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4話
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あれから数日が経った。
僕たちは死の森を抜けて、街外れの打ち捨てられた廃屋を拠点にしていた。
リューシアの傷は魔族だけあってか、驚異的な速度で回復している。ほぼ完治したと言っていいだろう。もう痕も残っていないみたいだ。
だけど、彼女は「まだ足元がおぼつかない」と言い張って、僕が整えた廃屋に居座り続けていた。
元気よく走り回っているのに……「足元がおぼつかない」とか意味がわからなかった。
「おい……お前、何をしている?」
玄関の近くで薬草をすり潰していた僕にリューシアが声をかけてきた。
出会った時に彼女が着ていたボロボロの鎧は防具屋に売り、今はごく普通のシャツを着ている。
かつての女騎士っぽさは鳴りを潜め、どうやっても綺麗なお姉さんにしか見えない。
ぶっきらぼうな話し方は変わらないが、僕の呼び方はいつの間にか『貴様』から『お前』になっていた。
「ああ、これ? 乾燥防止の軟膏だよ。リューシアは肌が綺麗だから、保湿にどうかなって思って。傷の保湿にもいいんじゃないかな?」
僕が何気なくそう言って、彼女の腕に残った小さな切り傷に手を伸ばした時だった。
「ひゃん……!」
リューシアが飛び上がるように肩を震わせ、顔を真っ赤にした。
「い、いきなり、手をつかむな。それと……何を言うんだっ! わ、私が……き、綺麗だ……と?」
「えっ、だって本当だし。それとも魔族だから? 魔族って、みんなそんなに肌が整ってるのかな?」
「わ、わからん! 私は生まれてからずっと、剣の鍛錬しかしてこなかったんだ! は、肌なんか気にしたことないし……」
「そうなんだ……頑張ってたんだね。でも女の人は肌を大切にしてるって聞いてさ。だからリューシアのために作ってみたんだけど、嫌だったかな?」
「い、嫌じゃない! で、でもよくわからないんだ! し、仕方ないじゃないか! 周りは荒くれ者の兵士ばかりで、……お、女として扱われるなんて……初めてで、その、……どうすればいいか分からんのだ~!!」
彼女は両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを上目遣いに睨んでくる。
魔王軍の幹部……四天王ともあろうお方が、やたら早口だ。
顔を真っ赤にしてもじもじしている……この人は本当に、僕たちが戦ってきた人間の敵『黒鉄剣のリューシア』なんだろうか?
最近は別人なんじゃないかとも思っているくらいだ。
「悪かったよ。でも、リューシアは僕にとっては女性なんだよ。敵でも幹部でも四天王でもない。……放っておけない人なんだ」
「……っ」
リューシアからゴクりとツバを飲んだ音が聞こえたような気がした。
でも、彼女はただ照れているだけじゃなさそうだ。なにか決意のような光が目に宿っている。
「……その、お前に、相談があるのだが」
「なに?」
「あ、えっと……料理の仕方を、私に教えてくれないだろうか……?」
「料理?」
意外な言葉に、僕は手を止めて彼女を見た。
リューシアは赤面しながら、もじもじと指先を弄りつつ、やたら早口で続ける。
「その……しばらく一緒に暮らすわけだし。いつまでもお前にばかり負担をかけるわけにはいかんだろ? それに、お前の作る料理は……その、変な魔法でもかかっているのかというくらい、落ち着くのだ。私も、同じものを作れるようになりたいっていうか……お前にも食べさせたいっていうか。なんていうか」
「そっか……」
リューシアの正直な気持ちが、素直に嬉しかった……
勇者パーティでは、僕が飯を作っても感想なんて言われなかった。ましてや料理を手伝おうという人なんていなかった。
それなのに……かつての宿敵であるリューシアが、まるで僕を肯定するように、料理を習いたいと言ってくれている。
これが嬉しくないはずがないじゃないか。
「わかった。じゃあ、まずは野菜の切り方から始めようか」
「うむ! 任せておけ! 剣を振るうのも包丁を振るうのも、同じ刃物だ。刃物の扱いは得意だ。どちらも似たようなものだろう!」
――数分後、まな板を真っ2つに切り裂いて「す、すまん……」と涙目になる彼女をなだめることになったのはいい思い出になるはずだ。
◆
勇者パーティにいた頃は、常に次の日の計画と不安でいっぱいだった。
けれど今は……隣で「ゼクス、明日はスープの作り方、教えてくれよな……」と寝言を言うリューシアが、どんな高等魔法よりも僕を安心させてくれている。
この頃には僕の呼び方は『お前』から『ゼクス』と名前呼びに変わっていた。
一緒に暮らしてわかったが、彼女はとても恥ずかしがり屋で、真っ直ぐな女性だ。
僕は、いつの間にか自分を「不要」な存在だとは思わなくなっていた。
リューシアの……彼女のためにできることをやりたいと思うようになっていたからだ。
――彼女と出会ってから数週間。
リューシアの傷は完治しているはずなのに、彼女は顔を真っ赤にして「足元がおぼつかないからっ!」と言い張っていた。
――普通に走ったり、訓練したりしているのに意味がわからない。
ただ、彼女なりの言い分があるのだろう。そう思うことにした。
2人で街へ日用品を買い出しに行った時のことだった。
市場で魚屋のおっちゃんから、ある噂話を聞くことになる。
「おい、知ってるか? 勇者殿のパーティが苦戦中らしいぞ」
「え?」
「魔王軍の仕掛けた初歩的な罠に引っかかったり、魔物に囲まれて大怪我したとか聞くぞ」
「…………」
「こないだまでの快進撃が嘘みたいに停滞してるらしいぜ」
「そうなんですか……」
勇者パーティと聞くと、思い出されるのは勇者レイルや聖女フィリアの顔だ。
でも、僕の感想は「ふーん、苦戦してるんだ」程度のもので、不思議なくらいに何も感じなかった。
だけど隣に立つリューシアは違った。不安そうに僕の顔を覗き込んでいたのだ。
「おい……ゼクス。いいのか? ゼクスがいなければ、あやつらは死ぬかもしれんぞ」
「う~ん。もうどうでもいいかな? 僕は、彼らとはもう関係ないし。今は、リューシアとの時間の方が大切だよ」
「お、お前……そ、それって」
「僕は、料理を覚えたいって言ってくれたリューシアに、応えたいんだ」
僕が笑って答えると、彼女は一瞬目を見開いてから「……まあ、当然だな」と、真っ赤になった顔を隠すように下を向いた。
僕たちは死の森を抜けて、街外れの打ち捨てられた廃屋を拠点にしていた。
リューシアの傷は魔族だけあってか、驚異的な速度で回復している。ほぼ完治したと言っていいだろう。もう痕も残っていないみたいだ。
だけど、彼女は「まだ足元がおぼつかない」と言い張って、僕が整えた廃屋に居座り続けていた。
元気よく走り回っているのに……「足元がおぼつかない」とか意味がわからなかった。
「おい……お前、何をしている?」
玄関の近くで薬草をすり潰していた僕にリューシアが声をかけてきた。
出会った時に彼女が着ていたボロボロの鎧は防具屋に売り、今はごく普通のシャツを着ている。
かつての女騎士っぽさは鳴りを潜め、どうやっても綺麗なお姉さんにしか見えない。
ぶっきらぼうな話し方は変わらないが、僕の呼び方はいつの間にか『貴様』から『お前』になっていた。
「ああ、これ? 乾燥防止の軟膏だよ。リューシアは肌が綺麗だから、保湿にどうかなって思って。傷の保湿にもいいんじゃないかな?」
僕が何気なくそう言って、彼女の腕に残った小さな切り傷に手を伸ばした時だった。
「ひゃん……!」
リューシアが飛び上がるように肩を震わせ、顔を真っ赤にした。
「い、いきなり、手をつかむな。それと……何を言うんだっ! わ、私が……き、綺麗だ……と?」
「えっ、だって本当だし。それとも魔族だから? 魔族って、みんなそんなに肌が整ってるのかな?」
「わ、わからん! 私は生まれてからずっと、剣の鍛錬しかしてこなかったんだ! は、肌なんか気にしたことないし……」
「そうなんだ……頑張ってたんだね。でも女の人は肌を大切にしてるって聞いてさ。だからリューシアのために作ってみたんだけど、嫌だったかな?」
「い、嫌じゃない! で、でもよくわからないんだ! し、仕方ないじゃないか! 周りは荒くれ者の兵士ばかりで、……お、女として扱われるなんて……初めてで、その、……どうすればいいか分からんのだ~!!」
彼女は両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを上目遣いに睨んでくる。
魔王軍の幹部……四天王ともあろうお方が、やたら早口だ。
顔を真っ赤にしてもじもじしている……この人は本当に、僕たちが戦ってきた人間の敵『黒鉄剣のリューシア』なんだろうか?
最近は別人なんじゃないかとも思っているくらいだ。
「悪かったよ。でも、リューシアは僕にとっては女性なんだよ。敵でも幹部でも四天王でもない。……放っておけない人なんだ」
「……っ」
リューシアからゴクりとツバを飲んだ音が聞こえたような気がした。
でも、彼女はただ照れているだけじゃなさそうだ。なにか決意のような光が目に宿っている。
「……その、お前に、相談があるのだが」
「なに?」
「あ、えっと……料理の仕方を、私に教えてくれないだろうか……?」
「料理?」
意外な言葉に、僕は手を止めて彼女を見た。
リューシアは赤面しながら、もじもじと指先を弄りつつ、やたら早口で続ける。
「その……しばらく一緒に暮らすわけだし。いつまでもお前にばかり負担をかけるわけにはいかんだろ? それに、お前の作る料理は……その、変な魔法でもかかっているのかというくらい、落ち着くのだ。私も、同じものを作れるようになりたいっていうか……お前にも食べさせたいっていうか。なんていうか」
「そっか……」
リューシアの正直な気持ちが、素直に嬉しかった……
勇者パーティでは、僕が飯を作っても感想なんて言われなかった。ましてや料理を手伝おうという人なんていなかった。
それなのに……かつての宿敵であるリューシアが、まるで僕を肯定するように、料理を習いたいと言ってくれている。
これが嬉しくないはずがないじゃないか。
「わかった。じゃあ、まずは野菜の切り方から始めようか」
「うむ! 任せておけ! 剣を振るうのも包丁を振るうのも、同じ刃物だ。刃物の扱いは得意だ。どちらも似たようなものだろう!」
――数分後、まな板を真っ2つに切り裂いて「す、すまん……」と涙目になる彼女をなだめることになったのはいい思い出になるはずだ。
◆
勇者パーティにいた頃は、常に次の日の計画と不安でいっぱいだった。
けれど今は……隣で「ゼクス、明日はスープの作り方、教えてくれよな……」と寝言を言うリューシアが、どんな高等魔法よりも僕を安心させてくれている。
この頃には僕の呼び方は『お前』から『ゼクス』と名前呼びに変わっていた。
一緒に暮らしてわかったが、彼女はとても恥ずかしがり屋で、真っ直ぐな女性だ。
僕は、いつの間にか自分を「不要」な存在だとは思わなくなっていた。
リューシアの……彼女のためにできることをやりたいと思うようになっていたからだ。
――彼女と出会ってから数週間。
リューシアの傷は完治しているはずなのに、彼女は顔を真っ赤にして「足元がおぼつかないからっ!」と言い張っていた。
――普通に走ったり、訓練したりしているのに意味がわからない。
ただ、彼女なりの言い分があるのだろう。そう思うことにした。
2人で街へ日用品を買い出しに行った時のことだった。
市場で魚屋のおっちゃんから、ある噂話を聞くことになる。
「おい、知ってるか? 勇者殿のパーティが苦戦中らしいぞ」
「え?」
「魔王軍の仕掛けた初歩的な罠に引っかかったり、魔物に囲まれて大怪我したとか聞くぞ」
「…………」
「こないだまでの快進撃が嘘みたいに停滞してるらしいぜ」
「そうなんですか……」
勇者パーティと聞くと、思い出されるのは勇者レイルや聖女フィリアの顔だ。
でも、僕の感想は「ふーん、苦戦してるんだ」程度のもので、不思議なくらいに何も感じなかった。
だけど隣に立つリューシアは違った。不安そうに僕の顔を覗き込んでいたのだ。
「おい……ゼクス。いいのか? ゼクスがいなければ、あやつらは死ぬかもしれんぞ」
「う~ん。もうどうでもいいかな? 僕は、彼らとはもう関係ないし。今は、リューシアとの時間の方が大切だよ」
「お、お前……そ、それって」
「僕は、料理を覚えたいって言ってくれたリューシアに、応えたいんだ」
僕が笑って答えると、彼女は一瞬目を見開いてから「……まあ、当然だな」と、真っ赤になった顔を隠すように下を向いた。
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