむ。

「それは良かった。蛍のレポート、本当に良くできてたから」
「ありがとう」
 たわいない大学の話が一段落すると、健吾が窓の外に目をやる。

「そういえば、家の近くにあった公園、覚えてる?」
 視線の先、街角に小さな公園があった。
「もちろん。よく遊んだよね」
「あそこの公園、遊具が新しくなって、すごくきれいになったんだよ」
「え、そうなの? ぜんぜん行ってなかったから、知らなかった」
「子猫の世話してたよね」
 胸の奥で、昔の光景がほどける。小学生のころ、脚を痛めた子猫を見つけて、二人で手当てした。
「健ちゃんが手伝ってくれたから」
「でも、最初に気づいて助けようとしたのは蛍だった」
 やさしい眼差しに、胸の温度がゆっくり上がる。

「健ちゃんの家族は元気?」
「うん。父は相変わらず仕事ばかりだけど、母は最近園芸にハマってて」
「お母さん、昔から花が好きだったよね」
「よく覚えてるね」
 健吾が嬉しそうに笑う。

「母も蛍のこと、よく話してるよ。『隣の蛍ちゃん、どうしてるかしら』って」
「本当?」
 大学で見る顔よりいくらか柔らかい、家族の話をするときの健吾。肩の力が抜けて、言葉が自然に落ちていく。
「あっちのほうは全然行くことないの?」
「そうだね。引っ越してからぜんぜん行ってないかも。健ちゃんは、お正月はずっと実家にいるの?」
「いや、三日にはアパートに戻る予定。研究があるから」
「大変だね」
「まあ、好きでやってることだから」
 そのとき、眉の影がほんの少しだけ落ちるのを、蛍は見逃さなかった。

「番の人とは、会わないの?」
 思いきって訊く。
 健吾の表情がわずかに曇った。
「そうだね、今はお互いに忙しい時期だから」
「遠距離だから?」
「それもあるけど……お互い忙しくて」
 同じ言葉が重なり、諦めの色が混じる。
「大丈夫?」
「うん。まあ、研究に集中してるから」
 少し疲れた目元。
 関係がうまく回っていないのか、蛍の胸に嫌な予感がひらく。

「蛍は? 真帆ちゃんとデートしたりしないの?」
「え、真帆と? なんでデート?」
「あれ、付き合ってるのかと思ったけれど……」
「ないない、真帆はただの友達」
「そうだったんだ、俺、てっきり……」
 健吾が戸惑う。
(……もしかして、真帆と付き合ってると思ってたから、安心して接してくれてた?)
 胸の奥で渦が巻く。優しさの理由を、悪い方角へ勘繰ってしまいそうになる。

「健ちゃんこそ、恋人に会えるといいね」
 思わず、心にもない言葉が口をつく。
「ありがとう。蛍は本当に優しいね」
 恋人が否定されなかった事実に、心が一気に冷えた。音もなく崩れる気配――
(やっぱり、そうだよね)
 頭では分かっていても、突きつけられると痛い。高校のときと同じ場所に、また立っている気がした。

 カフェを出ると、外気は白く吐息を奪っていく。二人は公園の前で足を止めた。
「じゃあ、また大学で」
「うん。研究、頑張って」
 背中が人の波に紛れていく。大学では見えなかった素朴さも、抱えている悩みの影も、今日の短い時間に両方見えた。
 そして何より――再び突きつけられた現実。健吾には番がいる。恋人がいる。自分の入る余地は、最初から用意されていない。
(――二度目だ)
 あの教室の夕焼けが脳裏をかすめる。何も変わっていないのだろうか。
 同じ人に、同じ熱を抱いて、同じように諦めるのか。

 相手とうまくいっていないのかもしれない、と一瞬願ったのも確かだ。
 けれど、そんなふうに誰かの不幸を願う自分も嫌だった。
 それでも、小さな希望の芽は、容易には踏み消せなかった。


 家に戻ると、母が顔をのぞかせる。
「遅かったのね。どこに行ってたの?」
「健ちゃんに会った」
「健ちゃんって、健吾くん? まあ、懐かしい。元気だった?」
「うん、元気だったよ」
「今度、お母さんにもよろしく伝えてね」
 夜。蛍は窓の外を見る。
 やがて、年が明ける。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。この前はありがとう』
 蛍が送ると、すぐに返事が来た。
『あけましておめでとう。こちらこそよろしく』
 画面に灯る文字を見つめながら、蛍は思う。
(距離は、少しでも縮まっているのだろうか)
 再会してからの半年、ずっと少しずつ近づいていると思っていた。
 だが、それは番関係という絶対の絆の上ではあまりにもろい。
 それでも、諦められないのがつらかった。
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