88 / 239
第二章 朱南国
追憶ー突然の別れー
しおりを挟むそれからというもの、偲様は五条家へ行くときには声をかけてくれた。法葉とは相変わらず犬猿の仲で、会うたび乱闘しているが、法華はいつも笑顔で迎えてくれていた。法華が入れてくれたお茶を飲みながら、縁側に腰掛けて他愛もない話をする。
「ところで、歳いくつなの? 法華」
「壮透や薬乃と同い年ですよ」
「えっ!?」
てっきり年下かと思っていた私は、そこで同い年ということを知る。年下だから敬語というわけではなかったらしい。
「意外でしたか?」
「え、ええ……いつも敬語だし」
思ったことをそのまま口から出せば、彼女は口に手を当てて小さく笑った。
「私は音属性なんですが、いい音を奏でるには、いい言葉遣いを、と親から言われてまして。とはいえ、親とも大して会ったことはないんですが……そう言っていた父も、しばらく前に捕まってしまいましたしね」
「は?」
唐突な展開に頭がついていかない。
なんてことはない、と言うように笑いながら、彼女は話を続けた。
「姉も、弟たちも、五条家を恐れ、父の帰りを待っていますが、おそらく無理でしょう。父という後ろ盾が居なくなった私達は、五条家にとって完全な荷物です」
「待って、何したのよ、法華たちの父は……」
手を出して話を遮れば、彼女はこちらを見つめてきた。
彼女は、ゆっくり話し始めた。
法華たち姉弟は、誰も占術の能力が顕出しなかったこと。しかし占術師である父のおかげで、弟たちが双子ながらも追い出されずに、この古びた離を使わせてもらっていること。
そんな後ろ盾となっていた父が罪にとわれたこと。
彼女の目から、笑みが消えた。
口元は僅かに弧を描いているが、悲しんでいるのか、恨んでいるのか、感情は読めない。
「父という後ろ盾が無くなった私達には、もはや五条家に居場所はない。それを、偲様が繋ぎ止めていてくださっているのです。二条家の言うことには、占い以外で逆らえないのが五条家。私達の命は、偲様が繋いでくださっている」
やっと理解できた。
法葉があんなに偲様を慕っているのも、偲様が体調さえ良ければ、いつでもここに通っていたのも。
「そうだったのね。……大変だったわね」
「ありがとうございます、薬乃。私は、いつか十二祭冠になって、五条家を見返すのが夢なんです。父という後ろ盾がなくとも、偲様が足繁く通わずとも、自分の力で生きていけるようになりたい」
十二祭冠。
この国の、各属性の最高位。身分は関係なく、十二祭冠を決める属性別の祭典で、最後まで勝ち残った者がなれる、最強の十二人。
「法華、私も十二祭冠になるのが夢なのよ。一緒に頑張りましょう!」
「ええ、頑張りましょう、薬乃。属性が同じだから、波長が合ったのかもしれませんね。私達」
微笑む彼女を見るからに、彼女は私の属性に気づいていたのだろう。
「そうだ。音尉を決める祭典で、負けたほうが勝った方の側近になるのはどう?」
「側近……いいですね、十二祭冠にはそれぞれ側近が必要と聞きますし。そうしましょう」
彼女の手を握った。
彼女を友人として、戦友として、好敵手として認めた瞬間だった。
偲様が家の中から出てきて、私たちに微笑みかけてくれる。
「薬乃、法華をよろしくね。法華も、薬乃をよろしくね」
「「はい、偲様!」」
顔を見合わせて、笑顔で頷いた。
これが、笑顔の偲様を見た最後だった。
そして、数日後。
悪夢が起きる。
「偲様が……!?」
発見されたときには、事切れていた。
発見者は白蓮。
最後に偲様を見たのは、夏能。
死因は、光属性の無限増幅により、細胞が形を保てなくなったことによる、壮絶な死。骨以外は、跡形もなく消え去っていた。
「さ、偲様……」
自害なんてできない。そう言っていたのは、だれだったか。
いつの時代の話だったのだろう。
いや、元々できないわけがなかったのだ。
やろうと思えば、誰だってできたのだ。
骨になってしまった、偲様。
何も考えられなかった。
偲様。
偲様。
偲様。
ーー薬乃、法華をよろしくね。
あの時には、もう決めていたのか?
わからない。
気がつけば、法華の元へ向かっていた。
「法華! 偲様が!」
叫びながら、向かった離れには、先客が居た。
よく見知った、彼。
「法華、二条家へ来ないか」
「……壮透。それは、どういう意味ですか。さっき、白蓮様も姉さまのところへ来ていました」
訝しげに問う彼女に、壮透は少し難しい顔をして口を開いた。
「結婚しないか」
「……それが、二条家のやり方ですか? ……いえ、身に余るご提案、受けぬという選択肢はないのはわかっています」
彼女の笑顔しか記憶にない私にとって、彼女が壮透に向けている顔は、彼女ではないような顔だった。
嫌悪、そのものだった。
「法華。……好きにしていい。例え婚姻せずとも、五条家での身の安全は必ず約束する。こんな離れでの生活から開放するよう、伝え置く」
そういうことか。
偲様が居なくなった以上、この五条家に彼らの身を置いておくのが危険なのは確か。秘密裏に消されることだってありえる。
それを、壮透は防止するために、今が機だと言わんばかりに提案しにきたのか。
そしてその提案に、激しく嫌悪した、法華。
「……考えさせてください。姉が白蓮様に嫁ぐのは、決定事項だと、先程白蓮様が仰っているのを聞きました」
「な、兄上がそのようなことを!?」
「はい。有無は言わせない、と」
壮透はとても驚いていた。目の前の法華の、感情のない目とは対照的で、目の前で起きていることとは思えない、残酷な風景だった。
「……すまない、兄上が、思いを踏みにじるようなことを。だが、俺は」
「すみません。……わかっています、あなたが言いたいことは。今は、一人にしてください。お引取りを」
踵を返して、離れへ向かう法華。
相変わらず薄汚れた法華の服を、躊躇することなく掴んだ壮透。
法華が少しだけ、目を見開いて、顔だけ壮透に向けた。
「これだけは言わせてほしい。必ず、必ず守ると約束する。法華のことが、大切だ」
「……私も、あなたとの思い出は、憎しみで汚されたくありません」
悲しみに濡れた彼女の目は、黄昏の色を反射して微かに輝いていた。
酷く儚く、美しかった。
「あの頃から変わらず、想っている、法華。法華の父上のことは、必ず事実を調べる。約束する」
「私も、あなたを想わない日はありません。だからこそ、こんな形で結ばれたくはなかった。偲様が、こんなことになって、……すべてが、今は信じられません」
ああ、この二人は、もう互いに想い合っていたのか。
いつから。いや、そんなことはどうでもいい。
ただ、彼女が失意の底にいるときに、掬い上げるのは私ではなかったのだと、きっと私はまた彼に負けたのだと。今、むざむざと突きつけられて、理解したのだ。
「すまない」
法華を後ろから抱きしめる壮透が、酷く朧気に写った。
気がつけば、私は逃げるように家へ戻っていた。
一度に、大切な人たちを失った気がした。
どれだけ修行しても、気がついたときには、壮透には勝てなくなっていた。足の速さも、格闘技も、力も、全て。
そして、友を支える立場さえも。
一番近くにいた壮透が、私が欲しいものばかりを手に入れていく。そして、壮透が遠くなっていく。
「置いてかないでよ……」
気がついたときには、現実逃避するかのように、深い眠りについていた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる