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ひととおりの治療を終えた後、僕は近くの洞窟に彼女を運び込んだ。
死の森の夜は冷える。暗くなる前に寝床を準備して夜に備えておいたほうがいい。
彼女は血を流しすぎて衰弱している。体を冷やして低体温症にでもなったら、恐らく助からない。そうなったら、せっかくのポーションも無駄になってしまう。
「……おい貴様。なぜ、火を焚く」
リューシアが、壁に背を預けたまま鋭い視線を向けてくる。
傷は塞がっただろうけど、彼女は魔力も体力も底をついているように見える。あれじゃ、体を起こすのだってつらいはずだ。
「今の季節はまだ冷えるからね。一応、魔物よけもしてあるけど、万が一の時は僕がなんとかするよ。こうみえて罠を張るのは得意な方だから」
「正気なのか? まったくもって……理解不能だ。敵を助け、寝床の世話をし、挙句に守るだと? 貴様、本当に人間か? それとも頭が狂っているのではないか」
「ふふ、そうかもしれないね……」
目の前にいるのは悪名高い魔族の四天王……まあ、元だけど。
どうしてこうなったのか、細かいことは覚えてない。それでも僕は、怪我人を放っておくなんて出来そうにない。
夕食の支度をすべく、カバンから数枚の干し肉と小さな鍋を取り出す。
干し肉を細かく刻み、森で集めた野草やキノコと一緒に煮込んでいく。出来上がったのは簡素なスープだが、味付けにはこだわりがある。
「はい、食べて」
「なるほど……毒殺するつもりか」
「殺すつもりならポーションなんて使わないよ。それにそのスープ、僕も食べるつもりだし」
差し出された鍋をしばらく忌々しそうに見つめていた彼女だったけど、最強の女騎士も空腹には勝てなかったらしい。
「くっ……」
震える手で、おそるおそるスプーンを口に運んでいく。
「――っ!?」
口に入れた瞬間、彼女がビクッとしたのがわかった。
「……なんだ、これは!」
「え? ただのスープだけど……口に合わなかった?」
「違う…………こんな、身体の芯まで染みるような……こんな味は初めてだ」
「そう、よかった」
「美味い……魔王軍で出されるのは栄養さえ取れればいいような食事だった……だが、コレはまったく違う」
彼女はそう言うと、夢中でスープを口に運び始めた。
そんなに褒められるようなものかな? 簡単なスープなんだけど。
さっきまでの疑いの目は、いったいどこへ行ったのか?
「ふぅ~ん! 美味しいっ!!」
彼女は熱いスープをハフハフしながら夢中で頬張っていた。
あの様子じゃ僕の分のスープはないだろうな、と思ったけど……食べている姿があまりに幸せそうだったから、大人しく見守ることにした。
「うぅ~美味しかった……食べた食べた――はっ……しまった!?」
スープを完食した彼女は我に返ったのか、あからさまに顔を赤くして視線をそらした。
――もう遅いけどね。
「……勘違いするなよ。ただ、空腹だっただけだからな。き、貴様に感謝などしていないんだからなっ!」
「いいよ。口に合ったならよかった」
勇者パーティのみんなは、当たり前のように僕の料理を食べていて感想なんて言ってくれなかった。こんなに喜んで食べてくれなかった。
美味しそうに食べてくれる彼女を見ていたら、久しぶりに胸が一杯になった。
僕は彼女の隣にそっと座り、たき火の世話をする。
といっても、火のそばで木の枝を動かして弱くなりかけたたき火を整えたり、薪を追加するくらいだ。
勇者パーティでは、僕が魔物よけの香を焚いたり、装備品の調整をしていた。だから、一晩中起きて火を見守るのもよくあることだった。
薪がパチパチと爆ぜる音が、洞窟内にやけに響く。
どのくらいそうしていただろう。
視線を感じてふと横を見ると、リューシアが僕の顔をじっと見ていた。
「どうしたの?」
目が合うと、彼女は慌ててそっぽを向いてしまう。
「そ、その……貴様、本当にあの勇者たちに『不要』だと言われたのか?」
「本当だよ。地味で盛り上がらないから、英雄譚の汚点なんだって」
「なんと愚かなっ! これほど完璧に負傷者を癒やし、拠点を整える能力もある。さらに、ここまで料理上手な男を、汚点だと言ったのか?」
「うん……」
僕が答えると、彼女は膝を抱え「信じられん……」と小さな声で呟いた。
「私の国ではな……強さこそがすべてなんだ。敗北は死と同じ。だから……負け続けた私は拷問され、処刑されそうになったのだ。それで……命からがら逃げてきたんだ。武人のくせに情けないだろ?」
その横顔には、僕たちが戦ってきた「魔王軍四天王」の堂々たるオーラはない。
「私には、行くところも、頼れる人もいないんだ……」
捨てられた仔犬のような、ひどく心細げな女性の顔だった。
「そっか、じゃあ僕よりも大変だったんだね。でも、行くところがないのは僕と同じだね……」
僕がそう言うと、彼女の細い指が、そっと僕の服の袖を掴んだ。
「……なあ……私が、立ち上がれるようになるまでだけでいい。その……そばに、いてくれないか?」
「え?」
「ち、違っ。こ、これは命令だ! あ……そうだ! わ、私はまだ貴様を敵だと、お、思っているからな。勝手に死なれては、その、リベンジができん……そうだろ?」
真っ赤な顔をして「命令だ」とか「リベンジ」だと言い張る彼女だったけど、瞳がウルウルしていて……まったく説得力がない。
本当にこの人、四天王だったんだよね?
でも、袖を掴むその手は、微かに震えている。
彼女が追い込まれた辛い境遇は、間違いなく事実なのだ。
死の森の夜は冷える。暗くなる前に寝床を準備して夜に備えておいたほうがいい。
彼女は血を流しすぎて衰弱している。体を冷やして低体温症にでもなったら、恐らく助からない。そうなったら、せっかくのポーションも無駄になってしまう。
「……おい貴様。なぜ、火を焚く」
リューシアが、壁に背を預けたまま鋭い視線を向けてくる。
傷は塞がっただろうけど、彼女は魔力も体力も底をついているように見える。あれじゃ、体を起こすのだってつらいはずだ。
「今の季節はまだ冷えるからね。一応、魔物よけもしてあるけど、万が一の時は僕がなんとかするよ。こうみえて罠を張るのは得意な方だから」
「正気なのか? まったくもって……理解不能だ。敵を助け、寝床の世話をし、挙句に守るだと? 貴様、本当に人間か? それとも頭が狂っているのではないか」
「ふふ、そうかもしれないね……」
目の前にいるのは悪名高い魔族の四天王……まあ、元だけど。
どうしてこうなったのか、細かいことは覚えてない。それでも僕は、怪我人を放っておくなんて出来そうにない。
夕食の支度をすべく、カバンから数枚の干し肉と小さな鍋を取り出す。
干し肉を細かく刻み、森で集めた野草やキノコと一緒に煮込んでいく。出来上がったのは簡素なスープだが、味付けにはこだわりがある。
「はい、食べて」
「なるほど……毒殺するつもりか」
「殺すつもりならポーションなんて使わないよ。それにそのスープ、僕も食べるつもりだし」
差し出された鍋をしばらく忌々しそうに見つめていた彼女だったけど、最強の女騎士も空腹には勝てなかったらしい。
「くっ……」
震える手で、おそるおそるスプーンを口に運んでいく。
「――っ!?」
口に入れた瞬間、彼女がビクッとしたのがわかった。
「……なんだ、これは!」
「え? ただのスープだけど……口に合わなかった?」
「違う…………こんな、身体の芯まで染みるような……こんな味は初めてだ」
「そう、よかった」
「美味い……魔王軍で出されるのは栄養さえ取れればいいような食事だった……だが、コレはまったく違う」
彼女はそう言うと、夢中でスープを口に運び始めた。
そんなに褒められるようなものかな? 簡単なスープなんだけど。
さっきまでの疑いの目は、いったいどこへ行ったのか?
「ふぅ~ん! 美味しいっ!!」
彼女は熱いスープをハフハフしながら夢中で頬張っていた。
あの様子じゃ僕の分のスープはないだろうな、と思ったけど……食べている姿があまりに幸せそうだったから、大人しく見守ることにした。
「うぅ~美味しかった……食べた食べた――はっ……しまった!?」
スープを完食した彼女は我に返ったのか、あからさまに顔を赤くして視線をそらした。
――もう遅いけどね。
「……勘違いするなよ。ただ、空腹だっただけだからな。き、貴様に感謝などしていないんだからなっ!」
「いいよ。口に合ったならよかった」
勇者パーティのみんなは、当たり前のように僕の料理を食べていて感想なんて言ってくれなかった。こんなに喜んで食べてくれなかった。
美味しそうに食べてくれる彼女を見ていたら、久しぶりに胸が一杯になった。
僕は彼女の隣にそっと座り、たき火の世話をする。
といっても、火のそばで木の枝を動かして弱くなりかけたたき火を整えたり、薪を追加するくらいだ。
勇者パーティでは、僕が魔物よけの香を焚いたり、装備品の調整をしていた。だから、一晩中起きて火を見守るのもよくあることだった。
薪がパチパチと爆ぜる音が、洞窟内にやけに響く。
どのくらいそうしていただろう。
視線を感じてふと横を見ると、リューシアが僕の顔をじっと見ていた。
「どうしたの?」
目が合うと、彼女は慌ててそっぽを向いてしまう。
「そ、その……貴様、本当にあの勇者たちに『不要』だと言われたのか?」
「本当だよ。地味で盛り上がらないから、英雄譚の汚点なんだって」
「なんと愚かなっ! これほど完璧に負傷者を癒やし、拠点を整える能力もある。さらに、ここまで料理上手な男を、汚点だと言ったのか?」
「うん……」
僕が答えると、彼女は膝を抱え「信じられん……」と小さな声で呟いた。
「私の国ではな……強さこそがすべてなんだ。敗北は死と同じ。だから……負け続けた私は拷問され、処刑されそうになったのだ。それで……命からがら逃げてきたんだ。武人のくせに情けないだろ?」
その横顔には、僕たちが戦ってきた「魔王軍四天王」の堂々たるオーラはない。
「私には、行くところも、頼れる人もいないんだ……」
捨てられた仔犬のような、ひどく心細げな女性の顔だった。
「そっか、じゃあ僕よりも大変だったんだね。でも、行くところがないのは僕と同じだね……」
僕がそう言うと、彼女の細い指が、そっと僕の服の袖を掴んだ。
「……なあ……私が、立ち上がれるようになるまでだけでいい。その……そばに、いてくれないか?」
「え?」
「ち、違っ。こ、これは命令だ! あ……そうだ! わ、私はまだ貴様を敵だと、お、思っているからな。勝手に死なれては、その、リベンジができん……そうだろ?」
真っ赤な顔をして「命令だ」とか「リベンジ」だと言い張る彼女だったけど、瞳がウルウルしていて……まったく説得力がない。
本当にこの人、四天王だったんだよね?
でも、袖を掴むその手は、微かに震えている。
彼女が追い込まれた辛い境遇は、間違いなく事実なのだ。
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