歴史から消された皇女〜2人の皇女の願いが叶うまで終われない〜

珠宮さくら

文字の大きさ
1 / 50
プロローグ

しおりを挟む

ファバン大国。その名を知らぬ者は、その世界にはいない。それほどまでに大きな国があった。その国で起こったことが未だ色褪せることなく、伝説として語り継がれている。だからこそ、他の国より天変地異が少ないのだと数百年の月日が経っても未だに信じられている。

だが、他国ではただのおとぎ話だと思われていた。大国を知らしめるために大袈裟に誇張していると取る者も少なくない。

現に比べてみれば、天変地異が起こる頻度も、規模も、全然違う。だからといって、ファバン大国の者が他国で起こる天変地異の被害をざまぁみろなんて思う者は、あまりいない。

ただ、自分たちが信じている存在に間違いはないのだと思うばかりだった。

だからこそ、ファバン大国では幼い頃より、祖父母や両親、それに周りの大人たちが、その話を子供たちに聞かせ続けた。どこかの家は、こう言っていた。別の家は、こうだ。なんてことはなく、同じことを聞いて、大国の子供たちは大きくなる。聞かずに大きくなった者がいるのなら、耳が聞こえぬ者くらいだ。


「今日も、感謝を」


ファバン大国が平和なのも、その方がいたからだ。朝と夕に感謝と祈りが捧げられ、それが何百年と続いている。

それが、大国での当たり前となって、どのくらい経つか定かではない。その頃は、そこまでの大国ではなかったはずだが、天変地異が他よりも少なく被害も抑えられている間に大国となっていた。

ファバン大国の皇族も、国民と同じく、日々の祈りと感謝を欠かさなかった。特に皇帝は、毎日同じように祈り、感謝を捧げると共に数ヶ月に一度の祭事をこなしていた。

そのたび、皇帝は自分の子や孫に皇女が生まれることを切望した。そうなれば、自分の地位は安泰となり、その方の父や祖父として名を残すことになる。

まぁ、そんな思惑がちらほらあれど、それをひた隠しにして過ごしていた。

その方が、ファバン大国では、いつの間にか神のような存在となっていた。自分たちを救うために過去の国を救った方として、感謝し続けていた。

だから、今があるのだと。

そんな、ある日のことだ。ファバン大国の屋敷で、こんなことを言う者が現れた。


「お会いしてみたいものね」
「おい、やめないか。それは考えてはならんことだぞ」
「でも、お父様。これは、私の本心よ」
「ズーウェイ」


まだ、生まれていない方に会いたいと思うことは、天変地異の被害が起こることを呼び込むことに繋がる。だから、まだ生まれていないのは、良いことに他ならない。

その方が生まれたら、いつでもどうにかしてくれる存在だと思考が変わる者も中にはいるかも知れないとして、長くタブーとして扱われていた。

次こそは、その方に同じ目にあわせはしない。そのために大国の民は、祈り、感謝し続けているのだが 、ここにいる身なりの良い服を着た若い娘は、父にこう言った。


「生まれ変わって来られたら、今度こそ、その方だけに負担をかけないようにし続ける。だから、私はその方にお会いしたい。この大国が、こんなにも平和に過ごせているのを見ていただきたい。この大国で、長く生きてほしい」
「……そうか。お前は、そう考えるのだな」


父は、娘の考えを聞いて、やめろと言うことはなくなった。父も、同じくその方が生まれ変わった先で幸せになることを願うようになった。

後にこの娘が、ファバン大国の皇帝に見初められ、妻となり、この大国で待ち望まれ続けた女児を産んだ。

それに皇帝も、彼女の父親も、国民みんながそれを喜んだ。皇子が生まれた時よりも、祝福が連日連夜続くことになった。


「これで、何があっても、この国は安泰だな」
「は? 何言ってるんだい」
「? だって、そうだろ?」
「そんなんだから、前の時に身を呈して天変地異から守ってくださったんだ」
「だから、何があっても、また守ってもらえばいい」
「あんた、そんなこと考えてたのか?」
「??」


街で、そんなことを言った者は、同じ目にあった。


「そんな考えなら、もう店に来ないでくれ」
「な、何でだよ!?」
「俺らも、見たくねぇ」
「っ、」
「もう、あんなことにならないように私たちは、生まれ変わられた彼女に幸せになってほしくて、祝福してんだよ。あんたみたいな、奴と一緒にされたくないね」


こうして、皇女が生まれた時にそんなことを言った者たちは、街で居場所を失くした。

そういう連中の溜まり場がなくなることはなかった。似た者同士で、集まるようになった連中は、それまでとは真逆に朝と夕の祈りも感謝も、一切せず、皇女が何とかしてくれるから平気だと言うのをやめることはなかった。

そういう者たちは、心から感謝と祈りを捧げてはいなかったのだ。都合の良い存在だと思って、信じていた。これまで祈って、感謝していたのだから、その分の見返りがあると思っていた。

そんなこと一切求めずに純粋に祈れと散々言われてきたのに彼らは、すっかり忘れたかのように歪んだ心を隠すこともなくなった。

だが、街でそんな者たちが現れ始めたのも知らず、後宮ではその代償のように母となった者の寿命は短いものとなった。

女児を産んで、数ヶ月。彼女の身体は、弱っていく一方となった。


「ズーウェイ」
「お父様、あの方を、皇女殿下をお願いします」
「あぁ、陛下と共にお支えする」


最期の時は近い。その時の親子の会話は、それだった。皇女を産んでから、すっかり痩せ細った娘は、以前の元気だった姿とは似ても似つかない姿だった。

病気一つしたことのない娘が、床に伏している姿に父親として何もしてやれない不甲斐なさに泣きそうになるのを堪えることしかできなかった。

ズーウェイは、娘のことを名前で呼ばなかった。それは、母であろうとも、違えてならぬものが、そこにあったからだ。

父に今後を託し、入れ替わるようにやって来た夫である皇帝に先に逝くことを詫びた。


「ズーウェイよ。謝ることはない。よくぞ、皇女を産んでくれた」
「あぅー」
「?」


その時、女官に抱っこされた女児が、声を発した。そして、必死になって母に手を伸ばした。


「はぅぇ」
「っ、!?」
「皇女殿下」


まだ、言葉など話せないはずなのに。確かにそこにいる者たちには、女児が母を呼んだのが聞こえた。


“母上”


「っ、」
「あぅー!」


女児は、母の側に行くと女官の腕から暴れた。それは、初めてのことだった。母が床に伏して、顔を合わせても、泣くことも、愚図ることもなかった。

なのにその時は、必死になって暴れたのだ。女官は、落として怪我でもさせては大変だと慌てふためいた。


「皇女をズーウェイの側に」
「は、はい」


皇帝の言葉に女官は頷いて、すぐにズーウェイの眠る布団の横に寝かされると途端に女児は大人しくなった。


「はぅぇ」
「母と呼んでくださるのね」


ズーウェイは、それに感激して泣いた。それを見ている皇帝も、お付きの者も、侍医たちも涙した。


「あぅー」
「っ、駄目です!」
「ズーウェイ!?」


皇帝は、驚いた。女児に強い言葉を発したのだ。


「っ、ふぇ」
「駄目です。その力は、私に使ってはなりません」
「ぅー」
「あなたの力は、この国のために使わねばなりません」


ズーウェイは、泣き叫ぶ皇女を離させた。それを皇帝も、誰も何も言えなかった。死に逝こうとしているのにそんなことを言ったのだ。


「ぅー、!」
「ならぬものは、なりません。私の願いは、あなたがこの国であなたを信じるものと生きることです」


皇帝が、妻の名を呼んだ。皇女は、皇帝が赤子を抱きかかえた。ぐすっ、ぐすっと泣く女児に皇帝と妻を見ているしかなかった。


「ぐすっ、」
「この大国が、以前よりどんなに素晴らしく変わったのかを見て、この国で共に生きてほしいのです」
「ぅ~」
「それが、あなたに……ディェリン皇女に、私が、母として、望むことです」


泣き腫らした顔で、ディェリンと呼ばれた皇女は母を見た。母は、泣いていた。

じっとディェリンは、母を見て手を伸ばした。今度は、その手にズーウェイが必死に伸ばし返した。

ポン。可愛らしい手が、ズーウェイの手のひらに置かれた。約束するとばかりにディェリンは、母の手に己の小さな手を置いて、そして笑った。


「ありがとう、ございます。とても、嬉しい、です」


その輝かんばかりの笑顔を見て、ズーウェイは微笑みながら旅立った。

でも、この約束によって、ディェリンが囚われることになるとは思いもしなかった。

それと彼女が呼んだのは、母のことではなかった。

そして、ディェリンが使おうとした力は、死に逝く母を助けるものではなかった。彼女は、見当たらない者を探そうと母の記憶を覗こうとしただけなのだが、その力を使うなと言われて使うことをしなくなったことで、運命が大きく変わることになるとは誰も思いもしなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~

吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。 ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。 幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。 仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。 精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。 ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。 侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。 当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!? 本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。 +番外編があります。 11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。 11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。

聖なる森と月の乙女

小春日和
恋愛
ティアリーゼは皇太子であるアルフレッドの幼馴染で婚約者候補の1人。趣味である薬草を愛でつつ、アルフレッドを幸せにしてくれる、アルフレッドの唯一の人を探して、令嬢方の人間観察に励むことを趣味としている。 これは皇太子殿下の幸せ至上主義である公爵令嬢と、そんな公爵令嬢の手綱を握る皇太子殿下の恋物語。

すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき
恋愛
サーラには秘密がある。 絶対に口にはできない秘密と、過去が。 ある日、サーラの住む町でちょっとした事件が起こる。 両親が営むパン屋の看板娘として店に立っていたサーラの元にやってきた男、ウォレスはその事件について調べているようだった。 事件を通して知り合いになったウォレスは、その後も頻繁にパン屋を訪れるようになり、サーラの秘密があることに気づいて暴こうとしてきてーー これは、つらい過去を持った少女が、一人の男性と出会い、過去と、本来得るはずだった立場を取り戻して幸せをつかむまでのお話です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】エリーの純愛~薬草を愛でる令嬢は拗らせた初恋を手放したい~

青依香伽
恋愛
伯爵令嬢のエリーは公爵令嬢である従姉のもとで侍女として働いている。 そんなエリーは、幼い頃からの想い人を忘れることができずに初恋を拗らせていた。 この想いが報われないことなど昔からわかっていたのに。 どんなに好きでも、叶わぬ恋は苦しいだけ。そんな思いから、エリーはついに初恋を手放す決心をした。 そんな矢先、離れて暮らす祖母が体調を崩したとの報せが届く。従姉からの後押しもあり、エリーは大好きな祖母のいる領地へと急いで向かった。 傷ついた心を癒しながらも、今は祖母と領地のために前に進もうと決意するが、長年持ち続けた想いはなかなか手放せるものではなくて......。 ※【完結】『ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~』のスピンオフです。本編の女学院卒業後の話になります。 ※単独でもご覧いただけるように書いています。 ※他サイトでも公開中

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

変人令息は悪女を憎む

くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」 ああ、ようやく言えた。 目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。 こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。 私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。 「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」 初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。 私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。 政略といえど大事にしようと思っていたんだ。 なのになぜこんな事になったのか。 それは半年ほど前に遡る。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

処理中です...