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しおりを挟むアナスタシアは、その日、いつも以上に気合いが入っていた。昨日の朝は、夢を見て最悪な気分になったが、今日は戦いに赴く戦士のようにしていた。
両親も、アナスタシアが学園で何をしようとしているかを知っていて心配そうにしながらも、応援してくれた。特に母は、何を相手にするかをわかっているから、とても複雑な顔をしていた。
「アナスタシア。無理はしないのよ」
「大丈夫です。ヴァシーリーも、いますから」
「そうね。あの方が、あなたの婚約者で本当に心強いわね」
震えそうになる手を母は握りしめてくれた。
そこにいつものようにヴァシーリーが迎えに来てくれた。しばらく忙しいと言っていたのに申し訳ないが、婚約者の一大事に動けないほど、余裕はなくしていないとヴァシーリーは昨日言っていた通りにしていた。
帰ってから、その分のしわせよせをこなしていたとは思えないほど、アナスタシアに朝から会えて嬉しそうにしていた。
「やっぱり、朝はアナスタシアを見ないとやる気になれない」
「何それ」
ヴァシーリーの言葉に馬車の中でアナスタシアは、おかしそうに笑う余裕があった。
そして、学園に着くなりヴァシーリーとは別行動を取った。
「ちょっと、アナスタシア! どういうことよ!!」
「あれ、どうして、ここに?」
ヴィクトリアが次の日、アナスタシアを見つけるなり、怒鳴りつけてきた。朝から探し回っていたようだ。血走った目をしていて、かなり怖い。
だが、アナスタシアは、初めて知ったかのように返した。かなり白々しいが、仕方がない。
「あなたの婚約者、王太子じゃないの?!」
「え? 私の婚約者? それなら、会ったことあるでしょ?」
会わせたくなかったが、取られなかったのだから、もういい。今は、これからのことだ。
昨日のように胃がキリッとなることはない。アナスタシアは、トラウマの元凶に笑ってやる余裕すらある。
「だったら、王太子のはずじゃない!」
「何、言ってる? 私は、ヴァヴィロフ侯爵家の跡継ぎよ? 婿入りしてもらわなきゃ困るから、王太子なわけないじゃない」
「……は?」
何事かと集まっている面々の中には、昨日のことを知っている人たちも多いようだ。
普通に話し合うなんて無理なヴィクトリアにアナスタシアは、頭に叩き込んだシナリオだけを完遂することに努めた。
女優なんて目指す気はないが、この時だけみんなを味方につければいい。それだけに集中した。
「本当に従姉妹みたいね」
「でも、あれはないわよ」
「あの方、頭、大丈夫かしら?」
「留学生って言っていたけど、試験にあれで合格したのかしらね」
「だとしたら、世も末ね」
ヒソヒソと話しているのが聞こえて来た。
アナスタシアは、それが聞こえて頷きそうになったが、目の前のヴィクトリアを見た。
「大体、数年前から、この国の王太子は第2王子じゃない。誰もが知ってることをまさか留学して来たあなたが、知らなかったの?」
「っ、し、知ってるに決まってるじゃない!」
そう、プライドが高いヴィクトリアは、慌ててそう言った。言質は取った。
「そう。なら、よかった。それより、叔母様、離婚したそうね」
「え! 離婚?!」
「あら、知らなかったの? なんか、叔父様と揉めて離婚したってお父様たちが教えてくれたわ」
さも、原因は知らないかのようにアナスタシアは伝えた。ヴィクトリアが、ここに来る前に離婚したから、知っているはずがない。
ティモフェイのことで、ほとぼりが冷めるまで留学しつつ、ついでにアナスタシアの婚約している王太子を自分のものにしようとしたようだ。
でも、思っていたのと違うことにヴィクトリアは焦っているようだ。そんな従姉を見たことがない。でも、追い詰めるのをやめる気はない。
そこにヴァシーリーと王太子、それに王太子の婚約者の令嬢のリュドミラ・ジェルジンスキーが見計らったように現れた。
「っ、」
「おはようございます。王太子殿下。リュドミラ様」
綺麗なカーテシーをしてアナスタシアは挨拶した。ヴィクトリアは、居心地悪そうにして、カーテシーすらしなかった。
周りも、2人が見えた途端、一斉にカーテシーをしている中で、異様な光景だった。
「おはよう。アナスタシア嬢」
「おはようございます。……あら、あなた、昨日の……」
「っ、!?」
立ち尽くしていることを咎めようと思えばいくらでもできた。でも、そうではなくて、昨日リュドミラは言ったのだ。
それにヴィクトリアは、あからさまにわかりやすく肩を震わせた。昨日、噛み付いた相手が、本物の婚約者だとわかって、ばつが悪くなったようだ。
それは、ヴィクトリアにしては珍しいことだった。アナスタシアを知る中で、そんな姿を見たことがない。いい意味だと思う余裕もない。まだ、気を抜けない。
アナスタシアは、カーテシーをやめて顔を上げた。王太子が、不思議そうにしていた。
「リュドミラの知り合い?」
王太子は、昨日のことを何も知らないようだ。この方は、嘘をつけない。これが、演技のはずがない。
アナスタシアが、チラッとヴァシーリーのことを見ると苦笑している。リュドミラは話していないのだろう。聡明な方だ。王太子を常に守り、アナスタシアのことも気にかけてくれている。
ヴァシーリーが話を付けてくれる段取りも、リュドミラは省いたようだ。きっと、アナスタシアたちがどう動くかなんて、わかっていたのだ。
昨日、絡まれている時にヴァシーリーが助けようとせずにアナスタシアを探しに行ったことより、目の前のヴィクトリアのことをどうにかすることを考えて動いたのだ。
「いえ、名乗りもされなかったので。あなた、まだいたの? 留学するには成績が足りなさすぎるって言われていたじゃない」
「っ、!?」
「観光も、程々にして帰ることね。アナスタシア、授業に行きましょう」
リュドミラは昨日、散々なことを言われたのをそれでおさめるつもりのようだ。
しかも、アナスタシアを連れ出そうとまでしてくれた。
ヴィクトリアは悔しそうにしていたが、何も言わないで帰るものと思った。
リュドミラが、ここにいるには値しないと言いながら、咎めずに帰れと言ったのだ。その意味をヴィクトリアは理解できなかったようだ。
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