Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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最下層 side

最下層 side:よもぎ

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 昨夜、シェルアさんが知らない人間を連れてきた。
それに関してはたまにある事だけど、今回はなんだか危ない感じがした。
 あの人間の匂いが未知のものだったからだ。
 可もなく不可もなく、曖昧。良いと悪いならそのあいだで、本当によくわからない匂いだった。
 大福は危機感が薄いから、あの人間に近付こうとしていた。
多分仲良くなろうだなんて考えているんだろうけど、私は仲良くなんてなりたくない。

——人間は嫌いだ。

 シェルアさん達には恩があるからまだ信用しているけど、あの人間には何もない。
 私と大福はあの人間が動物が苦手かもしれないからという理由で、しばらくの間マリアさんとルイスさんの所に預けられる事になった。
 知らない人間がいる家で過ごすのは落ち着かないため、お泊まり自体は有り難かったけど、大福が何かを企んでいるようで少し嫌な予感がした。




 マリアさんの朝は早い。
 私が起きる頃には着替えも済んでいて、朝ご飯も一人で食べたようだった。
 マリアさんは私達の朝ご飯を用意すると、洗濯物を干しにベランダに向かった。
 今日は晴れらしい。窓から差し込む光が眩しかった。
 ルイスさんはご飯も食べずにゲームをしているようで、マリアさんはいつものように愚痴を溢している。
 欠伸をすると、マリアさんはスマホを触った後私達に散歩に行かないかと誘った。
 大福がはしゃいだ様子で私に駆け寄る。
 正直気は乗らなかったけど、大福のダイエットにもいいかと思って承諾した。
 近くの公園まで一緒に歩くと、大福は愛想良く誰にでも挨拶を交わした。
 ふと大福があの子は元気にしてるかなと聞いてきて、私は適当な返事をする。
 こっそり会いに行こうと言い出した大福に駄目でしょと即答すると、大福は例の人間の匂いについて言ってきた。
 うるさい大福から離れて息をつくと、マリアさんは微笑ましそうに私達を見つめた。

『ねーよもぎー』
『駄目ったら駄目』

 そっぽを向くと大福は諦めたのか、別の話をし始めた。
 帰りは通行人に大福が可愛いと言われて得意げにしていたけど、私は触られるのが嫌いだからマリアさんから離れなかった。
 帰宅してもルイスさんはまだゲームをしていて、マリアさんが注意をした。
 マリアさんに足を拭いて貰うと、私と大福はリビングに向かった。
 少し休憩しようとベッドに横になると、大福も真似するように私の隣で横になった。
 目を瞑るといつの間にか眠ってしまった。

『よもぎー起きてー』

 大福に起こされてキッチンに向かうと、マリアさんがこっちを見て笑った。
 お昼はマリアさんと一緒に食べたけど、ルイスさんはまだゲームに夢中らしい。
 結局ルイスさんは私達が食べ終わってだいぶ時間が経った頃に、昼ご飯を食べに来た。
 マリアさんがゲームばかりしすぎとか朝ご飯も食べないでとか色々言っていたけど、ルイスさんは眠たいみたいで、あまり話を聞いていなかった。

 唐突に大福があの人間の様子を見に行こうと言い出して、私はシェルアさんの話を聞いていなかったのかと呆れた。
大福は聞いていたけど気になるから行きたいと、悪びれもなく言い切った。
 見るだけだからと言う大福に負けて、仕方なくて“ゲート”を開く。
 家の中に入ると、二人の気配を感じた。
 あの人間は洗面所の方にいるようだ。
 大福は目配せして人間に話しかけてもいいか聞いてきたけど、私は無視した。
すると大福は後の事を考えていないのか、人間に無邪気に挨拶をした。
 シェルアさんに見つかって案の定大福はやんわり叱られたけど、私は主犯じゃないから何も言われなかった。

 大福はあの人間に名前を呼ばれると、簡単に返事をした。
 あの人間はサンという名前らしく、馴れ馴れしく大福を撫でている。
 私は気持ち良さそうに撫でられている大福に苛ついて、大福の名前を呼んだ。

 純粋無垢で人を信じるのはきっと良い事なのだろう。でもそれで大福が人間に傷付けられるのは嫌だった。
 あの人間の目から逃れるため、シェルアさんの足元へと隠れる。
隙間から見えるあの人間の目に、怒りも悲しみも見えなかった。
申し訳なさそうに謝る目の前の人間がわからなくて、私はただ困惑した。
 大福はこの人間を悪い人間じゃないと言ったけど、私は信用ならなかった。
 警戒心を解かずに匂いを嗅ぎに行くと、人間の手からは石鹸の匂いが混じっていた。

——確かに変わった匂いだけど、悪くはない。

 だけどすぐ信用するかと問われれば、答えはNOだった。
 鼻を鳴らすと、大福は悲しそうな声を上げた。
 シェルアさんは都合のいい事を言っていたけど、“素直じゃなくて可愛い”は聞き捨てならなかった。
 鼻先を足に擦り付けて抗議したけど、話が通じなくて徒労に終わった。
 あの人間は私をちゃん付けで呼ぶと、よろしくと手を差し出した。
 仲良くする気はないため無視していると、大福はこれから一緒に暮らすんだから仲良くしようと余計な事を口にした。
それは私が決める事だと言い返して、前足で軽く大福の頭を叩く。
すると大福も怒ったようで、私を追いかけ回した。
 ひたすら逃げていると、シェルアさんに危ないからと叱られて足を止める。
 大福は許してよと可愛い顔を作って訴えていたけど、駄目とあっさり却下された。お馬鹿である。
 笑う人間に注目すると、慌てた様子で人間は大福が可愛くて笑ったのだと説明した。
 人間は私と大福をきょうだいかと聞いた。
 私と大福の関係を表すなら“家族”というのが一番近い答えだ。
でもシェルアさんは恥ずかしげもなく私達の関係を“パートナー”と言った。
 人間は眩しいと言って目を細めていたけど、私には意味がわからなくて、大福と一緒に首を傾げた。
 その後、シェルアさんは私達と出会った頃の話をした。
 ジャーキーを貰って味わっていると、大福が飛んで来てシェルアさんにおやつをねだった。 
 シェルアさんは人間に荷物の整理をしておいでと送り出すと、私達を優しい眼差しで見つめた。
 ジャーキーを食べ終わって寛いでいると、二階へ行った人間が戻って来た。
 ソファに座ってシェルアさんとあの人間が話を始める。
 シェルアさんはマリアさんとルイスさんを紹介するつもりらしかった。
 目を瞑ってよくわからない真面目な話を流し聞きしていると、大福があの人間を慰めに行った。
 優しいのは大福の長所だけど、信用しすぎるのは大福の短所だ。
 耳だけ傾けていると、突然大福がよもぎはあげないと人間に訴えた。

……何の事?

 あの人間は自分が大福と仲良くしたら私が嫉妬するとおかしな事を言っている。まったくもって意味がわからない。
 大福はあの人間と遊ぶらしく、庭に出ていった。

「……よもぎも外に出る?」
『いい』

 拒否すると、シェルアさんは私を抱き上げて膝の上に座らせた。
 伏せの体勢になると、シェルアさんの手が私の背中を優しく撫でる。
 心地良さに眠気を我慢していたけど、いつの間にかまた眠ってしまった。

 夕方、マリアさんとルイスさんがやって来た。
 大福は脱走したのに二人を出迎えに行くと、二人と一緒にリビングに来た。
 マリアさんはあの人間に挨拶をすると、シェルアさんに仕事だったかと聞かれていた。
 どうやら二人の仕事着はマリアさんの提案らしい。
 大福は私の所に来ると、ボール遊びが楽しかったと報告した。
 良かったわねと適当な言葉を返すと、大福は嬉しそうにあの人間の事を話した。

『それでね、高いボールだったけどジャンプして取ったんだよ!』
『ふぅん』
『すごいって褒められた!』

 適当に話を聞き流していると、マリアさんとルイスさんがあの人間に名前を名乗った。
 丁寧に挨拶を交わしている様子を眺めていると、シェルアさんはあの人間にルイスさんとゲームで遊ぶよう言った。
 画面を見て何が面白いのか未だにわからないけど、人間はそういうのを好む生き物だ。
 シェルアさんとマリアさんは夕飯の支度を早速始めていて、私と大福は寛いで夕ご飯を待つ事にした。

『ご飯なんだろうね~」
『私達のはいつも一緒でしょ』
『でも前は違う奴だったよ?』
『あれは試供品だったからでしょ?』

 他愛無い会話を続けていると、キッチンからいい匂いがしてきた。
 大福は真っ先にシェルアさんとマリアさんの所に行くと、足元をうろついた。
 マリアさんがルイスさんに私達のご飯を頼むと、ルイスさんは棚を開けてご飯を私達の皿に移した。
 大福は舌を出してよだれを垂らしている。
 あの人間は食べないのかと大福に聞くと、ルイスさんに皆で一緒に食べるから待っていると教えられて驚いていた。
 普通の犬だって待つ時は待つのに、あの人間が何故そんなに驚くのか私には理解不能だった。
 シェルアさんの召し上がれを聞いて、ご飯に口を付ける。
 口いっぱいに頬張る大福を横目に、私はゆっくり咀嚼した。
 シェルアさん達は明日の予定や年齢の話で盛り上がっている。
 私は重要な情報だけ取りこぼさないように耳だけ傾けると、ご飯を食べ進めた。

 夕ご飯が終わると、シェルアさん達はデザートを食べた。
 よせばいいのに大福はそれを羨ましそうに見ていて、少し涎を垂らしていた。
 食べ終わるとシェルアさん達は誰が後片付けするかで少し揉めていたけど、最終的にルイスさんとあの人間が後片付けをするらしい。
 シェルアさんとマリアさんは話があるみたいで二人して出ていった。
 遠目でぼんやり片付けの様子を見ていると、大福が二人に近付いて食べ物をねだった。

——さっき食べたばっかでしょーが。
 
 そんなに太りたいのかと自制心のない大福に苛ついていると、ルイスさんは大福を叱ったようで、大福は見るからに落ち込んでいた。
 あの人間は楽しそうに大福を見つめている。
 私はもっとイライラした。
 得体の知れない人間が此処にいるのも、大福がその人間に心を許しているのも気に入らなかった。

 私は大福に突進すると、軽めに首を噛んでよくわからない人間に近付くなと警告した。
それはやきもちかと嬉々として聞き返す大福に、馬鹿と吠える。本当にただの馬鹿だ。

『危ないから近付くなって言ってるの! 何回言えばわかるの!』
『うんうんわかったよ!』

 絶対にわかっていなくて、私は何度か噛んで警告を繰り返した。
 聞いているのかと言うと、大福は聞いていると返事をして私に飛びかかった。
 上手く避けれずに大福と一緒に床へ転がる。
 逃げようとすると、大福がしつこく私にくっついてきた。
 私を一番好きだから安心してと言う大福に、素っ気なく言葉を返す。
 話が飛躍しすぎて突っ込む気にもなれなかった。
 馬鹿で優しくて人間を信じてやまない大福は、私とは正反対の存在だ。
 今まで散々傷付いてきたくせに、なんでもないような顔をして、まっすぐ言葉を伝えてくるのだから手に負えない。

『ね、よもぎ、だーいすきだよっ』
『……ハァ』
    
 脈絡もなく大好きと言う大福に私は目を閉じた。
 疲れて伏せの体勢になると、大福は私の周りを回って鼻先や身体をくっつける。
 大福の体温は心地よかったけど、あの人間の視線が嫌で私は立ち上がった。
 部屋を出ていくと当然のように大福が追いかけて来て、少しホッとした。

『待ってよぉ、よもぎ~』

 嘘と本当を見抜けるのに、それでも人間を信じる事をやめない大福。
 あの人間に恨みはないけど、警戒は続けるに越した事はないだろう。
 私は小さく溜息をつくと、シェルアさんがいる自室へと走った。


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