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10 大好きな飼い主――私の選択
しおりを挟む「あ、お断りします。私、番じゃないけど一緒になりたい大切な人が既にいるので」
気が付けば私は即答していた。
……それで分かった。飼い主のことは大好きだし、思い出してしまった以上、恩返しがしたいとも思う。でも、恋愛感情は欠片もなかった。
思い出した前世の記憶。大好きな――助けてくれた飼い主。命を助けてもらったのに、彼の最期には立ち会えなかった。当時私は獣人でもなく、ただの猫だったから私がいたところで何かが変わったかは分からないけれど、そのことだけが心残りだったのだ。
でも、今の私は獣人だし、自分の気持ちを言葉にできる。
「領主様に対して、恋愛感情はありません。でも、病気や事故で倒れた時には助けてあげたいです。見たところ、使用人の手が足りていないようですね。掃除が行き届いていないし、お屋敷は広いのに人があまりいません。これではいざというとき心配です」
「いやはや、これは恥ずかしいところを見られてしまったな。実は――円満に別れたとはいえ、妻と離縁をしてから人間の使用人から見放されてしまってね……」
領主様の領地では獣人差別が少ない――とはいえ、まったくない訳ではない。元々、領主様がお生まれになってからそのあたりの改革が始まったのだ。
先代から務めていた人間の中には、そのことに不満を持っていた者も居たらしい。そんな中、周囲の反対を押し切り獣人と婚姻し――あげく逃げられ――我慢の限界がきたようだ。
「そもそも王都に近いとはいえ、かなり小さな領地だからね。獣人が多いことを理由に継ぐのを躊躇する親族に継がせる気もない。妻と離縁してから再婚する気もなかったし、私の死後はそのまま領地を国に返納する予定だったんだ。安定とは程遠いし、勤め先としてはあまり良い条件とは言えないからね……辞めていく者を引き止めることはできないよ。君にも無理を言って悪かった。つい、寂しさから欲が出てしまったようだ。君が幸せそうで安心したよ。どうか、さっき言ったことは忘れてくれ。お相手の方とお幸せに」
そう言って、領主様は寂しそうに笑った。
「いえ。あの、それでですね。愛する人がいるので領主様と結婚はできませんが、こちらで働かせてもらえませんか?」
「……え?」
「恋愛感情はありませんが、領主様を前世の時のように一人にしたくないんです。私、前世とは違って洗濯も料理も掃除も出来ますよ。領主様が倒れたら大声で人を呼ぶことだってできます。だから、メイドとして雇ってください。あ、勿論お給金はいただきますけど――どうですか?」
パチパチと。隈のある目を瞬いて、領主様は吹き出した。
「あっはっは! 見た目は変わったけれど、根っこの強さは変わらないね。花壇で見つけた時は弱っていたけれど、エサをあげた時のあの食べっぷりを見たら何が何でも生き抜いてやるって強さを感じたよ。そして、私がいくら家猫にしようと努力をしても、何度でも逃げ出した頑固さも変わらない」
「私、前世と同じ後悔はしたくありません。お給金は……そこまで高くなくても構いませんから」
「いや、働きに見合った給料は出すよ。小さな領地とはいえ、王都に近いからそこそこの収入はある。ウチとしては人手不足で困っていたから働いてくれるなら大歓迎だ。ただし、一度プロポーズをしてしまった手前、御主人には全てを話した上で許可をもらってくるように。ああ、良ければ御主人にもウチで働いてもらいたいな。人手不足は深刻なんだ。それこそ猫の手でも借りたいくらいに……ああ、いや。これは嫌みでも皮肉でもないよ。純粋に物の例えで……いや、平等って難しいな」
「気にしすぎですよ。あと、仕事の件はちゃんと全てを話したうえでグレイに聞いてきます」
「うん。ああ、楽しいな。自由気ままだった君と、こうして会話が出来るなんて。ウチで働いてくれれば嬉しいけど、そうでなくても、もう一度君と会えてよかった。ああ、そうそう。前世、最期は一人だったけど、私は寂しくはなかったよ。最後の最後まで、君は今頃どこで何しているかなあ、なんてぼんやり考えていたからね」
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