召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

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第五章 副団長の決意

06.岩獅子討伐3

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「きたっ! 馬車から離れろ!」

 アーフェンの合図に馭者は馬車を降り、すぐさま街道の横の木々の後ろに逃げ込む。
 今までもこうして行商たちが逃げたからか、岩獅子は後で追いかければ良いとまずは馬を襲い始めた。

 痛みに悲鳴を上げる馬の声に「すまない」と心の中で詫び、早く荷台を壊せと願う。
 肉を巻き付けたテレビン油の樽はわざと脆く作ってある。噛みつけば溢れ出すだろう。
 なにも知らない岩獅子は馬の息の根を止めると、すぐさま荷台を襲いかかった。

(まだだ……もう少し油が毛に染みついてからだ……)

 すぐに火を放ってはならない。どれほどの量を浴びてから火を放てば効果があるかも、何度も実験してきた。

(もう少し……早く全部の樽を壊せ馬鹿野郎!)

 待つのが一番忍耐がいた。決して声を上げず、ただ岩獅子が想定通りの動きをしてくれることを願うしかないのだ。
 もどかしさに動き出したいのをぐっと堪える。
 一台に複数頭の岩獅子が群がり、我先にと肉に食いついては樽を壊していく。
 そして最後の一つを壊したその時、火矢が放たれた。
 矢は岩獅子ではなく、彼らに近い地面に刺さる。だが油が染み込んでいるために一気に燃え上がった。

『ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』

 禍々しい岩獅子の悲鳴が上がり、その身体にも火が回り始める。

「やった! 近づくなよ、お前ら! 合図を上げろ!」

 各地に散らばった団員を集めるための合図である花火を上げ、岩獅子の様子を見守る。
 皮膚の下が岩のように硬い、ということ以外は知られていない岩獅子だが、火に包まれて苦しみ悶え、周囲を駆け火を消そうとしているが、毛は燃え表皮が爛れていく。

 このままでも死ぬか……そう思ったが、名にふさわしく、皮が落ちた場所からはゴツゴツとした岩のような肉が見え始めた。それでも岩獅子は駆け回り、近くにある木にぶつかっては火を消そうと転がっていく。
 この状況でも動いていることに、騎士団の誰もが驚愕した。

「普通死んでるだろ、ここまで焼いたら……」

 ぼそりと誰かが口にした言葉は、皆が胸に宿した思いだった。
 やはり一筋縄ではいかないか……。

「そろそろ水を掛けますか?」
「いや、まだだ。もっと焼いてからだ……そうでなければ岩は砕けない」

 岩を熱すれば熱するほど水を掛けたときに壊れやすくなる。
 次第に皮膚が焼かれ、岩のような肉が剥き出しになっていく。それでもまだ動き続ける岩獅子は、ついに怖ろしい顔をしてむくりと起き上がった。周囲に焼いた肉の臭いが充満し、アーフェンたちが隠れている場所を見つけることができないはずなのに、岩獅子はまっすぐに向かってきた。

「副団長!」
「まだだ! もっと焼いてからだ……くそっ、俺が囮になる。お前たちは合図があるまでとにかく待機だ!」
「なに馬鹿なことを言っているんですか! それじゃみすみす死にに行くようなものです!」

 まだ油が染み込んだ地面は火がボウボウと燃え上がり、今出ていくのは自殺行為に近い。だがここで木の中に入ってしまったら、次の動きが難しくなる。ただ燃やすことが目的ではないのだ、奴らに水を掛けなければ……。

「俺のことは心配するな。いいな、待機して合図を待て!」

 無茶をしているのは分かっている。しかもアーフェンが討伐に出るのは一年ぶりだ。熟練の団員はアーフェンがバカをしないかを心配しているだろうが、次は同じ手を使うことができないのだ。
 絶対に一回で仕留めないと……。そのためには今、木々の中に入らせては駄目だ。

「来いよ、岩獅子。まだ食い足りないんだろう? 獲物はここだぜ」

 木々の影を走り団員の元へと向かう岩獅子の後ろに回り込んで声を発した。
 人間の声にすぐさま反応し、どろどろと皮が溶けて落ちたままの岩獅子が六頭ともアーフェンを見て、向きを変えた。
 焼けたのは本当に表皮だけだ。
 あの肉の向こうはまだ変わらず動いている。
 筋肉すら焼け落ちていないのだ。

 仲間が増えるまで……熱が中に伝わるまで、とにかくこの場に縛り付けなければ!
 アーフェンは街道を走っては木々の中に逃げ、岩獅子の後ろに再び出て走り続けた。表皮がすべて焼け落ちたら、火は消えてしまうかもしれない。だからあまり岩獅子を動かさないようにする必要がある。

(くそっ後どれくらいで火が中まで通るんだ……)

 火が上がっている周囲を走り、次があるなら予備の油をさらに掛けようと誓う。
 次があるならばだ。

(こんなの何度もあってたまるか)

 一度だけで充分だ。そして検体を専門の機関に送れば新たな道が開ける。

(今粘らなくてどうするんだ……来いよ、岩獅子!)

 俺を見ろとばかりに大きなリアクションを取って注意を引き時間を稼ぐ。次第に岩獅子の動きが鈍くなっていくのが分かった。だが重い防具を身につけて動き回れば、当然体力がいつもよりも早く削がれていく。
 もう少し、あと少しだ!
 心の中で発破を掛け、視界の端で仲間が集まっていくのを確かめる。
 ローデシアンの姿もちらりとだが見ることができた。

(そろそろか……)

 六頭のうち、三頭が動けずに顔だけをアーフェンに向けるようになったが、まだ三頭は足を動かし続けている。

(いや、まだだ。もっと……奴ら全員が動かなくなるまで持ちこたえろ)

 木々の後ろでじっと行方を見守っていた団員が動き始めた。
 アーフェンの指示を待つのではなく準備を始めている。
 もう一人団員が飛び出してきた。アーフェンと交代しようとしているのはすぐに分かったが、新たな獲物を見つけて今まで静かだった三頭が足を動かし始めた。

(まずい! あっちに気を取られて……あっ!)
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