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第二章 魔獣討伐
09.聖者帰還3
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「……本当に聖者様、なんですか?」
「そうです、生きてます!」
「でも死んだような顔よ……こんな昼間に出てくるほどお腹を空かせて死んでしまったのかもしれないわ」
「元々細っこい聖者様だからね、それもあるかもしれないね。しょうがない、残ってるパンとスープを供えれば成仏してくれるだろうから、さっさと皿に盛っておやり」
調理長の妻である肝っ玉母さんな婦人が見習い調理師に指示を出す。ガタガタ震えた調理師がお皿にスープを盛り、パンと一緒にトレイに乗せてくれた。
「ありがとう、助かります。ここで一緒に食べてもいいですか?」
「成仏してくれるんだったらどこで食べてくれてもいいさ。あたしの隣にでも座んな」
パンパンと婦人が自分の隣の場所を叩いてくれたので、遠慮なく腰掛けスープをスプーンで掬う。水っぽいシチューだが、真柴にとってはこの上ないご馳走だ。
一口含むと温かさが胃にじんわりと染み渡る。空きっ腹に飲むスープの心地よさにホッとして次から次へと掬っていく。
その場にいた誰もが驚いた顔で真柴の食べっぷりを凝視しているとも気付かずにすぐにスープを飲み干すと、次はパンに手を伸ばす。ジャムもバターもないので、神殿で出される硬いパンは苦手だったはずなのに、水を片手にどんどんと喰い千切っていけばあっという間にトレイの上は皿だけになった。
寂しく皿を見つめ、卑しく上目遣いで訊ねた。
「……すみません、お代わりってありますか?」
お皿を差し出せば、若い調理師は大げさに頭を上下に振って、すぐに皿を奪って注ぎに行った。先程と同量のスープに、今度はパンが二つ渡され、真柴はほくほく顔で飲んでいく。水っぽくミルクの味はあまりしないが、それでも細かく刻んだ野菜の甘みがたっぷりと出ているスープは美味しく、食べても食べても次が欲しくなる。
みっともないと思う一方で、腹が減っていないのにどうしても食べたいのだ。
まるで何かに取り憑かれたように。
長期間食事をしていない人間は、突然食べ始めると死んだり吐いたりするらしいが、真柴にはそれが全くなかった。
二杯目、三杯目とお代わりをし続け、鍋に残ったスープを全部平らげては、夜の分のパンまで食べてしまった。
「あー、やっとお腹いっぱいになりました。ありがとうございます」
少し膨れた腹を撫でペコリと調理場の皆に頭を下げれば、驚いた顔の後に婦人がいたいくらいに背中を叩いてきた。
「あんた、こんなに食べる人だったのかい。言ってくれりゃもっと作ってあげるから今度からは遠慮するんじゃないよ。神殿の人たちは肉を食べないけれど、言ってくれたら買ってくるからね」
本当に見た目通りの肝っ玉母さんっぷりに笑って頭を下げれば「普段からそうやって笑ってた方が良いよ」とまた痛いくらいに背中を叩く。
「こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べたのは久しぶりです」
美味しいという言葉に若い調理師も手伝いの女性もビックリした顔をする。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。今晩も楽しみにしな、もっと美味しいものを食べさせてあげるよ」
「ありがとうございます。すみません、お邪魔しちゃって。ごちそうさまでした」
ペコリと頭を下げてからトレイを流しに持っていき、調理室を出た。
こんなにも満たされたのはいつぶりだろうか。
高校時代から同級生よりも食が細く、ダイエット中の女子かと揶揄われるほどだったし、大学に進学してからは研究に夢中になって食事を抜くこともしばしばだったように思う。
成人してからちゃんと食べたのは今日が初めてかもしれない。
「美味しかったな……夜も楽しみにしよう」
ほくほく顔で部屋に戻ると、人だかりができていた。
「あれ、どうしたんですか?」
「聖者が消えたらしい……って……うわっ! 大司教、ここに、ここに聖者がいます!」
人だかりが一斉に振り向き、まじまじと真柴を見た後、悲鳴を上げた。先程の調理場の面々と同じように。
「どうしたんですか……あの……」
「聖者様! どこにいってらしたんですか、皆で探したんですよ!」
部屋から飛び出してきたドゴが先程と同じ涙をたっぷりと流ししがみ付いてきた。
「ごめんね、ちょっとお腹が空いたから食堂に……皆さんも心配を掛けてすみませんでした」
ペコリと頭を下げる真柴に、だが神官たちは顔色を悪くして見つめたままだ。
(お化けじゃないんだけどな……なにをそんなに怯えているんだろう)
調理師たちも同じような表情で見つめてきたが、理由が真柴には分からなかった。
討伐から帰って何一つ変わっていないと思っているのに、周囲が向けてくる目がどれも怯えを含んで居心地が悪い。
「おやおや、お食事だったのか。それは結構。聖者よ、次の討伐の依頼が来てな、お前さんに行って貰いたいから、それまでちゃんと休むんだぞ」
大司教がいつもののほほんとした喋り方で部屋から出てきて真柴を見た。糸のような細い目を少しだけ開いて真柴を見、長い髭を摘まんで「ほっほっほっ」と笑ってから背中を叩いてきた。
「えっ、また討伐ですか? 今度はどこに行くんでしょうか?」
「さぁのぉ……それは騎士団が決めることじゃ。お前さんは着いていくだけでいいそうじゃから、ゆっくりとしてくればよい」
「……はあ……」
前回の討伐とは違って気楽な旅なのかもしれない。
曖昧な返事をすればまた「ほっほっほっ」と笑って大司教室へと戻っていった。
恐怖を纏った表情の神官たちも互いの顔を何度か見合わせてから、大司教に続いていく。
しっかりと真柴を避けて。
「……皆さんどうしたんだろう……何かあったのかな?」
「そうですね……オレには分かりませんが、なんかあったんでしょうね」
ドゴも不思議そうな顔をしてチラチラ振り返りながら遠のいていく神官たちを見送る。
二人で部屋に戻り、ことの顛末を聞いた。
ずっと眠っていた真柴が起きたことを報告しに行ったドゴは大司教と共に戻ってきたが、どこにも真柴の姿がないことに驚き、神殿中を神官たちと共にくまなく探したそうだ。
だが誰も調理場には来なかったなとぼんやりと思う。
不思議なところだ、神殿は。
もしかしたら、真柴の常識とはかけ離れた組織なのかもしれない。
勝手に納得して、満腹の腹をさすった。
鍋の半分ほどのスープと十個以上のパンを平らげたはずだというのに、真柴のお腹はなにもなかったように変わらずへこんでいる。それもまた不思議で、自分があんなにも食べられたのが不思議で、でも今までにないほど満ち足りている。
「ずっと眠っていたから食事が大変じゃなかったんですか?」
「いやそうでもないんだ。調理場でたくさん食べさせて貰ったから、もう大丈夫。ところで今って何時なんだろう」
「間もなく昼ですね。聖者様が起きられたのが朝食から一刻経ったくらいですから」
そうか。ではこの後の時間をどう過ごそうか。
大司教が再び討伐が行われると言っていたが、またローシェンに会えるだろうか。
眠る前にあの綺麗な目を思い出していたから真柴は嬉しくなる。
「討伐までにちょっとでも体調を戻さないといけないな。これから昼の時間に散歩をして体力を付けたいんだけど、付き合ってくれないか、ドゴ」
次は迷惑をかけないようにしなくては。ずっと部屋に籠もっているのではなく、運動をして体力を付けなければと使命感に燃える。
「いいですね。じゃあオレ、良さそうな場所を皆から聞いてきますね」
あんなに泣いていたのが嘘のように輝かんばかりの笑顔を浮かべ、ドゴが元気よく部屋から飛び出していった。
――討伐。
前回は騎士団の誰も怪我をしなかったが今度もそうなればいい。
そして多くの魔獣を倒せればと願ってしまうのだった。
「そうです、生きてます!」
「でも死んだような顔よ……こんな昼間に出てくるほどお腹を空かせて死んでしまったのかもしれないわ」
「元々細っこい聖者様だからね、それもあるかもしれないね。しょうがない、残ってるパンとスープを供えれば成仏してくれるだろうから、さっさと皿に盛っておやり」
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「ありがとう、助かります。ここで一緒に食べてもいいですか?」
「成仏してくれるんだったらどこで食べてくれてもいいさ。あたしの隣にでも座んな」
パンパンと婦人が自分の隣の場所を叩いてくれたので、遠慮なく腰掛けスープをスプーンで掬う。水っぽいシチューだが、真柴にとってはこの上ないご馳走だ。
一口含むと温かさが胃にじんわりと染み渡る。空きっ腹に飲むスープの心地よさにホッとして次から次へと掬っていく。
その場にいた誰もが驚いた顔で真柴の食べっぷりを凝視しているとも気付かずにすぐにスープを飲み干すと、次はパンに手を伸ばす。ジャムもバターもないので、神殿で出される硬いパンは苦手だったはずなのに、水を片手にどんどんと喰い千切っていけばあっという間にトレイの上は皿だけになった。
寂しく皿を見つめ、卑しく上目遣いで訊ねた。
「……すみません、お代わりってありますか?」
お皿を差し出せば、若い調理師は大げさに頭を上下に振って、すぐに皿を奪って注ぎに行った。先程と同量のスープに、今度はパンが二つ渡され、真柴はほくほく顔で飲んでいく。水っぽくミルクの味はあまりしないが、それでも細かく刻んだ野菜の甘みがたっぷりと出ているスープは美味しく、食べても食べても次が欲しくなる。
みっともないと思う一方で、腹が減っていないのにどうしても食べたいのだ。
まるで何かに取り憑かれたように。
長期間食事をしていない人間は、突然食べ始めると死んだり吐いたりするらしいが、真柴にはそれが全くなかった。
二杯目、三杯目とお代わりをし続け、鍋に残ったスープを全部平らげては、夜の分のパンまで食べてしまった。
「あー、やっとお腹いっぱいになりました。ありがとうございます」
少し膨れた腹を撫でペコリと調理場の皆に頭を下げれば、驚いた顔の後に婦人がいたいくらいに背中を叩いてきた。
「あんた、こんなに食べる人だったのかい。言ってくれりゃもっと作ってあげるから今度からは遠慮するんじゃないよ。神殿の人たちは肉を食べないけれど、言ってくれたら買ってくるからね」
本当に見た目通りの肝っ玉母さんっぷりに笑って頭を下げれば「普段からそうやって笑ってた方が良いよ」とまた痛いくらいに背中を叩く。
「こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べたのは久しぶりです」
美味しいという言葉に若い調理師も手伝いの女性もビックリした顔をする。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。今晩も楽しみにしな、もっと美味しいものを食べさせてあげるよ」
「ありがとうございます。すみません、お邪魔しちゃって。ごちそうさまでした」
ペコリと頭を下げてからトレイを流しに持っていき、調理室を出た。
こんなにも満たされたのはいつぶりだろうか。
高校時代から同級生よりも食が細く、ダイエット中の女子かと揶揄われるほどだったし、大学に進学してからは研究に夢中になって食事を抜くこともしばしばだったように思う。
成人してからちゃんと食べたのは今日が初めてかもしれない。
「美味しかったな……夜も楽しみにしよう」
ほくほく顔で部屋に戻ると、人だかりができていた。
「あれ、どうしたんですか?」
「聖者が消えたらしい……って……うわっ! 大司教、ここに、ここに聖者がいます!」
人だかりが一斉に振り向き、まじまじと真柴を見た後、悲鳴を上げた。先程の調理場の面々と同じように。
「どうしたんですか……あの……」
「聖者様! どこにいってらしたんですか、皆で探したんですよ!」
部屋から飛び出してきたドゴが先程と同じ涙をたっぷりと流ししがみ付いてきた。
「ごめんね、ちょっとお腹が空いたから食堂に……皆さんも心配を掛けてすみませんでした」
ペコリと頭を下げる真柴に、だが神官たちは顔色を悪くして見つめたままだ。
(お化けじゃないんだけどな……なにをそんなに怯えているんだろう)
調理師たちも同じような表情で見つめてきたが、理由が真柴には分からなかった。
討伐から帰って何一つ変わっていないと思っているのに、周囲が向けてくる目がどれも怯えを含んで居心地が悪い。
「おやおや、お食事だったのか。それは結構。聖者よ、次の討伐の依頼が来てな、お前さんに行って貰いたいから、それまでちゃんと休むんだぞ」
大司教がいつもののほほんとした喋り方で部屋から出てきて真柴を見た。糸のような細い目を少しだけ開いて真柴を見、長い髭を摘まんで「ほっほっほっ」と笑ってから背中を叩いてきた。
「えっ、また討伐ですか? 今度はどこに行くんでしょうか?」
「さぁのぉ……それは騎士団が決めることじゃ。お前さんは着いていくだけでいいそうじゃから、ゆっくりとしてくればよい」
「……はあ……」
前回の討伐とは違って気楽な旅なのかもしれない。
曖昧な返事をすればまた「ほっほっほっ」と笑って大司教室へと戻っていった。
恐怖を纏った表情の神官たちも互いの顔を何度か見合わせてから、大司教に続いていく。
しっかりと真柴を避けて。
「……皆さんどうしたんだろう……何かあったのかな?」
「そうですね……オレには分かりませんが、なんかあったんでしょうね」
ドゴも不思議そうな顔をしてチラチラ振り返りながら遠のいていく神官たちを見送る。
二人で部屋に戻り、ことの顛末を聞いた。
ずっと眠っていた真柴が起きたことを報告しに行ったドゴは大司教と共に戻ってきたが、どこにも真柴の姿がないことに驚き、神殿中を神官たちと共にくまなく探したそうだ。
だが誰も調理場には来なかったなとぼんやりと思う。
不思議なところだ、神殿は。
もしかしたら、真柴の常識とはかけ離れた組織なのかもしれない。
勝手に納得して、満腹の腹をさすった。
鍋の半分ほどのスープと十個以上のパンを平らげたはずだというのに、真柴のお腹はなにもなかったように変わらずへこんでいる。それもまた不思議で、自分があんなにも食べられたのが不思議で、でも今までにないほど満ち足りている。
「ずっと眠っていたから食事が大変じゃなかったんですか?」
「いやそうでもないんだ。調理場でたくさん食べさせて貰ったから、もう大丈夫。ところで今って何時なんだろう」
「間もなく昼ですね。聖者様が起きられたのが朝食から一刻経ったくらいですから」
そうか。ではこの後の時間をどう過ごそうか。
大司教が再び討伐が行われると言っていたが、またローシェンに会えるだろうか。
眠る前にあの綺麗な目を思い出していたから真柴は嬉しくなる。
「討伐までにちょっとでも体調を戻さないといけないな。これから昼の時間に散歩をして体力を付けたいんだけど、付き合ってくれないか、ドゴ」
次は迷惑をかけないようにしなくては。ずっと部屋に籠もっているのではなく、運動をして体力を付けなければと使命感に燃える。
「いいですね。じゃあオレ、良さそうな場所を皆から聞いてきますね」
あんなに泣いていたのが嘘のように輝かんばかりの笑顔を浮かべ、ドゴが元気よく部屋から飛び出していった。
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