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第二部
第24話 ハサンの回想~月夜に咲く花
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僕たちは、お互いをいつも思いやっていた。
それは、一人だったら決して実行されなかった計画だった。
お互いが、お互いを思いやって、おばあさまに会わせてあげたいという、ただそんな優しい想いから生まれた計画だった。
小さな子供のたわいもない冒険の一幕。でも、それは人生を変えるのには十分な冒険だった。
姉様、あの時、僕は決めてしまったのです。あなたを守るのは僕であるべきだと。
◇◇◇◇◇◇
その年の夏、バステトとハサンは後宮の侍女たちに、ある噂を聞いた。
――後宮のどこかにある月夜に咲く花は、死んだ人に会わせてくれるのだという。
それは、バステトが11歳、ハサンが8歳で、二人が出会って1年ほどたった頃、バステトが舞い手として神殿に呼ばれることが少し増えてきた頃だった。
その頃、バステトとハサンは、後宮でよく遊んでもらった優しい祖母を亡くした。身近な人が亡くなるのは、幼い二人には初めての事で、死をどう受け止めていいか、まだ二人はよく分かっていなかった。
ただ、会えなくなってしまった優しい祖母と、再びまた会いたい。
会って、きちんとお別れを言いたいという素朴な思いから、二人は侍女たちに聞いたその月夜に咲く花を探しに行くことに決めた。
バステトはその頃まだ、母の下、後宮に住んでいた。後宮では、男の子も10歳に満たない年齢まではともに暮らすことができる。バステトの婚約者とも見られていた親しい関係のハサンが、元王女である母に連れられ、後宮に遊びに来て泊っていくことも度々あった。その冒険は、そんなある日に決行されることになった。
二人は、周りが寝静まったころを見計らって、寝所を抜け出し、庭に出た。
『ハサン、月夜に咲く花は、おばあ様の庭園にあるらしい。ちゃんと連れて行ってやるからな、しっかりついてくるのだぞ』
バステトは、ハサンの手を包み込むようにしっかり握ってくれたので、年上の姉に守られている感じがして、ハサンは、ちっとも怖くなかった。小さなハサンにとって姉は、素晴らしい舞を舞い、大人たちにも認められる英雄のような存在だった。
出入口には見張りが立っているが、二人が使うのは、子供ならぎりぎり通れる、壁にあいた小さな穴だ。
その穴を抜けると、ちょっとした散策のできる森にでる。その森を横切って少し行くと、おばあさまの庭園に続く裏道に出るのだ。
月明かりの中、二人は、壁の穴を抜けて、順調に森に入った。
バステトは、宮中の第二皇后の寝室のお菓子を取ってきた冒険の話とか、可愛がっている猫が子供を産んだ話とか、そんな楽しい話ばかりしてくれたので、ハサンはやっぱり暗い森はちっとも怖くなかった。
それが、バステトのカラ元気だったのだとも知らず、その時のハサンは、たのもしい姉に手を引かれて安心して歩いていたのだ。
昼間は、ここで遊んだり散策したりする慣れ親しんだ場所だが、夜は別の世界のようだった。音が違う。空気が違う。
そんな中。
バサバサと急に音を立てて、大きなフクロウが飛び立つのをみて、二人はびっくりして思わず走り出してしまった。ハサンはフクロウよりも、それまで落ち着いていたバステトが急に走り出した方に驚いていたのだけれど。
◇◇◇◇◇◇
あまりにも慌てて逃げ出したため、二人はいつもの道から外れてしまい、迷子になってしまっていた。
『ねえさま、まよっちゃった?』
『迷ったけど、大丈夫。どうしてもダメだったら、大人の人に連れ帰ってもらおう。その時は、私だけが怒られるから、ハサンは大丈夫だぞ』
『ぼくもいっしょにおこられます』
『ハサンは頼もしいな』
バステトは、幼いハサンの頭を撫でてくれた。
夜の庭園は、子供の自分達にとってどれほどおそろしいものだっただろうか。それでも、姉は、ハサンのなかで英雄で頼りになる存在だった。
手の中のお互いの温もりだけを頼りに歩き続けると、間もなく、灯りとあばら家が見えてきた。
二人はほっとして灯りに向かって走り出す。
しかし、ハサンは、御伽噺の中に出てくる盗賊の隠れ家を思い出してしまった。
『ねえさま、とうぞくのねじろじゃない?』
二人が読んでもらったおとぎ話では、森のはずれのあばら家に盗賊の根城があって、そこでは夜な夜な盗賊たちが酒盛りをし、金銀財宝を数えていたのだ。
『……うむ、その可能性はある。よし、窓から中を確かめよう』
二人は、カーテンのない窓から、そのあばら家をのぞき込んだ。
あばら家の中には、外から想像もつかないほど多くの人間がいた。
宮中で見たことのある制服のものもいれば、私服の者もいる。
そして、外まで漂ってくるお酒の匂い。中では男たちが赤ら顔で酒盛りだ。
机の上には、お金がじゃらじゃらとまき散らしてある。
とうぞくのねじろだ!
二人は、一目散に駆け出す。
その際、あばら家から、出てきた男の一人に見つかってしまった。
『おい、お前ら! ちょっと待て!』
『おい、見つけたぞ! 捕まえろ!』
後ろから追いかけてくる男達。
――きっと、ひみつをみたぼくたちをつかまえてくちをふうじるんだ
あちこちから、灯りがおいかけてくる。
捕まったら殺されてしまう。
そこからは必死でかけて、かけて、いつしか気づいたら、おばあ様の庭園についていた。
バステトは、その間一度もハサンの手をはなさなかったから、ハサンは息が切れて、とても体はつらかったけれど、そこまで怖くはなかった。
ふと、夜風に混じって、甘い、誘うような芳香が漂ってきた。
『ねえさま! はなだよ。月夜にさくはな!』
見渡すと、白い、丸いころんとした変わった形をした花が、そこかしこに植わっていた。
『おばあ様』
『どこ? おばあ様どこ? ねえさま』
バステトが何をみておばあさまと言ったのか、ハサンにはわからなかった。
しかし、間もなく、灯りと人の声が聞こえてくる。
『ハサン、こっち。おばあさまが教えてくれた。……守るから。ハサンは、私が守るから』
その声は、あまりに切実だったから、ハサンは顔をあげて、バステトを見上げた。それまで、つながれた手に安心しきっていて、ハサンはバステトがどんな顔をしているか、あまり見ていなかったのだ。
バステトは、ぼろぼろ涙をこぼしていた。
『ねえさま?』
バステトは、ハサンを連れて、大きな木のうろにハサンを隠す。
『守るから。私が守るから』
呪文のように唱えて、バステトは手をつないだままハサンを隠すようにその前に立ちふさがる。
やがて、人の声と灯りが大きくなってくる。
捕まったら……
じわりと涙が浮かんでくる。
『姫様! ハサン様! 心配しましたよ』
しかし、その声は、恐ろしい盗賊ではなく、見知った侍女の声だった。
ハサンとバステトは、その時になって初めて、灯りと人の声は、姿を消した自分たちを探すためのものだったと知ったのだった。
バステトは、ハサンを抱きしめてわんわん泣いた。
その様子にあまりにびっくりして、ハサンの方の涙は引っ込んでしまった。
ハサンは、その時はじめて、英雄のような姉もまだ子供だったのだと気づいた。
そして、しゃくりあげながら泣くバステトの頭をなでながら、これからは、この人を守るのは自分であるべきだと、心に決めてしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇
結局、自分にはバステトを守り抜く力は足りず、ケイリッヒの王子に、その役を奪われてしまった。
そんな自分が許せなくて、自分はここまで来た。
――姉さま、あの時、僕は決めてしまったのです。あなたを守るのは僕であるべきだと。あなたにかかわる全てを守るのは、僕であるべきだと。
だから、僕はこの戦を始めた。
姉さま、あなたは、こんなやり方を選んだ僕を赦してくれるだろうか。
それは、一人だったら決して実行されなかった計画だった。
お互いが、お互いを思いやって、おばあさまに会わせてあげたいという、ただそんな優しい想いから生まれた計画だった。
小さな子供のたわいもない冒険の一幕。でも、それは人生を変えるのには十分な冒険だった。
姉様、あの時、僕は決めてしまったのです。あなたを守るのは僕であるべきだと。
◇◇◇◇◇◇
その年の夏、バステトとハサンは後宮の侍女たちに、ある噂を聞いた。
――後宮のどこかにある月夜に咲く花は、死んだ人に会わせてくれるのだという。
それは、バステトが11歳、ハサンが8歳で、二人が出会って1年ほどたった頃、バステトが舞い手として神殿に呼ばれることが少し増えてきた頃だった。
その頃、バステトとハサンは、後宮でよく遊んでもらった優しい祖母を亡くした。身近な人が亡くなるのは、幼い二人には初めての事で、死をどう受け止めていいか、まだ二人はよく分かっていなかった。
ただ、会えなくなってしまった優しい祖母と、再びまた会いたい。
会って、きちんとお別れを言いたいという素朴な思いから、二人は侍女たちに聞いたその月夜に咲く花を探しに行くことに決めた。
バステトはその頃まだ、母の下、後宮に住んでいた。後宮では、男の子も10歳に満たない年齢まではともに暮らすことができる。バステトの婚約者とも見られていた親しい関係のハサンが、元王女である母に連れられ、後宮に遊びに来て泊っていくことも度々あった。その冒険は、そんなある日に決行されることになった。
二人は、周りが寝静まったころを見計らって、寝所を抜け出し、庭に出た。
『ハサン、月夜に咲く花は、おばあ様の庭園にあるらしい。ちゃんと連れて行ってやるからな、しっかりついてくるのだぞ』
バステトは、ハサンの手を包み込むようにしっかり握ってくれたので、年上の姉に守られている感じがして、ハサンは、ちっとも怖くなかった。小さなハサンにとって姉は、素晴らしい舞を舞い、大人たちにも認められる英雄のような存在だった。
出入口には見張りが立っているが、二人が使うのは、子供ならぎりぎり通れる、壁にあいた小さな穴だ。
その穴を抜けると、ちょっとした散策のできる森にでる。その森を横切って少し行くと、おばあさまの庭園に続く裏道に出るのだ。
月明かりの中、二人は、壁の穴を抜けて、順調に森に入った。
バステトは、宮中の第二皇后の寝室のお菓子を取ってきた冒険の話とか、可愛がっている猫が子供を産んだ話とか、そんな楽しい話ばかりしてくれたので、ハサンはやっぱり暗い森はちっとも怖くなかった。
それが、バステトのカラ元気だったのだとも知らず、その時のハサンは、たのもしい姉に手を引かれて安心して歩いていたのだ。
昼間は、ここで遊んだり散策したりする慣れ親しんだ場所だが、夜は別の世界のようだった。音が違う。空気が違う。
そんな中。
バサバサと急に音を立てて、大きなフクロウが飛び立つのをみて、二人はびっくりして思わず走り出してしまった。ハサンはフクロウよりも、それまで落ち着いていたバステトが急に走り出した方に驚いていたのだけれど。
◇◇◇◇◇◇
あまりにも慌てて逃げ出したため、二人はいつもの道から外れてしまい、迷子になってしまっていた。
『ねえさま、まよっちゃった?』
『迷ったけど、大丈夫。どうしてもダメだったら、大人の人に連れ帰ってもらおう。その時は、私だけが怒られるから、ハサンは大丈夫だぞ』
『ぼくもいっしょにおこられます』
『ハサンは頼もしいな』
バステトは、幼いハサンの頭を撫でてくれた。
夜の庭園は、子供の自分達にとってどれほどおそろしいものだっただろうか。それでも、姉は、ハサンのなかで英雄で頼りになる存在だった。
手の中のお互いの温もりだけを頼りに歩き続けると、間もなく、灯りとあばら家が見えてきた。
二人はほっとして灯りに向かって走り出す。
しかし、ハサンは、御伽噺の中に出てくる盗賊の隠れ家を思い出してしまった。
『ねえさま、とうぞくのねじろじゃない?』
二人が読んでもらったおとぎ話では、森のはずれのあばら家に盗賊の根城があって、そこでは夜な夜な盗賊たちが酒盛りをし、金銀財宝を数えていたのだ。
『……うむ、その可能性はある。よし、窓から中を確かめよう』
二人は、カーテンのない窓から、そのあばら家をのぞき込んだ。
あばら家の中には、外から想像もつかないほど多くの人間がいた。
宮中で見たことのある制服のものもいれば、私服の者もいる。
そして、外まで漂ってくるお酒の匂い。中では男たちが赤ら顔で酒盛りだ。
机の上には、お金がじゃらじゃらとまき散らしてある。
とうぞくのねじろだ!
二人は、一目散に駆け出す。
その際、あばら家から、出てきた男の一人に見つかってしまった。
『おい、お前ら! ちょっと待て!』
『おい、見つけたぞ! 捕まえろ!』
後ろから追いかけてくる男達。
――きっと、ひみつをみたぼくたちをつかまえてくちをふうじるんだ
あちこちから、灯りがおいかけてくる。
捕まったら殺されてしまう。
そこからは必死でかけて、かけて、いつしか気づいたら、おばあ様の庭園についていた。
バステトは、その間一度もハサンの手をはなさなかったから、ハサンは息が切れて、とても体はつらかったけれど、そこまで怖くはなかった。
ふと、夜風に混じって、甘い、誘うような芳香が漂ってきた。
『ねえさま! はなだよ。月夜にさくはな!』
見渡すと、白い、丸いころんとした変わった形をした花が、そこかしこに植わっていた。
『おばあ様』
『どこ? おばあ様どこ? ねえさま』
バステトが何をみておばあさまと言ったのか、ハサンにはわからなかった。
しかし、間もなく、灯りと人の声が聞こえてくる。
『ハサン、こっち。おばあさまが教えてくれた。……守るから。ハサンは、私が守るから』
その声は、あまりに切実だったから、ハサンは顔をあげて、バステトを見上げた。それまで、つながれた手に安心しきっていて、ハサンはバステトがどんな顔をしているか、あまり見ていなかったのだ。
バステトは、ぼろぼろ涙をこぼしていた。
『ねえさま?』
バステトは、ハサンを連れて、大きな木のうろにハサンを隠す。
『守るから。私が守るから』
呪文のように唱えて、バステトは手をつないだままハサンを隠すようにその前に立ちふさがる。
やがて、人の声と灯りが大きくなってくる。
捕まったら……
じわりと涙が浮かんでくる。
『姫様! ハサン様! 心配しましたよ』
しかし、その声は、恐ろしい盗賊ではなく、見知った侍女の声だった。
ハサンとバステトは、その時になって初めて、灯りと人の声は、姿を消した自分たちを探すためのものだったと知ったのだった。
バステトは、ハサンを抱きしめてわんわん泣いた。
その様子にあまりにびっくりして、ハサンの方の涙は引っ込んでしまった。
ハサンは、その時はじめて、英雄のような姉もまだ子供だったのだと気づいた。
そして、しゃくりあげながら泣くバステトの頭をなでながら、これからは、この人を守るのは自分であるべきだと、心に決めてしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇
結局、自分にはバステトを守り抜く力は足りず、ケイリッヒの王子に、その役を奪われてしまった。
そんな自分が許せなくて、自分はここまで来た。
――姉さま、あの時、僕は決めてしまったのです。あなたを守るのは僕であるべきだと。あなたにかかわる全てを守るのは、僕であるべきだと。
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