Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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最下層 side

最下層 side:大福

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 シェルアさんがまた誰かを拾って家に連れてきた。
最初はお客さんかと思ったけど、どうやら違うみたいで、男の子からは今まで嗅いだ事のない匂いがした。
 もっとよく嗅ぎたくて近付こうとすると、シェルアさんに駄目だよと止められてしまった。 
そうして僕とよもぎは男の子が動物が苦手かもしれないからという理由で、しばらくルイスくんとマリアさんの所に預けられる事になった。
 お泊まりは嬉しいし楽しいけど、僕はあの子と仲良くなりたかったからちょっぴり不満だった。
 よもぎはよもぎで、知らない誰かが家に入ってきたのが嫌みたいだった。



 翌朝マリアさんにご飯を貰うと、いつ脱走してあの子に会おうかと考えを巡らせた。
 ご飯が貰えない危険性があるなら、やっぱりご飯の時間は避けるべきだろう。
 マリアさんは洗濯物を干すと、ルイスくんがゲームばっかりしてるのをよもぎに愚痴っていた。
 人間はいつもあの四角い機械に振り回されているような気がする。

「よもぎちゃん、大福くん、私とお散歩に行きませんか?」

 僕は耳をピンと立てて、よもぎに駆け寄った。

『散歩だって! よもぎ!』
『気分じゃないんだけど……』
『ええ……でも楽しいよ? 一緒に行こ!!』
『……仕方ないわね』
 
 よもぎは渋々立ち上がると、僕とマリアさんと一緒に近くの公園まで歩いた。
 朝の公園は散歩に出かける人が多いみたいで、僕はすれ違う度挨拶を交わした。

『あの子元気にしてるかな?』
『さあ、してるんじゃないの』
『今日こっそり会いに行こうよ!』
『駄目でしょ。また怒られるわよ』
『えーっでもよもぎも気になるでしょ!? あの子嗅いだ事ない匂いしたもん!!』

 詰め寄るとよもぎは嫌そうに僕から距離を取った。
でも絶対よもぎも気になっているはずだ。
 僕はよもぎと話をすると、通りすがりの人に可愛いと言われながら帰宅した。
 帰ってもまだルイスくんはゲームをしていて、マリアさんに注意されていた。
 僕達はマリアさんに足を拭いて貰うと、リビングに向かった。
 よもぎは疲れたのか、欠伸をしてベッドに寝そべっている。
 僕も真似して隣で寝そべると、よもぎはチラリと僕に目を向けた後、すぐに目を瞑った。
 マリアさんは冷蔵庫を開けたり閉めたりして忙しそうだ。
 うつらうつらしていると、昼ご飯のいい匂いがして、僕は目を覚ました。
 キッチンにいるマリアさんの所へ一目散に走る。

「これは人間用だから、大福くんのはちょっと待ってくださいね」

 マリアさんはそう言うと、いつものお皿にいつものご飯を盛り付けた。
 
——人間だったらあれもこれも食べ放題かあ。

 僕は羨ましく思うと、まだ寝ているよもぎを起こしに行った。
 よもぎは大きな欠伸をすると、目をパチパチ瞬かせて身体を起こした。
 みんなで一緒にご飯を食べるともっと美味しく感じたけど、ルイスくんはまだまだゲームをしているみたいだった。
 僕達が食べ終わってだいぶ時間が経ってから、ルイスくんは昼ご飯を食べにやって来た。
 マリアさんはルイスくんに色々言っていたけど、ルイスくんの耳にはあんまり入っていないようだ。
 僕はよもぎにそっと近付いた。

『ねえよもぎ! 今からあの子見に行こう!』
『なんでよ……あんたシェルアさんの話聞いてなかったの?』
『聞いてたよ!! でも気になるから行きたい! ねえお願い! 見るだけだから!!』
『……』

 小声で必死に頼むと、よもぎは何か言いたげな目をしていたけど、僕に協力して“ゲート”を開いてくれた。
 シェルアさんの家に移動すると、嗅いだ事のない不思議な匂いが洗面所の方からして、僕は匂いを辿った。
 あの子は手を洗っているようだ。
 僕はよもぎに目配せした。

『今話しかけてもいいかな?』
『……』

 聞いてみたけど、よもぎの返事はなかった。

『こんにちはっ』

 ひとまず元気よく挨拶すると、男の子は驚いた顔をして犬かと僕に聞いた。
 僕はそうだよと頷く。
 次の瞬間シェルアさんに見つかったけど、僕は開き直って男の子の匂いを嗅ぐと、一周した。
 良い匂いでも悪い匂いでもない不思議な匂いは、何処かで嗅いだ事があるような、ないようなよくわからない匂いだった。
 何の匂いか必死に考えていると、勝手にこっちに来たのをシェルアさんに軽く注意された。
 ごめんなさいと言うと、シェルアさんは仕方ないといった感じで許してくれた。
なんだかんだでシェルアさんは優しいのだ。

 男の子に名前を呼ばれて返事をすると、男の子は自分の名前をサンだと教えてくれた。さんさん太陽のサンくんだ。
 僕は差し出されたサンくんの手に前足を乗っけると、よろしくと挨拶を交わした。
するとサンくんは僕の顎の下を撫でてきて、僕はふわふわした気持ちになった。

『ちょっと大福!』

 撫でられている途中でよもぎに名前を呼ばれた。
 よもぎは僕と違って人間が好きじゃない。
 今は色んな人達に出会ってきたからよもぎも落ち着いているけど、でもまだ心の底から人間に信頼を寄せるのは難しいみたいだ。
その証拠によもぎはシェルアさんの足元に隠れると、サンくんを覗き見た。
でもサンくんはよもぎの態度に不快になる事はなくて、申し訳なさそうな顔をしていきなり家に来てごめんねとよもぎに謝罪した。サンくんは何も悪くないのに。

『ねえよもぎ、大丈夫だよ。この子悪い人間じゃないよ!』
『……」
『匂いを嗅いでみてよ! 変わった匂いだけど、そんなに悪くないよ!!』

 そう訴えると、よもぎはサンくんをまだ疑っているみたいだったけど、僕に言われた通りサンくんの周りを回って匂いを嗅いだ。
 よもぎはサンくんの手を嗅ぎ終わると、鼻を鳴らして目を逸らした。

『えぇえ……』

 僕は自分の嗅覚がおかしいと言われているみたいで、ちょっぴり悲しくなった。
 よもぎは可愛いというシェルアさんの言葉を反論しに行ったけど、シェルアさんは全く意に介していなくて、よもぎは女の子だとサンくんに紹介した。
 サンくんはよもぎをマリアさんみたいにちゃん付けして呼ぶと、僕の時みたいによろしくと言って手を差し出した。
だけどよもぎはサンくんに近付こうともしなかった。
 サンくんはよもぎに嫌われたとショックを受けている。

『もー仲良くしようよ~これから一緒に暮らすんだから~』
『それは私が決める事でしょ。口出ししないで』

 前足で頭を叩かれた。
 僕はムッとして、よもぎに軽く体当たりしたり周りをぐるぐる回って威嚇したりすると、逃げるよもぎを追いかけた。
 走っているとシェルアさんにやんわり叱られて、僕達は足を止めた。

『ちょっとくらい許してよー』

 可愛い顔をして訴えてみたけど、シェルアさんには通用しなかった。

『お馬鹿』

 よもぎに馬鹿にされた挙句、その上サンくんに笑われて僕は唖然とした。
でもサンくんの話によると、僕を馬鹿にした訳じゃなくて、僕が可愛くて笑ったらしかった。
 サンくんは僕達を賢いと誉めると、僕とよもぎはきょうだいかとシェルアさんに尋ねた。
 シェルアさんがパートナーだと答えると、サンくんは手をかざして目を細めた。
眩しいと言っていたけど、僕には意味がよくわからなくて、よもぎと一緒になって首を傾げる。
 シェルアさんは僕達と出会った時の話をサンくんにすると、よもぎにジャーキーをあげた。
 僕は走ってシェルアさんの所に行くと、くださいとおねだりした。
ジャーキーはよもぎより小さなサイズだったけど、僕はいい子だからお行儀良く食べ始めた。
 シェルアさんはサンくんに荷物の整理をしておいでと送り出すと、僕達を優しい目で見つめた。
 ジャーキーを食べ終わってよもぎと寛いでいると、二階に行ったサンくんが戻って来た。
 サンくんはシェルアさんに座るよう促されると、座って話し始めた。
 シェルアさんはマリアさんとルイスくんをサンくんに紹介するつもりらしい。
 話半分で聞いていると、途中で話が難しくなってよくわからなくなった。
 凡人も才人も僕から見ればただの人だ。
サンくんは自分が凡人なのをなんだか気にしているみたいだった。
 寂しそうな顔をしていたから、僕はサンくんを慰めようと膝の上に飛び乗る。

『どうしたの』

 そう聞きながら身体を寄せると、サンくんは僕の顎下を優しく撫でた。
そうしてサンくんは両手でいっぱい僕を撫でると、僕のお腹も撫で回した。
 撫でられるのが嬉しくて、もっともっとと頼む。
するとシェルアさんがもう仲良くなったんだと言ったから、僕はうんと返事をした。
何故かサンくんに御礼を言われたため、体勢を変えて座り直すと、欠伸を一つこぼす。
 ふとサンくんがよもぎをじっと見ている事に気付いて、僕は慌てた。

『よもぎはあげないよ!!』

 前足で叩いて訴えたけど、いまいちサンくんには伝わってなくて、僕は嘆きの声を上げた。
シェルアさんが代わりに僕の気持ちを代弁してくれて、それそれと同意する。
そしたらサンくんが、よもぎを見ていたのは僕と仲良くしていたらよもぎが嫉妬するんじゃないかと心配していたからだと説明した。
 僕はどうやら勘違いをしていたらしい。
 許して貰うにはどうしようと走り回って考えていると、いっぱい好きだと伝える方法を思い出して、僕はサンくんの顔をぺろぺろ舐めた。
 シェルアさんには叱られたけど、サンくんは仲良くなれて嬉しいと言ってくれた。やったあ!

 僕は勘違いをしたお詫びに、サンくんをボール遊びに誘った。
 ボールを渡すと僕の意図が伝わったようで、サンくんはシェルアさんに庭で遊んでいいか聞くと、スリッパからサンダルに履き替えた。
 僕はボール遊びが始まる前から楽しくて、庭を何周か走った。
 サンくんの投げたボールを取りに行って戻ってくると、早いと褒められて鼻が高かった。
もう一度投げたボールを取って戻ると、今度は背中を撫でられた。

「大福はすごいねぇ」
『でしょ!? 僕すごいんだよ!』

 僕がボールを渡す度にサンくんは僕を褒めて撫でてくれた。
いつも以上に走って跳んでを繰り返していると、約束の時間になったみたいで、僕とサンくんは名前を呼ばれた。
 サンくんに足を洗われると、濡れた足をそのまま拭かれる。
 インターホンが鳴るとマリアさんとルイスくんの声が聞こえて、僕は玄関へ走った。

「お前……ちょっとは反省しろよ」

 ルイスくんに頬を引っ張られて、マリアさんの後ろに隠れる。
 リビングに戻ると、マリアさんはサンくんに挨拶をした。
 仕事じゃないのにいつもの服を着ている事をシェルアさんに突っ込まれていたけど、マリアさんの提案らしかった。
 ルイスくんは呆れた目をマリアさんに向けている。
 服装一つで揉めるなんて人間は不便だなと思った。
 よもぎの側に行くと、よもぎはさっきのルイスくんと同じ目をしたけど怒ってはいないみたいだった。

『ボール遊び、楽しかったよ!』
『……良かったわね』

 よもぎと話をしていると、ルイスくんとマリアさんは新人のサンくんに挨拶をした。
 犬の社会でも挨拶は大事である。
 僕はちょっと離れた所で、よもぎと一緒にみんなを見守った。
 シェルアさんとマリアさんは夕ご飯の準備をするけど、ルイスくんとサンくんはゲームで遊ぶらしい。
 
……ルイスくんはゲームばっかりして飽きないのかな。

 不思議に思ったけど、僕は好きなおやつはいくら食べても飽きない事を思い出して納得した。

 よもぎと寛いでいるとキッチンからいい匂いがして、僕はシェルアさんとマリアさんのいる所へ向かった。
 二人の足元をうろついていると、マリアさんがルイスくんに僕達のご飯を頼んだ。
 定位置に座ってじっとご飯がお皿に移される様を眺めていると、よだれが出そうになって慌てて舌を引っ込める。
 サンくんに食べないのと聞かれたけど、みんなで一緒にご飯を食べるのが決まりだ。
 ルイスくんがサンくんに皆で一緒に食べるから僕達が待っている事を教えると、サンくんは驚いていた。

「ご、ごめんね」

 サンくんが謝った理由はわからないけど、僕の頭はご飯でいっぱいだったからそれどころじゃなかった。
 ひたすら待っていると、シェルアさんが召し上がれと口にした。
 僕はそれを合図にご飯を口いっぱい頬張ると、よく噛んで咀嚼した。
 みんな楽しそうに話しながらご飯を食べている。
でも僕もよもぎもご飯に夢中だった。
 美味しい物を前にしたら集中するのが礼儀である。
 僕はよく味わって食べると、ご飯が付いたお皿をバレないようにちょっぴり舐めた。

 みんなはご飯を食べ終わると、デザートを食べていた。
 後片付けを始めたルイスくんの所に行って、何かちょうだいとねだると、最近太り気味だろと言われてしまった。
 ルイスくんまでよもぎみたいな事を言わないでほしい。
 落ち込んでいると更に話を広げられて、僕は伏せの体勢になった。
 ルイスくんは太るとよもぎが怒ると僕に言ってきたけど、太らなくてもよもぎは怒っている。
 適当な返事をすると、よもぎがこっちにやって来た。

『大福!』
『ぎゃっ』

 よもぎは僕に追突すると、そのまま僕の首に噛み付いた。

『あの人間がいい人間だってまだわかんないでしょ!? 安易に近寄らないの!』
『え!? それってやきもち!?』
『馬鹿!』

 どうやらよもぎは僕がサンくんの側にいるのが気に入らなかったらしい。
それならそうと言ってくれればいいのに、よもぎは相変わらず素直じゃない犬だ。
何回か噛まれたけど、好きな子のヤキモチと思えば気にならなかった。

『聞いてるの!』
『聞いてるよー!』

 よもぎに飛び付いて愛情表現をすると、逃げようとしたため、僕はぎゅっぎゅと身体を寄せた。

『僕はよもぎがいっちばん好きだからね! 安心してね!!』
『……あっそう』

 よもぎの返事は素っ気なかったけど、多分これは照れ隠しだ。
 僕はもっと身体をくっつけて、よもぎの臭いをいっぱい嗅いだ。幸せの匂いである。
 サンくんとルイスくんは、話をしてもっと仲良くなったみたいだった。



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