朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

追憶ー突然の別れー

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 それからというもの、偲様は五条家へ行くときには声をかけてくれた。法葉とは相変わらず犬猿の仲で、会うたび乱闘しているが、法華はいつも笑顔で迎えてくれていた。法華が入れてくれたお茶を飲みながら、縁側に腰掛けて他愛もない話をする。

「ところで、歳いくつなの? 法華」
「壮透や薬乃と同い年ですよ」
「えっ!?」

 てっきり年下かと思っていた私は、そこで同い年ということを知る。年下だから敬語というわけではなかったらしい。

「意外でしたか?」
「え、ええ……いつも敬語だし」

 思ったことをそのまま口から出せば、彼女は口に手を当てて小さく笑った。

「私は音属性なんですが、いい音を奏でるには、いい言葉遣いを、と親から言われてまして。とはいえ、親とも大して会ったことはないんですが……そう言っていた父も、しばらく前に捕まってしまいましたしね」
「は?」

 唐突な展開に頭がついていかない。
 なんてことはない、と言うように笑いながら、彼女は話を続けた。

「姉も、弟たちも、五条家を恐れ、父の帰りを待っていますが、おそらく無理でしょう。父という後ろ盾が居なくなった私達は、五条家にとって完全な荷物です」
「待って、何したのよ、法華たちの父は……」

 手を出して話を遮れば、彼女はこちらを見つめてきた。
 彼女は、ゆっくり話し始めた。
 法華たち姉弟は、誰も占術の能力が顕出しなかったこと。しかし占術師である父のおかげで、弟たちが双子ながらも追い出されずに、この古びた離を使わせてもらっていること。
 そんな後ろ盾となっていた父が罪にとわれたこと。 
 彼女の目から、笑みが消えた。
 口元は僅かに弧を描いているが、悲しんでいるのか、恨んでいるのか、感情は読めない。

「父という後ろ盾が無くなった私達には、もはや五条家に居場所はない。それを、偲様が繋ぎ止めていてくださっているのです。二条家の言うことには、占い以外で逆らえないのが五条家。私達の命は、偲様が繋いでくださっている」

 やっと理解できた。
 法葉があんなに偲様を慕っているのも、偲様が体調さえ良ければ、いつでもここに通っていたのも。

「そうだったのね。……大変だったわね」
「ありがとうございます、薬乃。私は、いつか十二祭冠になって、五条家を見返すのが夢なんです。父という後ろ盾がなくとも、偲様が足繁く通わずとも、自分の力で生きていけるようになりたい」

 十二祭冠。
 この国の、各属性の最高位。身分は関係なく、十二祭冠を決める属性別の祭典で、最後まで勝ち残った者がなれる、最強の十二人。

「法華、私も十二祭冠になるのが夢なのよ。一緒に頑張りましょう!」
「ええ、頑張りましょう、薬乃。属性が同じだから、波長が合ったのかもしれませんね。私達」

 微笑む彼女を見るからに、彼女は私の属性に気づいていたのだろう。

「そうだ。音尉を決める祭典で、負けたほうが勝った方の側近になるのはどう?」
「側近……いいですね、十二祭冠にはそれぞれ側近が必要と聞きますし。そうしましょう」

 彼女の手を握った。
 彼女を友人として、戦友として、好敵手として認めた瞬間だった。
 偲様が家の中から出てきて、私たちに微笑みかけてくれる。

「薬乃、法華をよろしくね。法華も、薬乃をよろしくね」
「「はい、偲様!」」

 顔を見合わせて、笑顔で頷いた。
 これが、笑顔の偲様を見た最後だった。
 そして、数日後。
 悪夢が起きる。

「偲様が……!?」

 発見されたときには、事切れていた。
 発見者は白蓮。
 最後に偲様を見たのは、夏能。
 死因は、光属性の無限増幅により、細胞が形を保てなくなったことによる、壮絶な死。骨以外は、跡形もなく消え去っていた。

「さ、偲様……」

 自害なんてできない。そう言っていたのは、だれだったか。
 いつの時代の話だったのだろう。
 いや、元々できないわけがなかったのだ。
 やろうと思えば、誰だってできたのだ。
 骨になってしまった、偲様。
 何も考えられなかった。
 偲様。
 偲様。
 偲様。

 ーー薬乃、法華をよろしくね。

 あの時には、もう決めていたのか?
 わからない。
 気がつけば、法華の元へ向かっていた。

「法華! 偲様が!」

 叫びながら、向かった離れには、先客が居た。
 よく見知った、彼。

「法華、二条家へ来ないか」
「……壮透。それは、どういう意味ですか。さっき、白蓮様も姉さまのところへ来ていました」

 訝しげに問う彼女に、壮透は少し難しい顔をして口を開いた。

「結婚しないか」
「……それが、二条家のやり方ですか? ……いえ、身に余るご提案、受けぬという選択肢はないのはわかっています」

 彼女の笑顔しか記憶にない私にとって、彼女が壮透に向けている顔は、彼女ではないような顔だった。
 嫌悪、そのものだった。

「法華。……好きにしていい。例え婚姻せずとも、五条家での身の安全は必ず約束する。こんな離れでの生活から開放するよう、伝え置く」

 そういうことか。
 偲様が居なくなった以上、この五条家に彼らの身を置いておくのが危険なのは確か。秘密裏に消されることだってありえる。
 それを、壮透は防止するために、今が機だと言わんばかりに提案しにきたのか。
 そしてその提案に、激しく嫌悪した、法華。

「……考えさせてください。姉が白蓮様に嫁ぐのは、決定事項だと、先程白蓮様が仰っているのを聞きました」
「な、兄上がそのようなことを!?」
「はい。有無は言わせない、と」

 壮透はとても驚いていた。目の前の法華の、感情のない目とは対照的で、目の前で起きていることとは思えない、残酷な風景だった。

「……すまない、兄上が、思いを踏みにじるようなことを。だが、俺は」
「すみません。……わかっています、あなたが言いたいことは。今は、一人にしてください。お引取りを」

 踵を返して、離れへ向かう法華。
 相変わらず薄汚れた法華の服を、躊躇することなく掴んだ壮透。
 法華が少しだけ、目を見開いて、顔だけ壮透に向けた。

「これだけは言わせてほしい。必ず、必ず守ると約束する。法華のことが、大切だ」
「……私も、あなたとの思い出は、憎しみで汚されたくありません」

 悲しみに濡れた彼女の目は、黄昏の色を反射して微かに輝いていた。
 酷く儚く、美しかった。

「あの頃から変わらず、想っている、法華。法華の父上のことは、必ず事実を調べる。約束する」
「私も、あなたを想わない日はありません。だからこそ、こんな形で結ばれたくはなかった。偲様が、こんなことになって、……すべてが、今は信じられません」

 ああ、この二人は、もう互いに想い合っていたのか。
 いつから。いや、そんなことはどうでもいい。
 ただ、彼女が失意の底にいるときに、掬い上げるのは私ではなかったのだと、きっと私はまた彼に負けたのだと。今、むざむざと突きつけられて、理解したのだ。

「すまない」

 法華を後ろから抱きしめる壮透が、酷く朧気に写った。
 気がつけば、私は逃げるように家へ戻っていた。
 一度に、大切な人たちを失った気がした。
 どれだけ修行しても、気がついたときには、壮透には勝てなくなっていた。足の速さも、格闘技も、力も、全て。
 そして、友を支える立場さえも。
 一番近くにいた壮透が、私が欲しいものばかりを手に入れていく。そして、壮透が遠くなっていく。

「置いてかないでよ……」

 気がついたときには、現実逃避するかのように、深い眠りについていた。

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