『義妹に婚約者を譲ったら、貧乏鉄面皮伯爵に溺愛されました』

夢窓(ゆめまど)

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マジックバッグ大暴露の夜

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枝豆の山が崩れては積まれ、殿下のグラスが何度も満たされる。
 影たちは仕事中なので酒は口にしないが、枝豆を黙々とつまみ続けていた。

「ふふ~ん♪」
 私はもう、完全にいい調子だった。
 ビールを片手に歌い出し、食堂をぐるぐる回っていた。

「……また始まったか」
 アドレが低く呟くが、止める気配はない。
 殿下も頬を赤くして、拍手をしている。
「もっとだ! もっと歌え!」

 そのときだった。

「あ、そうだ! おにぎり食べたいなぁ~」

 私はふらふらと歩き、腰の猫ポーチをガサゴソと探る。
 すっかり酔っ払って、これが秘密のアイテムだと忘れていた。

「ほらぁ~……でろでろ~ん♪」

 ――ポンッ!
 次の瞬間、テーブルの上にほかほかのおにぎりが転がり出た。
 さらにもう一度手を突っ込むと――。

「どて焼き~♪」

 湯気を立てたどて焼きが、ずるりと皿ごと出てきた。

「…………」

 一瞬、部屋の空気が凍りつく。

 影たちは無言で目を見開き、殿下は箸を中空で止めた。
 フリードリヒも笑みを消して、じっとポーチを見つめる。

「……」
 無表情のアドレだけが淡々と呟いた。

「……秘密のアイテムを、忘れてるな」

「へへっ♪ できたて~! みんな食べましょ~!」
 私だけが上機嫌で、おにぎりをひとつひとつ配っていた。

机の上に積まれた、ほかほかのおにぎりとどて焼き。
 湯気の向こうで影たちが硬直し、殿下がぽかんと口を開ける。
 フリードリヒが低く唸った。

「……これは……メイベル、もはや隠せんぞ」

 だが当の本人は、酔っ払い顔でマイク代わりの箸を握り、
「♪~おにぎり~は~夜のおともぉ~~♪」
 と大熱唱中。

従兄の声などまるで耳に入っていない。

 代わりにアドレが無表情で口を開いた。

「……一応、手作りらしいですがね」

「……手作り……?」
 殿下と影が揃って呟く。
 フリードリヒは一瞬沈黙し――そして額に手を当てて笑いをこらえた。

「……なるほど。令嬢の“オカンアート”が、最強の秘密兵器とはな」

 その横で、メイベルはますます調子を上げていた。

「♪~枝豆ゆでて~ビール飲もぉぉ~♪」

 宴の夜は、奇妙な歌と共にさらに続いていった。

「なぁ……メイベル嬢」
酔いの残る顔で、アルバート殿下がぐいと身を乗り出した。
「俺も欲しい。その……猫のポーチを」

「えっ……あ、そうだ! これ!」
ふらふら立ち上がった私は、猫ポーチを抱えて部屋の隅へ行き、
ごそごそと包んでいたものを取り出した。

「フリードリヒ兄様と、アドレ様の分! 茶トラと黒猫!」

 机にぽんっと置かれた、手作り感満載のオカンアート。
 フリードリヒとアドレが、同時に沈黙する。

「で、ですねっ……これが使い方です!」
私は顔を赤くしながらも、酔った勢いで得意げに説明を始めた。

「まずですね~、入れたいものの角をちょっと入口に入れると……
 スルッと入りますっ!」
皿の端を押し当てると、すぽんっと消える。

「ほらっ! お皿も! 服も! クリーン機能付き!」
親指をぐっと立てて、まるでテレビショッピングの販売員。

「出すときは、こうやって中をつまんで~、イメージしたものを取り出すんです!」
ぴかぴかの皿が、するりと出てきた。

「忘れちゃったときは逆さに振ると、全部出ますから安心! ほらぁ~!」
――どさどさどさっ!
枝豆の殻、鍋、食器が一斉に机へ散らばった。食品はちゃんと正しい位置にセットされる。

「……」
フリードリヒは目を伏せて笑いをこらえ、アドレは無表情のまま片付けを始める。
アルバート殿下は、ぽかーんと口を開けて見つめていた。

「えへへっ……すごいでしょ? ね、すごいんですよ?」
酔っ払いメイベルは、頬を赤らめながら胸を張ってみせた。

 ――まるで、掃除機売り込みのテレビ販売員のように。


歌って、騒いで、最後におにぎりを配ったあと――。
 私はソファの上にごろんと転がり、そのまま夢の世界へ。

「すぅ……すぅ……」
 頬を赤くして、すやすや眠る。

 部屋には静けさが戻った……かに見えたその時。

「……ヘンテコ猫、俺も欲しいっ!」
 アルバート殿下が、子供のように拳を握って叫んだ。

「殿下……」
 影が苦々しく眉を寄せるが、殿下は真剣そのもの。
「俺もだ! あの猫ポーチが欲しい!」影も叫ぶが、酔っ払いは、起きない。

 その横で。

「……」
 フリードリヒが茶トラ猫ポーチを、こそこそと腰に下げる。

「……」
 アドレも黒猫ポーチを、何食わぬ顔で帯に結びつけた。

 威厳ある公爵家の後継者と、鉄面皮と呼ばれた青年が――
 そろって、オカンアート猫ポーチをつけている姿。

「……誰にも見られんようにな」
 フリードリヒがぼそりと呟き、アドレが無言で頷いた。

 すやすやと眠るメイベルは、それを知らずに笑みを浮かべて寝息を立てていた。

(翌朝の大混乱)

 まぶしい朝の光。
 私は重い頭を押さえながら、布団の上でごろごろ転がった。

「……うぅ~、のど乾いた……」

 枕元に置かれていた封筒を見つける。
 差出人は――アルバート殿下。

「……?」
 震える手で開くと、そこにはたった一行。

『猫のポーチ、どうしても欲しい』

「……は、はぁぁぁ!?!?」
 私は跳ね起きた。

「なんで!? なんで殿下が知ってるの!?
 ポーチは秘密の……! あ、あれ? いつ私……渡した!? いや、渡してないでしょ!? あああーー!」

 髪をわしゃわしゃとかき乱して絶叫する私の横で、アドレが静かに朝食の準備をしていた。

「……だから言っただろう。
 私と二人の時以外は飲むな、と」

「ひぃぃぃ……」
 膝を抱えて床に転げ回る私。

 さらに目を上げると――。
 鉄面皮のアドレの腰には、黒猫ポーチ。
 椅子に置かれたフリードリヒの上着には、茶トラ猫ポーチ。

「……っ!? えっ!? い、いつ!? わ、渡したの!?!? あああぁぁぁ~~!!!」

 私は再び上掛けに顔を突っ込み、絶望の声を上げた。
 その背後で、アドレの無表情がほんの少しだけ緩んでいた。
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