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第三章 二度目の討伐の不幸
03.聖者、万事休す
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ローシェンの背に揺られながら、前回よりは余裕を持って周囲の景色を見回した。歩くよりもずっと高い位置から見える風景は木々にも空にも近くて、真柴は新鮮な気持ちでそれらを見つめていた。
背中を支えてくれるアーフェンのおかげで快適だ。
二度目の討伐に出て五日目、順調に進んでいる。
今回は野営もあり、馬車では通れない道を進むというので再びローシェンの背に跨がることとなったが、真柴は前回にない充足感で臨んでいた。
(今回は騎士団に迷惑をかけてない……良かった)
なんせ前回は途中から体調はボロボロだし、神殿に戻ってからもずと眠ってしまったくらいだった。だがこの数日は散歩を取り入れたおかげですこぶる体調が良いのだ。
夜になればまた記憶をなくすようにすぐに眠ってしまうが、日中は起きていられるようになった。
それだけでも大きな進歩だ。
なんせ日本でもデスクワークをしていた真柴は、筋肉隆々の騎士団の面々と比べて格段に落ちる。
(きっと前回も、馴れないことをしたから身体が悲鳴を上げたんだ。今回は……うん、大丈夫!)
だって食事だって長く眠った後からずっと、自分でも信じられない量を食べている。
神官たちは驚いていたが、厨房の、特に肝っ玉母さんなコック夫人は嬉しそうに色んなものを真柴の前に並べてくれるようになった。
『ずっとお祈りばかりしている神官様たちは本当に小食で食べさせ甲斐がないったらありゃしないよ』
そんな暴言を並べては、本当はこういう料理を作りたかったんだと肉をこってりと焼いたメインディッシュを皿に載せてくれる。お代わりを何度もしてやっと満たされるという不思議な身体になったが、すこぶる体調が良いのだ。
だから今回は迷惑をかけないようにとしっかり食べて眠るようにしているのだが、あまりの食べっぷりに騎士団員ですら驚愕していると真柴は知らなかった。
「今日はどの辺りまで行くのでしょうか」
こちらの地理は頭に入っていない。王都よりも西にある、ルメシア領という場所らしい。大河が流れ、肥沃な土の恵みからなる広大な農地と、高い山々に囲まれた避暑地で有名だが、同時に山に巣くう魔獣も多く、今最も深刻な被害を受けている場所である、らしい。
ドゴや大司教から聞いた話を鵜呑みにするしかない真柴は、そこがとても生まれ故郷に似ているような気がして楽しみなのだ。そして、今回は神官の随行がないと聞いて、より開放的になっている。
真柴も穏やかな田園地帯で生まれ育ち、夏はあぜ道を駆け回り、冬は雪の上を滑る、そんな日々を過ごした。東京に出てきてからだ、色んなことがありすぎて、気がつけば心が動かなくなり、端からどんどんと欠けていったのは。
(……なんで思い出しちゃうんだろうな……)
バカだなと独りごち、返事を待つ。
真柴の後ろでいかにも馬術に長けているといった美しい姿勢で、朝からずっと言葉一つ出さないアーフェンは、いつものように面倒くさそうに溜め息を吐いた。この変わらない姿勢が真柴には心地よい。きっと嘘を吐くのが下手な人だろう。同時に善人ぶって人を傷つけることをよしとしない。
不機嫌なら不機嫌と、嫌だと思ったそのまま、楽しければ全身でそれを表す真っ直ぐさが正直真柴には羨ましかった。
今も、いやいや真柴をローシェンに乗せているのだと隠しもしない。
だからすぐに返事もくれないと分かっていてただ待つのだ。
「……城へ行く……今日の宿はルメシア城だ」
「えっ……お城に泊まるんですか!?」
「城と言っても領城だ。領主であるルメシア候と、どの辺りを捜索するかを話し合わなければならない。それまでに遭遇できたなら儲けもんだがな」
なるほど、王都から目的地に着くまでの間に出会えなければさらに討伐をしなければならないのだ。手間はなるべく少ない方が良いのは確かで、この道中に出会えれば手間は省けて効率的だ。
ここはどのような敵が出てくるのだろうか。
前回のアルヘンティーノは氷や風といったなかなかに倒すのが難しそうな魔獣ばかりだったが今回も人々を困らせるだけあり、一癖も二癖もあるのだろうか。
なんとなく昔やったRPGゲームの感覚でワクワクしてしまう。
よくよく考えれば敵に属性があって、それに対して対策をするのはゲームそのもののように思える。
つい、研究で調べまくった十三世紀ヨーロッパと重ねてしまうが、ここは真柴がいたのとは全く別の世界なのだ。それこそ生き死にがとても身近で、真柴には考えられないような出来事が次々と起こっても、ここの人たちにとっては当たり前の日常なのだ。
例えば今のように目の前に魚が浮いていても……。
「えっ……魚?」
突然ローシェンが動きを止めた。
巨木が左右から覆い被さるようにしてある一本道で、周囲に水の音は聞こえない。むしろ虫や鳥の声ばかりだ。
なのに、空中に、魚が、浮いている。
あり得ない光景に真柴は慌ててアーフェンを見た。
いつもは感情を露わにしている彼が、無表情のまま魚を見つめている。
「下りろ、聖者……一人で下りられるか?」
「だ……大丈夫です、多分」
だったらさっさと下りろと手綱を持つ手が片方、外れる。そちらから下りろというのか。
真柴はそろりとローシェンの身体を伝って降り、指先の指示通り木陰に隠れる。
一匹だったはずの魚が次第に増え、ふわふわと浮きながら近づいてくる。それが一カ所に集まると視界がぐにゃりと、スライムを潰したかのように歪み始めた。
悲鳴を上げそうになった真柴は慌てて口を抑え、じっと騎士団を見つめる。
宙に浮く魚を相手にどうやって戦うのだろう、彼らは。馬に乗ったままでは難しいと思うと、アーフェンとローデシアンがそれぞれ手を上げ前から後ろに少し振った。それだけで最後尾から少しずつ馬が下がっていく。
「すご……」
たったあれだけの指示でみんなちゃんと動いてくれるなんて、統制がしっかり取れている証拠だ。無数の魚はよく見れば、背びれや尾びれが黄色いカワムツによく似ていた。ただし、ひれの色が毒々しい紫と黒のグラデーションだが。
魚が一斉に口を開けて泡を吹き出した。
すぐさま後ろの団員が団扇のような大きな紙を振り始めた。
泡はやってきた風に飛ばされ、魚にぶつかって弾ける。そのたびに魚の外皮が溶けていく。
「嘘だろ……」
吐き出した本人ですら溶けるような恐ろしいものを出すなと叫びたい。
愛らしい見た目と裏腹なその攻撃に驚くばかりだ。骨と内臓まで見えていく魚に恐ろしくなり、両手で口を塞ぎながらゆっくりゆっくりと後退していった。
怖い。
あれが僅かでも騎士団の誰かに当たれば怪我をするばかりか死んでしまう。
大きな団扇がなければすぐに……いや、人だけではない。ここまで真柴を運んでくれたローシェンすらも死んでしまうだろう。
――こわい。こわいこわいこわいっ!
この世界の人たちはこんな恐ろしいものに日々怯えて生きていかなければいけないのか。
その毒はまるで言葉となって自分の心を侵していったものたちを具現化したようにすら見えた。
逃げ出したい。けれど目の前で戦っている騎士団がいる。けれど人間の本能は恐怖に直面したとき、すぐに逃走を試みるようにできている。踏ん張ったところで身体だけではない心までも死んでしまうのだ。
それは、真柴が一番よく知っている。
ジリジリと音を立てずに後ずさり、そして何かにぶつかった。
森に茂る巨木だろうかと振り返って、今まで堪えていた悲鳴が指の隙間から突き抜けていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
人よりも大きな魚だ。あの魚たちと同じ姿で身体だけが大きくなっている。
どこを見ているか分からない目がぎょろっと真柴を捕らえる。
(逃げなきゃ!)
だが足が動かない。それどころか尻餅をついて地面に積もった枯れ葉を蹴るばかりだ。
「あ……あ……っ!」
身体を揺らし近づいてきて、真柴の前へとやってくると大きく口を開いた。
あの溶ける泡を吐き出すつもりなのだろうか。
「いやーーーーーっ!」
死ぬ、と思ったその瞬間、真柴は身体を抱き締めた。
――そこから後の記憶はなかった。
背中を支えてくれるアーフェンのおかげで快適だ。
二度目の討伐に出て五日目、順調に進んでいる。
今回は野営もあり、馬車では通れない道を進むというので再びローシェンの背に跨がることとなったが、真柴は前回にない充足感で臨んでいた。
(今回は騎士団に迷惑をかけてない……良かった)
なんせ前回は途中から体調はボロボロだし、神殿に戻ってからもずと眠ってしまったくらいだった。だがこの数日は散歩を取り入れたおかげですこぶる体調が良いのだ。
夜になればまた記憶をなくすようにすぐに眠ってしまうが、日中は起きていられるようになった。
それだけでも大きな進歩だ。
なんせ日本でもデスクワークをしていた真柴は、筋肉隆々の騎士団の面々と比べて格段に落ちる。
(きっと前回も、馴れないことをしたから身体が悲鳴を上げたんだ。今回は……うん、大丈夫!)
だって食事だって長く眠った後からずっと、自分でも信じられない量を食べている。
神官たちは驚いていたが、厨房の、特に肝っ玉母さんなコック夫人は嬉しそうに色んなものを真柴の前に並べてくれるようになった。
『ずっとお祈りばかりしている神官様たちは本当に小食で食べさせ甲斐がないったらありゃしないよ』
そんな暴言を並べては、本当はこういう料理を作りたかったんだと肉をこってりと焼いたメインディッシュを皿に載せてくれる。お代わりを何度もしてやっと満たされるという不思議な身体になったが、すこぶる体調が良いのだ。
だから今回は迷惑をかけないようにとしっかり食べて眠るようにしているのだが、あまりの食べっぷりに騎士団員ですら驚愕していると真柴は知らなかった。
「今日はどの辺りまで行くのでしょうか」
こちらの地理は頭に入っていない。王都よりも西にある、ルメシア領という場所らしい。大河が流れ、肥沃な土の恵みからなる広大な農地と、高い山々に囲まれた避暑地で有名だが、同時に山に巣くう魔獣も多く、今最も深刻な被害を受けている場所である、らしい。
ドゴや大司教から聞いた話を鵜呑みにするしかない真柴は、そこがとても生まれ故郷に似ているような気がして楽しみなのだ。そして、今回は神官の随行がないと聞いて、より開放的になっている。
真柴も穏やかな田園地帯で生まれ育ち、夏はあぜ道を駆け回り、冬は雪の上を滑る、そんな日々を過ごした。東京に出てきてからだ、色んなことがありすぎて、気がつけば心が動かなくなり、端からどんどんと欠けていったのは。
(……なんで思い出しちゃうんだろうな……)
バカだなと独りごち、返事を待つ。
真柴の後ろでいかにも馬術に長けているといった美しい姿勢で、朝からずっと言葉一つ出さないアーフェンは、いつものように面倒くさそうに溜め息を吐いた。この変わらない姿勢が真柴には心地よい。きっと嘘を吐くのが下手な人だろう。同時に善人ぶって人を傷つけることをよしとしない。
不機嫌なら不機嫌と、嫌だと思ったそのまま、楽しければ全身でそれを表す真っ直ぐさが正直真柴には羨ましかった。
今も、いやいや真柴をローシェンに乗せているのだと隠しもしない。
だからすぐに返事もくれないと分かっていてただ待つのだ。
「……城へ行く……今日の宿はルメシア城だ」
「えっ……お城に泊まるんですか!?」
「城と言っても領城だ。領主であるルメシア候と、どの辺りを捜索するかを話し合わなければならない。それまでに遭遇できたなら儲けもんだがな」
なるほど、王都から目的地に着くまでの間に出会えなければさらに討伐をしなければならないのだ。手間はなるべく少ない方が良いのは確かで、この道中に出会えれば手間は省けて効率的だ。
ここはどのような敵が出てくるのだろうか。
前回のアルヘンティーノは氷や風といったなかなかに倒すのが難しそうな魔獣ばかりだったが今回も人々を困らせるだけあり、一癖も二癖もあるのだろうか。
なんとなく昔やったRPGゲームの感覚でワクワクしてしまう。
よくよく考えれば敵に属性があって、それに対して対策をするのはゲームそのもののように思える。
つい、研究で調べまくった十三世紀ヨーロッパと重ねてしまうが、ここは真柴がいたのとは全く別の世界なのだ。それこそ生き死にがとても身近で、真柴には考えられないような出来事が次々と起こっても、ここの人たちにとっては当たり前の日常なのだ。
例えば今のように目の前に魚が浮いていても……。
「えっ……魚?」
突然ローシェンが動きを止めた。
巨木が左右から覆い被さるようにしてある一本道で、周囲に水の音は聞こえない。むしろ虫や鳥の声ばかりだ。
なのに、空中に、魚が、浮いている。
あり得ない光景に真柴は慌ててアーフェンを見た。
いつもは感情を露わにしている彼が、無表情のまま魚を見つめている。
「下りろ、聖者……一人で下りられるか?」
「だ……大丈夫です、多分」
だったらさっさと下りろと手綱を持つ手が片方、外れる。そちらから下りろというのか。
真柴はそろりとローシェンの身体を伝って降り、指先の指示通り木陰に隠れる。
一匹だったはずの魚が次第に増え、ふわふわと浮きながら近づいてくる。それが一カ所に集まると視界がぐにゃりと、スライムを潰したかのように歪み始めた。
悲鳴を上げそうになった真柴は慌てて口を抑え、じっと騎士団を見つめる。
宙に浮く魚を相手にどうやって戦うのだろう、彼らは。馬に乗ったままでは難しいと思うと、アーフェンとローデシアンがそれぞれ手を上げ前から後ろに少し振った。それだけで最後尾から少しずつ馬が下がっていく。
「すご……」
たったあれだけの指示でみんなちゃんと動いてくれるなんて、統制がしっかり取れている証拠だ。無数の魚はよく見れば、背びれや尾びれが黄色いカワムツによく似ていた。ただし、ひれの色が毒々しい紫と黒のグラデーションだが。
魚が一斉に口を開けて泡を吹き出した。
すぐさま後ろの団員が団扇のような大きな紙を振り始めた。
泡はやってきた風に飛ばされ、魚にぶつかって弾ける。そのたびに魚の外皮が溶けていく。
「嘘だろ……」
吐き出した本人ですら溶けるような恐ろしいものを出すなと叫びたい。
愛らしい見た目と裏腹なその攻撃に驚くばかりだ。骨と内臓まで見えていく魚に恐ろしくなり、両手で口を塞ぎながらゆっくりゆっくりと後退していった。
怖い。
あれが僅かでも騎士団の誰かに当たれば怪我をするばかりか死んでしまう。
大きな団扇がなければすぐに……いや、人だけではない。ここまで真柴を運んでくれたローシェンすらも死んでしまうだろう。
――こわい。こわいこわいこわいっ!
この世界の人たちはこんな恐ろしいものに日々怯えて生きていかなければいけないのか。
その毒はまるで言葉となって自分の心を侵していったものたちを具現化したようにすら見えた。
逃げ出したい。けれど目の前で戦っている騎士団がいる。けれど人間の本能は恐怖に直面したとき、すぐに逃走を試みるようにできている。踏ん張ったところで身体だけではない心までも死んでしまうのだ。
それは、真柴が一番よく知っている。
ジリジリと音を立てずに後ずさり、そして何かにぶつかった。
森に茂る巨木だろうかと振り返って、今まで堪えていた悲鳴が指の隙間から突き抜けていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
人よりも大きな魚だ。あの魚たちと同じ姿で身体だけが大きくなっている。
どこを見ているか分からない目がぎょろっと真柴を捕らえる。
(逃げなきゃ!)
だが足が動かない。それどころか尻餅をついて地面に積もった枯れ葉を蹴るばかりだ。
「あ……あ……っ!」
身体を揺らし近づいてきて、真柴の前へとやってくると大きく口を開いた。
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「いやーーーーーっ!」
死ぬ、と思ったその瞬間、真柴は身体を抱き締めた。
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