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第二章 魔獣討伐
08.聖者帰還2
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「これで騎士団から討伐の随行依頼なんてないだろうしな……ベルマンさんもずっと呆れてたし……」
仏頂面がデフォルトのアーフェンだが、討伐の最後は本当に面倒くさそうに真柴を見ていたのを思い出す。いたたまれない気持ちで神殿に帰ってきたが、本当は謝るべきなんだろう。
「今度いつ会えるかな……」
何か考えているか分からない神官に比べて、アーフェンはわかりやすい。
ドゴのように真柴を信奉することもない分、素直に感情を顔に出すアーフェンは一緒にいて気が楽だ。それに彼の愛馬であるローシェンは本当に大人しく主人に忠実で連日真柴を背中に乗せても嫌がるそぶりすら見せなかった。
「またローシェンに会いたいな……人参みたいなのをあげると凄く喜んでくれたな」
真っ直ぐで綺麗な目を思い出せば、自然と表情が柔らかくなる。
動物はいい、裏切られたと怒ることもなければ、蔑んだ目を向けてくることもない。ただ真っ直ぐにこちらを見てくれるのは心が洗われるようで、やっと息ができたように思えた。
「ベルマンさんにお願いしたらまた会わせて貰えるかな」
作ったのではない笑みを浮かべて、美味しそうに渡した食事を食べてくれるローシェンの顔を思い出しながらまた目を閉じた。
眠れないかも知れないと思っていたが、不思議なことに瞼に力を入れ目を開けたら部屋の中が明るくなっていた。
「え……? もう朝……」
そんなはずはない。ついさっきまで蝋燭の火がなければ部屋の景色を見ることすらできなかったはずなのに。
どうしたんだろう……。
「身体が動く……良かった! これでもうドゴに迷惑をかけなくて済む」
迷惑をかけるのを本能的に回避しようとする真柴はホッと胸を撫で下ろし、床に足を下ろした。まだ討伐に着ていった衣装のままであるのに気づき慌てて着替える。
「うわっ、首の後ろ真っ黒だ……ずっと着た切り雀だったからな、洗う人に申し訳ないや」
洗濯機がないこの世界ではすべて手洗いだ。石けんのようなものがあるらしいが、それだって真柴がいた世界のものとは異なり洗浄力は低い。
こんな真っ黒になるほどの皮脂を果たして落とせるのか心配だ。
「んー、やっぱり自分で石けんでも作った方が良いのかな……たしかオリーブオイルと海藻灰でできるらしいけど、海藻灰って大量に作らないといけないんだよな」
この世界に来てまだそれほど時間が経っていない真柴では、海藻があるのかすら分からない。なにせ先日見た露天にはオリーブオイルどころか、海藻すら並んでいなかったのだから。
いくら作り方が分かっていても、材料がなければ難しい。
「アルカリ性のものを手に入れられれば、作るのは難しくないんだよな……でも洗濯石けんと手洗い石けんって同じ材料で良いのかな」
それすら分からない。
ただ本の中の知識だけを持つ真柴は自分の不甲斐なさに口角を上げてこっそり落ち込んだ。
いつだってこうだ。できもしないのにできるような気持ちになって失敗する。
「やめておこう。どうせ失敗するなら、作らない方がマシだ」
頑張って報われないならまだいい。頑張って反感を買って皆から冷たい視線を向けられるのが一番辛いのだ。ならば最初からなにもしなければ良いだけ。
真柴は着替えをいつものように洗濯物籠に入れ部屋の前に置いた。
窓を開け部屋の空気を入れ換えれば、秋の心地よい風……ではなく、凍てつくような冷たい空気が入り込み、部屋を一気に冷やす。
「なっなんだこれ!」
指先が冷えるほどの冷たさに驚き、慌てて窓を閉めた。
まさかこんなにも寒くなっているなんて……よく見れば部屋の中の小さな暖炉に火が点いている。
どういうことだ?
窓の向こうを見れば、葉を赤くしていたはずの木はさらに色を悪くした葉をいくつかくっつけているだけ。
おかしい。三日でこんなにも木の葉が落ちるなんてあり得るのだろうか。
小さなノックの後、ゆっくりと扉が開いた。
「聖者様……聖者様!」
案の定ドゴだ。
「よかった……良かったで……す……うわぁぁぁぁぁん」
「えっ、どうしたのドゴ。泣かないで」
「このまま死んじゃうのかと思いましたよーーーーっ!」
寝ているだけで死ぬわけがないのにどうしたのだろう。悲壮な表情でボロボロと涙を零す彼を落ち着かせようとその頭を撫でてみた。外にいたのだろうか、外気を含んだ髪は冷たい。
「死なないよ、安心して。それにしてもどうして急にこんなに冷えてしまったんだ? 窓を開けたらとても寒くてビックリしたよ」
この世界は一晩で景色が変わるほどの寒波が来るのだろうか。
だとしたら生活するのは大変だろうとこれからの季節の心配をすれば、ドゴが目を剥いて驚いた。
「なにを言ってるんですか……聖者様は一度起きられてから十日も目を覚まさなかったんですよっ! 平気なんかじゃありません! すぐに大司教様に報告してきます!」
「……うそ、だろ……」
討伐から戻ってきて十三日も寝ていたというのか。半月近く経てば景色が変わってもおかしくはない。
だが、なぜ?
そんなに疲れていたとは思えないし、真柴の中では瞬くほどの時間しか経っていない。ドゴに揶揄われているのかと一瞬思ったが、それにしては外の景色があまりにも進んでいて納得するしかない。
バタンと入ってきたときと異なった勢いで出て行ったドゴを見送ってもう一度、口の中で「うそ……」と呟いた。
長く眠った感覚がないだけになにを信じて良いかが分からなくなる。
じっと自分の手を見つめれば、ここに来た直後よりも少しだけ肉が削がれているように思えるが、はっきりとは分からない。
二十一世紀の日本に比べれば粗悪だが、貴重な品である鏡はトイレに行けばあるわけではない。水鏡が主流のこの世界ではすぐに自分の顔を確認することもできない。
「まあ、たいしたことはないだろう」
別に十三日間も不眠だったのではなく、寝続けていたのだからむしろ健康に良いかもしれない。
ドゴがあまりにも切羽詰まった声を上げたから一瞬驚いたが、たいしたことはないと伸びをして廊下に出た。冷たい空気が通り抜け、本当に季節が変わってしまったんだと実感して、食堂に向かって歩き出した。
そろそろ何かを食べたくなったのだ。
腹が減っているわけではないが、猛烈に食べたい意欲に駆られ食堂に入ったが、朝の時間ではなかったらしい。
「あれ……ご飯の時間じゃない? 困ったな……どうしよう」
綺麗に片付けられた食堂はその時間ではないと突きつけられいるようで、愕然とした。異様に食べたいのに、食べられないと知ると余計に食事への執着が増す。なぜだ? 今までは食事なんてお腹が満たされればそれだけで良いと思っていたのに。おかしいくらいに執着心が上がり、食べたくて食べたくて仕方ない。
「あのーすみません、何か残ってませんか?」
厨房室に顔を出し声をかければ、これから食事をしようとしているコックたちが青褪め悲鳴を上げた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、亡霊だーーーーーー!」
「ちっ違います、生きてます!」
調理長が大きな包丁を投げてこようとするのを慌てて止めて、生きていることをどう証明しようかと真柴もパニックになった。ただ食事を摂りたいのに殺されてはたまったものではない。死ぬのだったら……と変な方向に考えて慌てて別のことを考え始める。
今はなにがなんでも、食べたい。
なんでもいいから、食べたい!
「あの、パンでもいいので、何か残ってませんか? 本当はスープが一番なんですけど……」
なんでもいいと言いながら、本当に欲しいものまで口を突く。
仏頂面がデフォルトのアーフェンだが、討伐の最後は本当に面倒くさそうに真柴を見ていたのを思い出す。いたたまれない気持ちで神殿に帰ってきたが、本当は謝るべきなんだろう。
「今度いつ会えるかな……」
何か考えているか分からない神官に比べて、アーフェンはわかりやすい。
ドゴのように真柴を信奉することもない分、素直に感情を顔に出すアーフェンは一緒にいて気が楽だ。それに彼の愛馬であるローシェンは本当に大人しく主人に忠実で連日真柴を背中に乗せても嫌がるそぶりすら見せなかった。
「またローシェンに会いたいな……人参みたいなのをあげると凄く喜んでくれたな」
真っ直ぐで綺麗な目を思い出せば、自然と表情が柔らかくなる。
動物はいい、裏切られたと怒ることもなければ、蔑んだ目を向けてくることもない。ただ真っ直ぐにこちらを見てくれるのは心が洗われるようで、やっと息ができたように思えた。
「ベルマンさんにお願いしたらまた会わせて貰えるかな」
作ったのではない笑みを浮かべて、美味しそうに渡した食事を食べてくれるローシェンの顔を思い出しながらまた目を閉じた。
眠れないかも知れないと思っていたが、不思議なことに瞼に力を入れ目を開けたら部屋の中が明るくなっていた。
「え……? もう朝……」
そんなはずはない。ついさっきまで蝋燭の火がなければ部屋の景色を見ることすらできなかったはずなのに。
どうしたんだろう……。
「身体が動く……良かった! これでもうドゴに迷惑をかけなくて済む」
迷惑をかけるのを本能的に回避しようとする真柴はホッと胸を撫で下ろし、床に足を下ろした。まだ討伐に着ていった衣装のままであるのに気づき慌てて着替える。
「うわっ、首の後ろ真っ黒だ……ずっと着た切り雀だったからな、洗う人に申し訳ないや」
洗濯機がないこの世界ではすべて手洗いだ。石けんのようなものがあるらしいが、それだって真柴がいた世界のものとは異なり洗浄力は低い。
こんな真っ黒になるほどの皮脂を果たして落とせるのか心配だ。
「んー、やっぱり自分で石けんでも作った方が良いのかな……たしかオリーブオイルと海藻灰でできるらしいけど、海藻灰って大量に作らないといけないんだよな」
この世界に来てまだそれほど時間が経っていない真柴では、海藻があるのかすら分からない。なにせ先日見た露天にはオリーブオイルどころか、海藻すら並んでいなかったのだから。
いくら作り方が分かっていても、材料がなければ難しい。
「アルカリ性のものを手に入れられれば、作るのは難しくないんだよな……でも洗濯石けんと手洗い石けんって同じ材料で良いのかな」
それすら分からない。
ただ本の中の知識だけを持つ真柴は自分の不甲斐なさに口角を上げてこっそり落ち込んだ。
いつだってこうだ。できもしないのにできるような気持ちになって失敗する。
「やめておこう。どうせ失敗するなら、作らない方がマシだ」
頑張って報われないならまだいい。頑張って反感を買って皆から冷たい視線を向けられるのが一番辛いのだ。ならば最初からなにもしなければ良いだけ。
真柴は着替えをいつものように洗濯物籠に入れ部屋の前に置いた。
窓を開け部屋の空気を入れ換えれば、秋の心地よい風……ではなく、凍てつくような冷たい空気が入り込み、部屋を一気に冷やす。
「なっなんだこれ!」
指先が冷えるほどの冷たさに驚き、慌てて窓を閉めた。
まさかこんなにも寒くなっているなんて……よく見れば部屋の中の小さな暖炉に火が点いている。
どういうことだ?
窓の向こうを見れば、葉を赤くしていたはずの木はさらに色を悪くした葉をいくつかくっつけているだけ。
おかしい。三日でこんなにも木の葉が落ちるなんてあり得るのだろうか。
小さなノックの後、ゆっくりと扉が開いた。
「聖者様……聖者様!」
案の定ドゴだ。
「よかった……良かったで……す……うわぁぁぁぁぁん」
「えっ、どうしたのドゴ。泣かないで」
「このまま死んじゃうのかと思いましたよーーーーっ!」
寝ているだけで死ぬわけがないのにどうしたのだろう。悲壮な表情でボロボロと涙を零す彼を落ち着かせようとその頭を撫でてみた。外にいたのだろうか、外気を含んだ髪は冷たい。
「死なないよ、安心して。それにしてもどうして急にこんなに冷えてしまったんだ? 窓を開けたらとても寒くてビックリしたよ」
この世界は一晩で景色が変わるほどの寒波が来るのだろうか。
だとしたら生活するのは大変だろうとこれからの季節の心配をすれば、ドゴが目を剥いて驚いた。
「なにを言ってるんですか……聖者様は一度起きられてから十日も目を覚まさなかったんですよっ! 平気なんかじゃありません! すぐに大司教様に報告してきます!」
「……うそ、だろ……」
討伐から戻ってきて十三日も寝ていたというのか。半月近く経てば景色が変わってもおかしくはない。
だが、なぜ?
そんなに疲れていたとは思えないし、真柴の中では瞬くほどの時間しか経っていない。ドゴに揶揄われているのかと一瞬思ったが、それにしては外の景色があまりにも進んでいて納得するしかない。
バタンと入ってきたときと異なった勢いで出て行ったドゴを見送ってもう一度、口の中で「うそ……」と呟いた。
長く眠った感覚がないだけになにを信じて良いかが分からなくなる。
じっと自分の手を見つめれば、ここに来た直後よりも少しだけ肉が削がれているように思えるが、はっきりとは分からない。
二十一世紀の日本に比べれば粗悪だが、貴重な品である鏡はトイレに行けばあるわけではない。水鏡が主流のこの世界ではすぐに自分の顔を確認することもできない。
「まあ、たいしたことはないだろう」
別に十三日間も不眠だったのではなく、寝続けていたのだからむしろ健康に良いかもしれない。
ドゴがあまりにも切羽詰まった声を上げたから一瞬驚いたが、たいしたことはないと伸びをして廊下に出た。冷たい空気が通り抜け、本当に季節が変わってしまったんだと実感して、食堂に向かって歩き出した。
そろそろ何かを食べたくなったのだ。
腹が減っているわけではないが、猛烈に食べたい意欲に駆られ食堂に入ったが、朝の時間ではなかったらしい。
「あれ……ご飯の時間じゃない? 困ったな……どうしよう」
綺麗に片付けられた食堂はその時間ではないと突きつけられいるようで、愕然とした。異様に食べたいのに、食べられないと知ると余計に食事への執着が増す。なぜだ? 今までは食事なんてお腹が満たされればそれだけで良いと思っていたのに。おかしいくらいに執着心が上がり、食べたくて食べたくて仕方ない。
「あのーすみません、何か残ってませんか?」
厨房室に顔を出し声をかければ、これから食事をしようとしているコックたちが青褪め悲鳴を上げた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、亡霊だーーーーーー!」
「ちっ違います、生きてます!」
調理長が大きな包丁を投げてこようとするのを慌てて止めて、生きていることをどう証明しようかと真柴もパニックになった。ただ食事を摂りたいのに殺されてはたまったものではない。死ぬのだったら……と変な方向に考えて慌てて別のことを考え始める。
今はなにがなんでも、食べたい。
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