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しおりを挟む急いで、アナスタシアが帰宅しようとしたが、ヴァシーリーはそんなに馬車を急がせることをしなかった。
アナスタシアの具合があまり良くないのに気づいてのことだ。そんなこと、わざわざアナスタシアに確認しなくとも、ヴァシーリーには丸わかりだった。
ヴィクトリアのことをトラウマのように思っているのも知っていた。大丈夫なはずがないのだ。
そんな時に限って朝から会えなかったのかと思うとそれだけで自分に苛ついてならなかったが、アナスタシアがそれに気づくことはなかった。
「アナスタシア」
「……」
名を呼んでもアナスタシアは、あれやこれや考えていて隣にいるはずなのに遠くにいるかのようだった。
ヴァシーリーのことなど、アナスタシアの頭の中にはない。それすら面白くないヴァシーリーが、ぶすっとしていたがヴァシーリーはその仕返しをヴィクトリアにするのにどうしてやろうかと思っていた。
アナスタシアの家に着くとヴァシーリーも一緒なのに使用人たちは、驚くことはなかった。
「アナスタシア様。旦那様と奥方様が、リビングでお待ちです」
「お父様が、もう帰っているの?」
「はい」
既に両親が揃っていることにアナスタシアは、驚かずにはいられなかった。ハッとしてアナスタシアは、ヴァシーリーを見たが、首を振るだけだった。
ヴァシーリーはそんな知らせをしてはいない。
「2人とも帰って来たか」
「ただいま戻りました」
「お邪魔してます。アナスタシアが、心配で着いてきました」
父は2人を見ても、いつものことのようにしたが、ヴァシーリーの言葉に眉を顰めた。
「まさか、あの子、もう来ているの?」
母は、顔色を悪くしていた。ヴィクトリアは、叔母に母の姉にそっくりなのだ。そのせいで、散々な目にあってきたトラウマがある。
絶縁しているから、もう会うことないことにアナスタシアと同じくホッとしていた1人だ。
父もそれを知っているから、母の横で気遣わずに身体をさすっていた。
「えぇ、私の従姉と言って、王太子と婚約するのは自分だと触れ回っているようです」
「「は?」」
「帰って来る時には、王太子の婚約者に噛みついていたようですよ」
そう言って、隣にいるヴァシーリーを見た。ヴァシーリーは、無表情で答えた。
「私が、それを見ていました。前より強烈になっていたのは確かです」
ヴァシーリーとて、わざわざ関わりたくない令嬢だ。いてものヴァシーリーなら、止めに入っていてもおかしくないが、ややこしいことになりそうでアナスタシアを探すのを優先させた。
王太子の婚約者の令嬢は、あんなのに負ける女性ではない。
「……そこまでやったか」
アナスタシアたちの言葉に両親は頭を抱えたくなっていた。
「あの、お父様たちは、あの人が留学して来るのご存じだったのですか?」
朝は、そんな雰囲気ではなかったはずだ。
「義兄が、手紙を寄越した。ティモフェイが王女と婚約したのを台無しにしそうだから、修道院に入れと言ったら、離婚した義姉が留学させたと」
ティモフェイとは、アナスタシアの従兄で、ヴィクトリアの兄だ。妹を溺愛していた彼でも、王女との婚約を台無しにされることになれば、ヴィクトリアの味方をしなかったのだろう。
物凄いシスコンだったが、将来勝ち組にいるのが自分だと思っているような子息だ。その辺、叔父に全く似ていない。
「え、離婚?」
「あぁ、ヴィクトリアは、もう公爵令嬢ではない。母方の子爵令嬢だ」
色々あっても離婚に踏み切ったことがないのは、ヴィクトリアがやらかすことのほとんどがアナスタシアに対してだったからだ。
それが、絶縁してアナスタシアの持っているものを奪えなくなって、身近なものたちのものを奪うようになったのではなかろうか。
兄の婚約者なら、将来の義姉だ。ちょっとくらい貰ってもいいと思ってエスカレートした可能性はある。
ヴィクトリアは、一度奪うことができるとそれに味をしめる。次から次へと奪い尽くしそうな勢いで奪いさっていく。
ティモフェイの婚約者が王女で、いいものを持っていたに違いない。しばらく会っていなくとも、アナスタシアにはヴィクトリアのやりそうなことがわかってしまった。
「従兄は?」
「良縁を台無しにされそうで、怒り心頭になってる。もう、味方はしないだろう」
「……」
アナスタシアは、何とも言えない顔をした。シスコン男は、その程度の愛情しか持っていなかったようだ。
「たぶん、ヴァシーリー様が第1王子だから、王太子はあなただと思っているのではないかと」
「いや、私が王太子になる気がないのは、周知の事実のはず」
そう、幼なじみのヴァシーリーはこの国の第1王子だ。だが、アナスタシアに一目惚れして、幼なじみとなり、王太子となるより、婿入りすることを選んだ人だ。
その辺は、この国では有名な話だ。アナスタシアの横こそ、自分の居場所だと言い切る男だ。
この国の王太子は、第2王子だ。
「ヴィクトリアは、思っている以上に物凄く馬鹿よ」
「お母様。そこも、そっくりなんですね?」
「えぇ、あの人の娘だもの。第1王子が、王太子にならないわけがないと思っているに違いないわ」
それにアナスタシアの父とヴァシーリーと使用人たちは、遠い目をした。ヴィクトリアの思考はぶっ飛びすぎている。
アナスタシアと母は、あり得るなと思ってげんなりしていた。兄に味方してもらえず、兄が婚約者を選んだこともあり、それならば自分は王女の上の王太子を婚約者にして、見返そうとか。そんなことを思ったのではなかろうか。
持っているのが、アナスタシアだと思っているから、簡単に手に入れられると思って、従姉だと触れ回っていたところに王太子の婚約者が別とわかって、どうしていることやら。
あ、どうもしない。アナスタシアが、嘘をついたと思って怒っている。ヴィクトリアは、そういう令嬢だ。
そこまで、アナスタシアは思い至ってため息が溢れた。
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