朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

追憶ー法華との出会いー

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 悶々と過ごしていたある日、たまたま偲様に会った。体が弱いお方で、今までもたまにお会いすることしかできなかった偲様。私は嬉しくて、偲様と理解するや否や笑顔で駆け寄った。

「偲様!」
「あら、薬乃。相変わらず元気ね」

 偲様は会うといつも頭を撫でてくれる。
 それが嬉しくて、偲様の前では幼子に戻ったかのような気持ちになるのだ。

「お体は大丈夫なんですか? 今日はどちらへ?」
「ふふ、薬乃、落ち着いて。今日は体調がいいの。……そうだ、時間ある? 一緒に来ない?」

 偲様からのお誘いなんて、有頂天になってしまう。二つ返事で答えれば、偲様は笑っていた。

「五条家に行くのよ、会わせたい人がいるの」

 五条家。
 私達一条家、二条家は、基本的に五家ならどこでも出入り自由だ。しかし、五条家は家族の中でも三条家に並ぶほど差別が酷く、家族の中でも劣悪な環境での生活を余儀なくされている者たちがいると聞く。
 五条家特有の、吉凶を占うという能力。

 私からすれば、透視のほうがよほど価値があると思うが。
 そもそも、能力の顕在の有無で優劣がつくのが気に食わない。だから五条家や三条家には、あまり近づかなかったのだが。
 黙って偲様についていけば、着いた先は五条家の古びた離れ。

「法葉、居る?」

 偲様の声が届くか否か程度の音量だったのに、引戸を開けて一目散に駆け出して来た、あまり見た目が綺麗ではない女子。いや、顔の整い方からすれば本来美人の部類に入るはずだが、服や体がなんとも汚い。それに、髪の毛もボロボロだ。

「偲様! お待ちしてました!」
「法葉、元気そうでよかったわ。法華たちも元気?」

 遠慮なく美しい装いの偲様に抱きつく、薄汚い法葉と呼ばれた子。私と同じ位だろうかと思っていると、見すぎたのか目があった。

「そちは誰じゃ」

 隠すことない嫌悪の目が突き刺さる。

「私は薬乃。偲様から誘われて一緒に来たの」
「法葉、この子は一条家の子よ。白蓮とも仲が良いわ。あなたも仲良くしてあげて」

 すこぶる気に食わなさそうな顔でこちらを睨んだあと、笑顔で偲様に向き直り、頷いた。

「薬乃、この子たちと会わせたかったの。法華も出ていらっしゃい」

 笑顔で私を見る偲様は、本当に美しかった。慈悲深く、全てを受け止め、包み込むような温かさがある。
 見惚れていると、開けっ放しの引き戸から穏やかな歩調で出てきた女。

「偲様、いつもありがとうございます」
「法華、元気そうでなによりよ」

 思わず目を瞠った。

「あんた、この前壮透と一緒にいた……!!」

 気がついたときには、口から言葉が飛び出していた。
 そして、視界が反転していた。
 鈍い痛みと、影になる視界。
 目の前には、薄汚い法葉が居た。

「妾の妹を、名以外で呼ぶでないわ」
「……っ」

 格闘技で女に負けたことはなかった。
 でも、今ならわかる。井の中の蛙だったのだ。
 そして、法華とかいう女が、私の上にいる自身の姉の肩を叩く。

「姉様、偲様の前で喧嘩はやめてください」
「……それもそうじゃな。偲様、申し訳ございませぬ」

 私の前から退くと、偲様に深々と頭を下げた。
 相変わらず笑顔は笑顔だが、少し困ったように笑っている偲様は、こちらに近づいてきた。

「薬乃、法葉がごめんなさいね。大丈夫? ここ、少し擦りむいたわね」

 法葉に押し倒されたとき、少し腕を擦りむいたようだ。全く気づかなかった。偲様が風属性で治癒してくれたおかげで、すぐに痛みは引いた。

「すみません、姉が手荒な真似を。大丈夫ですか? 私は法華と申します。私と、どこかでお会いしましたか?」

 少し離れたところで口を曲げてる法葉に構うことなく、彼女は私のところへ来た。申し訳なさそうに眉をひそめている彼女は、偲様とどこか被る。

「……平気よ。会ったことはない。偲様の弟とこの前一緒にいたわよね? 裏庭で。それを見ただけ」

 なんだか居心地が悪くなり、法華を直視できなかった。

「見ていらしたんですか。……あの時、私はあなたを探していたんですよ」
「は?」

 思わず顔を上げたことを後悔した。

「やっと、目が合いましたね」

 彼女が嬉しそうに笑っていたから。
 なんで、嬉しそうなのか。口が歪む。きっと拗ねた子供のような顔になってることだろう。

「偲様から、あなたの話をよく聞いていて。あの日、五条家の門から見える広場に、直感的にあなただと思った人影が見えて、どうしても一目会いたくて」
 
 偲様の方を見上げれば、優しいいつもの笑顔で微笑んでいた。
 偲様がどんな話をしていたのか気になるが、目の前の法華の反応を見る限りは、悪口ではなさそうだ。
 いや、偲様が悪口など言うはずがないか。

「咄嗟に追いかけたけど見失ってしまって。そもそも五条家の門の外に出たことなど、片手で足りるほどしかなかったので、道にも迷ってしまって。たまたま通りかかった壮透が助けてくれたんです」
「たまたま……」

 そうだったのか。
 てっきり逢瀬だとばかり思っていた。
 別に逢瀬だろうと、私には関係ないのだが。
 法華が差し出してきた手を、握って立ち上がる。
 法葉同様、薄汚い風貌。きっと彼女自身は美人だろうに、ろくに風呂にも、服の洗濯もさせては貰えないのだろう。

「また来てくれますか? 薬乃様」
「様はいらない、薬乃でいいわよ」
「では、薬乃」

 嬉しそうにはにかむ彼女は、野に咲いた花のようだった。
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