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9 私の飼い主
しおりを挟む「君は……。そうか、やはり……君はそうだったんだね。小さい頃からもしかして……とは思っていたんだ。『前』のようにハナコと呼んでいいかい?」
「いえ。今の私はフルールです。なので、フルールとお呼びください。……領主様」
私の飼い主は思いのほか近くにいた。私たちが幼い頃暮らしていた地域の領主様だ。他の地域では獣人が虐げられることが多いけど、この領主様の治める領地は人間と分け隔てなく扱ってくれるので獣人の人口が多かった。
領主様は猫がお好きらしく、子供だった頃には猫獣人の私達にまでやたらおやつをくれることで有名だった。私には特に優しくしてくれたような気がしていたけれど……今の反応を見ると気が付いていたのだろう。
手紙で連絡を取ると、領主様はすぐに家へと招いてくれた。
自宅の中には美しい猫獣人の絵が飾られていた。領主様の奥様らしい。私が子供の頃、猫獣人と領主様が結婚したことからお祝いムードだったのを覚えている。
「美しい毛並みの方ですね。こちらが領主様の奥様ですか?」
「ああ。『元』だけどね。番を見つけて出て行ってしまったから」
「す…っ、すいません……! 知らぬこととはいえ」
「ああ、いや。そういう習性があることを分かった上で結婚したからね。悲しくはあったけど、とっくに乗り越えているよ。恨む気持ちもないんだ。子宝には恵まれなかったし不幸な終わり方はしたけれど、幸せだったからね。私にとってはいい思い出だよ。それにほら、元妻には番との間にこんなに可愛い子供達ができたんだよ。定期的に絵姿を送ってくれてね。成長を楽しみにしているんだ。みんな素晴らしい毛並みだと思わないかい?」
そう言って、穏やかに笑う領主様は前世の姿そのままだった。惜しみない愛情をこめた目で、別れた妻が送ってくれたという絵姿を見ている。
前世。私は野良猫だった。自由気ままに生きていたけれど、ある時、他の猫とのケンカでできた傷が元で動けなくなってしまった。花壇の中で弱っていく私。
そんな時――前世、町会長だった領主様に拾われたのだ。
私が動けなくなったのは町会長の自宅の花壇だった。色とりどりのキレイなお花に囲まれて。自分の死期を悟っていたはずなのに。
町会長の懸命な治療で私は命を取り留めた。
ハナコと名付けられ、とても大切にされた。おかげで元の元気な体を取り戻した。お金も、時間もかなりかかったと思う。でも、治ると私はすぐに逃げ出した。野良猫生活が長すぎて、どうしても家の中にはとどまれなかったから。
そのくせお腹が空くと町会長の家へと帰ってご飯を貰ってた。その度に彼は家で飼おうとしてくれたけど、やっぱり隙をついては逃げ出した。
中途半端に懐いた野良猫みたいだったけど、首輪は受け入れたし、町会長には感謝をしていた。その証拠に、町会長だけにはふわふわのお腹を触らせてあげた。当時の私にしては大盤振る舞いだったと思う。
その後、突然姿を見かけなくなって――エサが用意されなくなって――ふと気が付いたら家が無くなっていたのでそういう事なのだろうと思った。
残った首輪。それだけが飼い主との絆のように思えた。
寂しいような。切ないような。でも、飼い主のことは忘れたくない――と、思っていたのを番絶ちの治療中に思い出したのだ。
「突然倒れてしまってね。私の前世はそこで終わってしまったんだ。最後まで君の面倒を見てあげられなくて悪かった。君のことだけが心残りだったんだよ」
「詳しく覚えてはいないけど……ケガはキレイに治してもらったので、多分、その後も元気に生きていたと思います。今日は、そのお礼を言いに来ました」
「そうか……。お互い、姿形は変わったけれど、こうして君の元気な姿を見ることが出来て嬉しいよ」
――でも、その毛並みは前世と変わっていないから私はすぐに気が付いたよ。君は覚えていないようだったけどね! そう言って、領主様は子供の頃のように優しく頭を撫でてくれた。その触り方が、前世のソレを思い出させて幸せな気持ちになる。
「その……事情は手紙で聞いている。番絶ちなんて、ずい分つらい思いをしたんだね。その――君さえ良ければ、ウチで暮らさないか。御覧の通り独り身だし、もしよければ今度こそ最後まで君の面倒を見させて欲しい――」
やや熱のこもった目で私を見る領主様。優しく頭を撫でる手が心地よい。
大好きだった飼い主。
失って初めてその大切さに気が付いた、前世の私。逃げ出したりせずそばに居れば未来は違ったのかもと後悔した。思い出してからもその気持ちは変わらない。
でも、私には――。
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