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第八章 神々の争い
02.聖者の元へ2
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彼がいたときにはいつも日が暮れる前に食べていた夕飯すら、今は腹が減ってからようやく何か摘まむくらいになってしまった。今日も作る気も起きずどうやって腹を満たそうかと思案して、放棄する。
真柴が焼いてくれたパンがひどく懐かしい。近頃はパンを焼くことすら億劫で、肉を切って野菜を摘まむばかりだ。
「はっ……なにしてんだ、俺は。ちゃんとしないとな……」
これでは待っている間に倒れてしまうなと自嘲して、ぽっかりと穴が空いた心を持て余していた。離れて初めて分かった。自分がどれほど真柴のことを想っているのか。
ドサッと力が抜けたように椅子に腰掛け、テーブルの上でギュッと手を握り合わせた。
「どうか……無事でいてくれ」
村が魔獣に襲われたときから神は信じないと誓ったはずなのに、今は祈ってしまう。彼の無事を、生きていることを。
その時だ。
小さなノックの音がした。
ハッと顔を上げたアーフェンは慌てて扉に飛びついた。
勢いよく開ければドンッと鈍い音がした。
「いったーーーーっ!」
「……なんでお前がここに居るんだ?」
勢いよく開いた扉にぶつかって尻餅をついている人間を見下ろすと、しょんぼりとした顔で傷めた額を押さえつけて見上げてきた。
「なんでって……聖者様に会いに来たんです」
ドゴは今にも泣きそうな目をアーフェンへと向けた。
最後に会った頃と変わらない不安げな眼差しで見つめられ、アーフェンは嘆息した。
「入れ」
「すみません、おじゃまします……」
手を差し伸べ、自分よりもずっと小さな身体をひょいと引き上げ立たせると、尻の部分をはたいてやり、家の中へと導いた。
真柴がいなくなってから掃除をそれほどしていない家の中はものが散乱して歩きづらいが、馴れたアーフェンはひょいひょいと躱し、かまどへと向かう。真柴が使っていたコップを手に取ろうとして、すぐに引っ込め、隣にある自分のコップに水を汲みテーブルに乗せた。
ドゴが「うわっ!」と、床に置いたままの鍋や鍬に躓きながらようやくテーブルに辿り着く。
「ベルマンさん、少しは片付けた方が良いですよ……これじゃあ聖者様が転んじゃいます」
「……そうだな。どうしてここに来た」
椅子にちょこんと座るドゴの前にコップを置き、向かいの椅子に腰掛けてじっくりとその姿を見た。
二年前に王都で別れてから久しぶりに会うドゴは、かつてと変わらないそばかすを浮かべた顔に、当時を思い出す。
まだ真柴の内面を知る前だ。
あの頃は聖者というだけで、騎士団の敵ではないかと勝手に不信感を抱き、執拗に辛く当たった自分がいた。
いくら騎士団が自分の家であり家族のような存在だったとしても、真柴は何も悪くないというのに。思い出して忸怩たる思いに苛まれる。あの頃から真柴を大事にしていたなら、もっと早くに彼の不調に気付いていたし、もっと早くに随行を止めていただろう。
けれど過去は変えられない。
ドゴは命を削って倒れた真柴をずっと介護してくれた恩人だ。
もてなそうと思っても、この家には何もない。
「飯は食ってきたのか? ……って聞いても、出してやれるのは干し肉くらいだけど」
夕食の時間をとうに過ぎても、テーブルに並べてやるものすらない。
「気にしないでくださいっ! 俺、聖者様の様子を見に来ただけなんで」
「そうか。すまない、今ここにはいないんだ」
「そうだったんですね……でも、ベルマンさんに会えて良かったです。お元気そう……ではないですね」
蝋燭の下でも分かるほどに顔色が悪いのか、ドゴは形式張った挨拶の延長をあえて濁した。
「そうか? 俺は元気だぞ」
「でも……怖い顔をしてますよ」
アーフェンは自分の頬に触れてみた。真柴がいた間はまめに剃っていた髭を、彼がいなくなったあの日から願掛けで剃らなくなったせいで随分と伸びただけだろうと笑おうとして、笑えなかった。
どうしてもドゴを目にすれば真柴を思い出す。
頻繁にローシェンに会いに来ていた真柴に随行していた彼を。寝台に横たわって眠る真柴の横にいた彼を。
最後の随行では共に馬車に乗っていたことまで思い出して……じっとドゴの顔を見つめた。
あの日と変わらない顔が驚いたようにこちらに向けられた。
――おかしい。
なにかを自分は見落としているような気がする。それがなにか、探そうと目をドゴに向けたまま、ここしばらく動かすことのなかった頭を回転させた。
「どうしてここに来た」
「どうしてって……ここに聖者様と住んでいると教えてくれたじゃないですか」
ドゴは笑いながら水を口にした。けれどコップを下ろしても、喉仏が上下しない。
「この場所を知っているのはカナリオ先生だけだ。馬車を燃やしたあと、お前には会っていないはずだ」
真柴が焼いてくれたパンがひどく懐かしい。近頃はパンを焼くことすら億劫で、肉を切って野菜を摘まむばかりだ。
「はっ……なにしてんだ、俺は。ちゃんとしないとな……」
これでは待っている間に倒れてしまうなと自嘲して、ぽっかりと穴が空いた心を持て余していた。離れて初めて分かった。自分がどれほど真柴のことを想っているのか。
ドサッと力が抜けたように椅子に腰掛け、テーブルの上でギュッと手を握り合わせた。
「どうか……無事でいてくれ」
村が魔獣に襲われたときから神は信じないと誓ったはずなのに、今は祈ってしまう。彼の無事を、生きていることを。
その時だ。
小さなノックの音がした。
ハッと顔を上げたアーフェンは慌てて扉に飛びついた。
勢いよく開ければドンッと鈍い音がした。
「いったーーーーっ!」
「……なんでお前がここに居るんだ?」
勢いよく開いた扉にぶつかって尻餅をついている人間を見下ろすと、しょんぼりとした顔で傷めた額を押さえつけて見上げてきた。
「なんでって……聖者様に会いに来たんです」
ドゴは今にも泣きそうな目をアーフェンへと向けた。
最後に会った頃と変わらない不安げな眼差しで見つめられ、アーフェンは嘆息した。
「入れ」
「すみません、おじゃまします……」
手を差し伸べ、自分よりもずっと小さな身体をひょいと引き上げ立たせると、尻の部分をはたいてやり、家の中へと導いた。
真柴がいなくなってから掃除をそれほどしていない家の中はものが散乱して歩きづらいが、馴れたアーフェンはひょいひょいと躱し、かまどへと向かう。真柴が使っていたコップを手に取ろうとして、すぐに引っ込め、隣にある自分のコップに水を汲みテーブルに乗せた。
ドゴが「うわっ!」と、床に置いたままの鍋や鍬に躓きながらようやくテーブルに辿り着く。
「ベルマンさん、少しは片付けた方が良いですよ……これじゃあ聖者様が転んじゃいます」
「……そうだな。どうしてここに来た」
椅子にちょこんと座るドゴの前にコップを置き、向かいの椅子に腰掛けてじっくりとその姿を見た。
二年前に王都で別れてから久しぶりに会うドゴは、かつてと変わらないそばかすを浮かべた顔に、当時を思い出す。
まだ真柴の内面を知る前だ。
あの頃は聖者というだけで、騎士団の敵ではないかと勝手に不信感を抱き、執拗に辛く当たった自分がいた。
いくら騎士団が自分の家であり家族のような存在だったとしても、真柴は何も悪くないというのに。思い出して忸怩たる思いに苛まれる。あの頃から真柴を大事にしていたなら、もっと早くに彼の不調に気付いていたし、もっと早くに随行を止めていただろう。
けれど過去は変えられない。
ドゴは命を削って倒れた真柴をずっと介護してくれた恩人だ。
もてなそうと思っても、この家には何もない。
「飯は食ってきたのか? ……って聞いても、出してやれるのは干し肉くらいだけど」
夕食の時間をとうに過ぎても、テーブルに並べてやるものすらない。
「気にしないでくださいっ! 俺、聖者様の様子を見に来ただけなんで」
「そうか。すまない、今ここにはいないんだ」
「そうだったんですね……でも、ベルマンさんに会えて良かったです。お元気そう……ではないですね」
蝋燭の下でも分かるほどに顔色が悪いのか、ドゴは形式張った挨拶の延長をあえて濁した。
「そうか? 俺は元気だぞ」
「でも……怖い顔をしてますよ」
アーフェンは自分の頬に触れてみた。真柴がいた間はまめに剃っていた髭を、彼がいなくなったあの日から願掛けで剃らなくなったせいで随分と伸びただけだろうと笑おうとして、笑えなかった。
どうしてもドゴを目にすれば真柴を思い出す。
頻繁にローシェンに会いに来ていた真柴に随行していた彼を。寝台に横たわって眠る真柴の横にいた彼を。
最後の随行では共に馬車に乗っていたことまで思い出して……じっとドゴの顔を見つめた。
あの日と変わらない顔が驚いたようにこちらに向けられた。
――おかしい。
なにかを自分は見落としているような気がする。それがなにか、探そうと目をドゴに向けたまま、ここしばらく動かすことのなかった頭を回転させた。
「どうしてここに来た」
「どうしてって……ここに聖者様と住んでいると教えてくれたじゃないですか」
ドゴは笑いながら水を口にした。けれどコップを下ろしても、喉仏が上下しない。
「この場所を知っているのはカナリオ先生だけだ。馬車を燃やしたあと、お前には会っていないはずだ」
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