【完結】有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい

堀 和三盆

文字の大きさ
19 / 24

19 ヴィグルー・アルテサーノの事情 後編(ヴィグルー視点)

しおりを挟む

 それからはとにかく必死だった。
 運命の番に相応しくあろうと伯爵家の後継者教育を受けながら、婚約者のために糸を紡ぎ、布を織って自分の色に染め上げ、一針一針愛情をこめてドレスを縫い上げるのだ。

 けれど、そんな生活をしているうちに気が付いた。
 優秀で何でも器用にこなしてきたウィグルーだが、こうした慣れない作業に関しては、予想以上に不器用だったことに――

 そのせいか、完成させたドレスを贈っても婚約者家族の許しが得られず、人前で着用してもらえない。婚約者の家がドレス作りを家業にしている以上、いくら番の手作りとはいえ、あまりに完成度の低いものを娘に着させることはできないらしい。

 なので、ウィグルーが婚約者に贈ることが許されたのは、ハンカチ等の小物や、人の目に触れることのない部屋着だけだった。


『親としては、結婚前の短い間くらいは娘にオシャレを楽しませてあげたいのです』


 義両親からそんな風に言われてしまっては、ウィグルーも黙って受け入れるしかない。


 だけど、今だけだ。正式に結婚すれば、義両親の許可を得ずとも彼女に好きな物を贈れるようになる。
 好きなだけ自分が作った物で愛する運命の番を飾り立てられる。


 それを胸に、最高級の品々を婚約者にプレゼントすることで、ウィグルーはどうにか暴走しそうな獣人としての本能を抑えていた。


 やがて最愛の番と結婚して。
 手作りのドレスを贈って。
 それを喜んで着てもらえて。


 最初はそれだけで満足だった。しかし、料理人が作った食事を美味しそうに食べている彼女を見て思ってしまった。

 自分以外の者が用意した物を食べるのは我慢ならない――と。



 そうなると全てが気になった。食材、食器、調理器具。何もかも自分で用意しなければ気が済まない。

 自分が美味しいと思うものを食べさせたい。
 自分が用意した最高の物だけを運命の番に与えたい。

 願ったのはそれだけなのに、慣れない作業はどうしても時間がかかる。彼女を愛すれば愛するほどやりたいことは増えるのに、自分が動ける時間は限られている。

 もちろん日々の仕事だって手が抜けない。特に、妻の実家との共同事業は絶対に失敗するわけにはいかない。絶対にないとは思うが、娘を返せ、なんて言われたら困る。

 そこで、ヴィグルーは夜会の時間を使うことにした。たいして意味のない社交を行うくらいなら、仕事をしていた方がよっぽど有意義だ。

 本当はパルフォアとダンスを踊りたいが、そうすると周囲が彼女の美しさに目を留めてしまうかもしれない。自分の手で飾り立てた彼女を見せつけたいが、一方で誰にも見せたくない。

 傍にいるとどうしても踊りたくなってしまうから、離れているのは自分としても都合が良かった。もちろん、仕事ついでに流行の最先端を行く女性たちへのプレゼンも忘れない。宣伝が一番売り上げを左右するのだ。時間が足りない分、できるだけ効率的に動かなくてはならない。

 そうやって分刻みの生活を送っていたら、いつの間にか見知らぬ人間の男が愛する番に近づいていた。

 獣人ならばウィグルーの匂いを恐れて近寄らないはずだが、匂いに鈍感な人間は何をするか分からない。だから、念には念を入れて夜会への参加を禁止した。

 制作時間が増えたおかげで多少はドレスの品質を上げられたけれど、仕事をしないわけにはいかない。だからその間も夜会には一人で出席して、妻の実家と契約している人気テザイナーと共に、打ち合わせしたり宣伝したり、いつも通り仕事こなしていた……




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

妹の方が大事だとおっしゃる旦那様。なら妹と婚約すればいいのでは??

睡蓮
恋愛
ロンベル伯爵とセレシアは婚約関係にあったものの、ロンベルには3人の妹がおり、彼はそちらの方にばかり気をかけていた。そんなある日の事、ロンベルは一方的な理由をつけてセレシアの事を婚約破棄してしまう。そこには妹に対するゆがんだ思いがあったのであろうが、彼は後にその感情によって自らを滅ぼすことになるのだった…。

『愛に狂う香り、愛を選ぶ香り ――離婚から始まる私の香り』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
三年の結婚生活を終え、 クリスティンはついに自分の意志で離婚した。 失ったものは何もない。 あるのは、これから自分で選べる未来だけ。 祖母が遺した香りの工房、 自分だけが扱える“特別な香り”、 そして、かつて心を揺らした人たちとの再会。 香りは人を狂わせることもあれば、救うこともある。 けれどクリスティンはもう知っている。 ――どの香りをまとって生きるか決めるのは、自分。 離婚から始まるのは、 奪われない「私の香り」の旅。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

処理中です...