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第二章 朱南国
目的のための回り道
しおりを挟む私は今日も、ここへ来た。
そう、彼のもとに。最近来過ぎでは?
でも仕方ない。これが、今の私の最善の相談先だ。
「……あんた、今度は何かと思えば……ヴィーに行きたい~?? 一体どういうことよ」
相当な呆れ顔で私を見るヴィオラは、盛大なため息をついた。
卓に肘を付き、頬に手を当てながら、もう片方の手でお茶のカップを口に運んでいる。
「ヴィーの牢屋に、葉季の父親が捕まっている。話をしたい」
私の言葉を聞いた途端、彼は盛大にお茶を吹き出した。
大きくむせて、しばらく側近に背中を擦られていたが、涙目でこっちを睨むと、大声を出した。
「あんた、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、本当に馬鹿ね! ヴィーの牢屋は、国際的な指名手配犯……つまり、どうしようもないクズが行く場所なの! 簡単に会えたら逆に問題よ! ヴィーに行ったからってひょっこり会えるわけないでしょおが!!」
「それはわかってる。せめて、蕾殿と話がしたい。何か方法はない?」
「な い わ よ ! ……ないことも無いけど……」
最初はあんなに凄い剣幕だったのに、段々と大人しくなって、考える体勢を取り始めたヴィオラ。
そして、何かを思いついたのか、いつものように、不敵な笑みを浮かべて、私へ視線を移してきた。まるで私を試すかのように。
「いい? うちが確かな筋から手に入れた情報によると、どうやらマヌン、ビライト、青東、黒北は共同戦線を張ることを正式に調印したそうよ。つまり、いつになるかわからないけど、そう遠くなく……正式な宣戦布告を経て、あたしたちと戦争になるでしょうね」
「そう……向こうはやる気満々てことね」
いつかそうなるだろうとわかってはいたが、いざ目の当たりにすると、少し心が重くなる。
「今のままだと、実力は拮抗……運が悪ければ負けるわ。あたし、負け戦は絶対にしない主義なの……そこでよ! あんた、テシィの師走を口説いてきて頂戴」
「……はい?」
ーーテシィを口説くと、ヴィーに近づけるのか?
聞きたい言葉を飲み込んで、ヴィオラの次の言葉を待った。
「ヴィーは永世中立国。だけど、とはいえ国。もちろん、元々は国の中に反乱分子がいて、戦を好む奴らが蔓延っていたそうだわ。噂だけど、それらの反乱分子がテシィに行ったとか。テシィは実力派の武装集団。テシィを手懐ければ、ヴィーの蕾殿へのコンタクトも早くなるんじゃないかしら?」
「……そう」
「ん? 乗り気じゃなさそうね」
視線を卓の上に置いているカップへ移して、水面に反射する天井の模様を眺めた。
ーーヴィーの反乱分子。
そう聞くだけで。
もし戦いになったら、先の戦争で疲弊した国と重臣たちにとってすれば、かなりの負担になるだろう。
ヴィオラが言うことは尤もだ。
テシィは実力派武装集団。
仲間になれば百人力だろう。
ーーあのヴィーの反乱分子……。恐ろしく強い、蕾殿率いる、ヴィーの。
隣りにいるヴィオラは、私を試しているかのように笑っている。
情報を与えて、楽しんでいるのだろう、私がどう決断するのかを。
ーー嘘を言っているようには見えない。ヴィオラのセンナの色からも、嘘の気配はない。
ただ単純に、楽しんでいるようだ。
「……そうね。師走は冷徹な人だって聞いたことがあるけど、実際はどうなの? 今私達は戦闘にもつれ込むと、今後の来たるべき戦に耐えられなくなるわ」
私達ーー元十二祭冠達は、先の戦争後も何度か敵と戦闘になっている。
傷は回復してきているものの、師走率いるテシィを口説くのに、戦闘にはもつれ込みたくないのが本音だ。疲弊してしまう。
「そうね、朱己……あんたは戦闘を余儀なくされるかもね」
「……私は?」
「ええ。師走は、長の能力が認められないところとは、同盟は組まないからね」
にたりと笑う彼は、師走に認められる人材かどうか試したい、と顔に書いてあるように見えた。
「ストラは、テシィとは同盟ではないのでしょう?」
「ええ、うちは不可侵結んでるだけよ。互いに敵に回すつもりはないわ」
つまり、ストラ程の国が敵に回したくない相手ということだ。これで私が粗相をすれば、ストラとテシィの関係も悪くなることは、容易に想像ができる。
「……責任重大ね」
「そうよぉ。ま、あたしは師走のこと好きじゃないけど、あんたとは気が合うと思うわ」
頑張って頂戴ね、と言われては、今更後にも退けない。
頷いて、その場をあとにした。
ーーー
「……ということで……テシィに行く」
朱南に戻ってからの会合で、皆に事の経緯を伝えたが、思っていたとおり、反応は良くない。
ーー次の戦争を見据えて、仕方ないという思いもあるだろうが、できることならあまり関わりたくない国、というのが本音だろう。
「朱己、……勝算というか、見込みはあるの?」
「瑪瑙……心配しないで、と言いたいところだけど、正直出たとこ勝負ね。今朱公に、テシィへ連絡取ってもらってるところよ」
顔色こそ変えないものの、瑪瑙は心配してくれているようだ。
それは他の皆も同じようで、みな一様に口数が少ない。
私が笑顔を作ってみたところで、顔が明るくなる者が居ないことなど、百も承知だ。
「みんな、どうなるかわからないけど、テシィが味方になってくれるなら、今後戦争になっても民の犠牲は最小限で済む。出さずに済むかもしれない。それくらい、守りを固められる。私、頑張ってくるから」
「それなのだよ、朱己。わしらの悩みの種は」
意気込み、顔の前で握り拳を作ってみせた瞬間に、葉季から入った牽制は、完全に私の予想斜め上だった。
「わしらは、お主ばかりが背負わねばならんこの現状を、憂いておるのだ。とはいえ、現時点、わしらにできることがないのは……たしかだがの」
周りを見渡せば、皆先程から暗い顔のままだ。
ーーそんなことない、と言っても、火に油を注ぐようなものね。
少し俯いて、こんな時、父ならどうしたのかと考えた。
ーー信頼の厚かった父。いつも的確な指示と、明確な意思表示と、皆の納得を導く様は、まだ私にはない。
「朱己、とはいえ、だ。わしらの力量の問題、お主の負担の問題は、解決する必要があるが、国の守りが厚くなるのは願ったり叶ったりだ。どうかテシィの件は、頼む。随行の許可があれば、随行する故」
「ええ、ありがとう、葉季」
心配をかけている場合ではない。
しっかりしなければ。
そして、皆の心配に拍車をかけるように、部屋へ駆け込んできた、朱公の言葉を受け取ることとなる。
「朱己様……! 今しがた、テシィの者から返信があり、朱己様お一人でテシィへ来られるように、とのことでございました……いかがなさいますか」
「な、一人だと!? 何を考えておるのだ、他国の長を一人で自国に呼ぶなど!」
「そうですわ、何か予想打にしない展開が待ち構えているのではなくて?」
会議室が、一気に皆の不安で埋め尽くされる。
朱公は皆の声を聞きながら、私に心配そうに視線を送る。
私は彼女の視線を受け取りながら、静かに頷いた。
「皆、落ち着いて。朱公、わかった、私一人で行くわ。テシィへの道は知っているし、大丈夫。留守の間の、承認代行は葉季に任せます。皆、よろしくね」
いち早く反応した高能は、勢いよく卓を叩き立ち上がった。
「おい、てめぇ!!」
「高能! 朱己にてめぇなどと言うな! 私が許さん」
直様隣りにいた杏奈に牽制され、舌打ちしながら席に座るが、完全に怒りのスイッチが入っている。
「大丈夫、必ず無事に帰ってくる。国を少し開けるけど、皆を信じて任せる、民をよろしく頼んだわ」
私のこの一言が、皆を黙らせられることを、私は知っている。
心は痛むが仕方ない。
ーーテシィの師走。未知だ。
一人で来いと言われるということは、ヴィオラが言っていたことは、どうやら本当なのだろうと、どこか冷静に見つめる自分がいた。
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