4 / 12
4
しおりを挟むアナスタシアは、リュドミラと授業に行く前にヴィクトリアを退場させなければと思っていた。どうしたものかと頭を悩ませていたら、ヴィクトリアの方が言葉を発した。
「初めまして、私、アナスタシアの従姉のヴィクトリアです」
「っ、」
流石にやらないと思っていたことをヴィクトリアはした。わざわざ従姉を協調して、名乗ったことにアナスタシアは頬が引きつった。しかも、元公爵令嬢とは思えない挨拶に頭痛がした。
名も無い留学生に満たない隣国の令嬢。
そのまま帰れば、よかったのに名乗ってしまったのだ。アナスタシアは頭を抱えたくなったが、できなかった。そんなことを今したら、台無しになる。必死にアナスタシアは考え続けた。
リュドミラが、信じられない顔をしていた。ここまでの令嬢を相手にしたことがないのだろう。こんな令嬢ばかりを相手にしていたら、流石のリュドミラも気を変にしそうだ。……いや、この方なら、二度と立ち向かって来ないようにするのもそんなに難しくない気がするが、これはアナスタシアの問題だ。頼るわけにはいかない。
王太子だけが、この場で不思議そうな顔をしていた。不思議というか。奇妙なものを見る目をしていた。それは、王太子にしては珍しいものだった。
何で、そんな顔をしているのかが、アナスタシアはわからなかった。ヴァシーリーを思わず見ても、彼にもわからないようだ。
兄弟にわからないとなるとお手上げである。
「アナスタシア嬢の……?」
「はい。昨日、こちらに来たばかりで……」
王太子が、アナスタシアの従姉と聞いて食いついたと思って、ヴィクトリアは目を輝かせた。まだ、自分にはここに残るチャンスがあるかのようにしていた。
でも、その期待はすぐに壊されるとは思っていなかった。
「従姉なんて、アナスタシア嬢にいたのか?」
「へ?」
王太子は、そんなことを言った。素だ。物凄く素で、本当に不思議そうにしているから、演技ではないのは明らかだ。
ヴィクトリアは、王太子の言葉に間抜けな顔をしていた。物凄く間抜けすぎて、そんなこと言われるとは思わなかったようだ。
それこそ、いつもの彼女なら、そんな嘘をついたのかとアナスタシアを責めるところだが、それもなかった。ありえないことの連続で、ヴィクトリアの頭の中がぐちゃぐちゃになりすぎたようだ。
チラッとヴァシーリーを見ると彼も、あれ?という顔をしている。リュドミラも首を傾げていた。王太子がそんな演技ができるとは思っていない。
嫌味なことをわざと言うこともできない人だ。つまり、本気でそう言っているように見えることにヴァシーリーとリュドミラとアナスタシアが、ついていけずにいた。
この3人をこんな気持ちにさせられるのは、王太子だけだろう。
「従兄がいるとは聞いたことがあるが……。兄上? そう、おっしゃっていましたよね?」
聞き間違えていたかと確認したかったようだ。ヴァシーリーは、そんな弟に思案してすぐに答えた。
「あー、いたにはいた。でも、親が離婚して、彼女は母方に引き取られている」
「あぁ、それで。……あれ? それなら、従姉と協調するのは変なのでは?」
「そうだな。そもそも、その前から絶縁しているから、他人のはずなんだ」
ヴァシーリーが、元より他人だと告げたのが聞こえた者は、みんな凄い顔をした。リュドミラも、その1人だが表情ではなくて、目だけで物語っていた。
そんな中で王太子だけが、不思議そうにヴィクトリアを見ていた。
「っ、そんな、私は……」
ヴィクトリアは、取り繕おうとしたが、うまくできなかった。こういう時は、彼女の兄のティモフェイ・カーメネフが助っ人したり、母親が色々言うのだ。甘やかされていて、何をしても周りが誤魔化してなかったことに揉み消してきた。
でも、もう、兄は頼りにできないし、母も離婚したとなれば、前のように綺麗に揉み消すなんてできないだろう。そんなことをアナスタシアが考えているとヴィクトリアはあまり大したことない気がしてきた。
すると王太子は、こう言った。
「それと君には、この学園にいるのに許可が必要のようだ。ちゃんと届けているのか?」
「「「「……」」」」
今、それを言うのかと誰もが思ったが言葉を発する者はいなかった。発する代わりに笑いそうになっているのがいた。
王太子は、こういう人物だ。堅物と言われることがよくある。真面目すぎるということもよく言われる方だ。
リュドミラは、それを持ち出す王太子に口元を笑わせた。鬱陶しいと思うことが、この方にはない。だから、婚約者でいられるのだ。
嘘の欠片もつけない方。だから、リュドミラは彼を心から愛している。彼女は、嘘を見抜くことを息をするようにできる方だ。
最初は、第1王子の婚約者にと周りがくっつけようとしていたが、リュドミラはヴァシーリーのことを選ぶ気はそもそもなかった。
第2王子こそ、自分の伴侶だとして誰が何を言おうと第2王子の婚約となった。彼女の両親は、そんな娘に色々言っていたようだが、王太子の婚約者となった途端、手のひらを返した。
そんな両親すら、さっさと見限ったのは、リュドミラだった。チャンスを無駄にしたと言っていた時に養子となった。
まぁ、リュドミラの身内のゴタゴタはこの辺にして、ヴィクトリアのことだ。こちらの方も、ゴタゴタしている。
「は? 届け??」
ヴィクトリアは相手が王太子だというのにそんなことを言ったのにアナスタシアは、眉を顰めずにはいられなかった。ずっとそうだが、失礼すぎるのだ。
でも、それを咎めると話が脱線してしまう。だから、黙っていたが、アナスタシアはそれに腹が立って仕方がなかった。
王太子は、無礼が過ぎることより気になる事がありすぎているようだ。
「……その感じだと昨日もしてないんだな」
「王太子。授業に遅刻します。警備に連絡して……。あぁ、丁度いい。おい、不法侵入者だ」
ヴァシーリーは、タイミングよく現れた警備員にヴィクトリアを連れ出させるようにした。
「兄上。でも……」
「殿下。留学しに来たのに帰らなければならないのです。これ以上、恥をかかせても可哀想ですわ」
「そ、そうだな。……次はない。すぐに連れ出せ」
「「はっ」」
「それと今後は、きちんとチェックしろ」
「はっ、申し訳ありません」
王太子の言葉に警備員は頷き、ヴィクトリアを連れて行った。
その間も、ギャーギャーと騒がしかったが、昨日のような怒鳴り散らすなんて許されることはなかった。
ヴァシーリーが護衛に合図したのは、その時だ。ヴィクトリアがまたアナスタシアの前に姿を見せないようにさせることを忘れなかった。
でも、アナスタシアは何とかなったことにホッとしていて、見ていなかった。
404
あなたにおすすめの小説
私の物をなんでも欲しがる義妹が、奪った下着に顔を埋めていた
ばぅ
恋愛
公爵令嬢フィオナは、義母と義妹シャルロッテがやってきて以来、屋敷での居場所を失っていた。
義母は冷たく、妹は何かとフィオナの物を欲しがる。ドレスに髪飾り、果ては流行りのコルセットまで――。
学園でも孤立し、ただ一人で過ごす日々。
しかも、妹から 「婚約者と別れて!」 と突然言い渡される。
……いったい、どうして?
そんな疑問を抱く中、 フィオナは偶然、妹が自分のコルセットに顔を埋めている衝撃の光景を目撃してしまい――!?
すべての誤解が解けたとき、孤独だった令嬢の人生は思わぬ方向へ動き出す!
誤解と愛が入り乱れる、波乱の姉妹ストーリー!
(※百合要素はありますが、完全な百合ではありません)
【完結】やり直そうですって?もちろん……お断りします!
凛 伊緒
恋愛
ラージエルス王国の第二王子、ゼルディア・フォン・ラージエルス。
彼は貴族達が多く集まる舞踏会にて、言い放った。
「エリス・ヘーレイシア。貴様との婚約を破棄する!」
「……え…?」
突然の婚約破棄宣言。
公爵令嬢エリス・ヘーレイシアは驚いたが、少し笑みを浮かべかける──
【完結】ヒロインであれば何をしても許される……わけがないでしょう
凛 伊緒
恋愛
シルディンス王国・王太子の婚約者である侯爵令嬢のセスアは、伯爵令嬢であるルーシアにとある名で呼ばれていた。
『悪役令嬢』……と。
セスアの婚約者である王太子に擦り寄り、次々と無礼を働くルーシア。
セスアはついに我慢出来なくなり、反撃に出る。
しかし予想外の事態が…?
ざまぁ&ハッピーエンドです。
【完結】華麗に婚約破棄されましょう。~卒業式典の出来事が小さな国の価値観を変えました~
ゆうぎり
恋愛
幼い頃姉の卒業式典で見た婚約破棄。
「かしこまりました」
と綺麗なカーテシーを披露して去って行った女性。
その出来事は私だけではなくこの小さな国の価値観を変えた。
※ゆるゆる設定です。
※頭空っぽにして、軽い感じで読み流して下さい。
※Wヒロイン、オムニバス風
誇りをもって悪役令嬢を全うします!~ステータス画面で好感度が見える公爵令嬢はヴィランを目指す~
久遠れん
恋愛
転生して公爵令嬢になったマティルデは「ステータス画面を見る」能力が宿っていた。
自身のステータス画面には「悪役令嬢」と記載されている。
元々ヴィランが好きなマティルデは「立派な悪役令嬢」を目指して邁進するのだが――。
悪役令嬢としては空回っているマティルデは、対照的に「本物の悪役令嬢」であるカミルナに目をつけられてしまう。
最近、婚約者の様子がおかしい〜「運命の相手はヒロインなの」と別の娘をすすめてくるのですが?〜
笹本茜
恋愛
アベール公爵家次男・フランツの婚約者であるバルテル伯爵家ご令嬢・クラーラの様子が最近おかしい。
「フランツ様、私に構っている時間がありますの?例の子爵令嬢と仲良くするのに忙しいのでしょう」
例の子爵令嬢って誰のこと⁈
君と俺は、いつも一緒にいるではないか!
子爵令嬢(自称・運命の相手)とくっつけたい婚約者と、
婚約者が大好き過ぎる公爵令息のお話。
※亀さん更新です。ごめんなさいm(_ _)m
※5/6 本編10話で完結です。
私の婚約者様には恋人がいるようです?
鳴哉
恋愛
自称潔い性格の子爵令嬢 と
勧められて彼女と婚約した伯爵 の話
短いのでサクッと読んでいただけると思います。
読みやすいように、5話に分けました。
毎日一話、予約投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる