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第2章 鮮烈なるイモータル
第37話 サンダーソニア
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ヴェートラルの砂は、ほとんどは川の上に落ちてしまったため、おそらくそのまま海へと運ばれていくのだろう。
恐ろしい大蛇がいなくなり、途端に穏やかに映るようになった清流を視界の端で見るともなしに眺めながら、イドラはふとそんなことを思った。
「イドラさん?」
すぐ下から、声。砂の上に寝そべったソニアは、服をまくったまま、黄金の目でイドラを見上げている。
この体勢のままなのは恥ずかしいですっ——とでも言いたげな瞳に、思わず吹き出してしまいそうになる。
「ごめん、よそ見してた」
「もう」
ヴェートラルを倒した直後。後始末や後送した負傷者の状況確認などやることは多々あったが、イドラとソニアはそれをミロウたちに任せ、抜けさせてもらっていた。
川を少し下った場所だった。水辺の、柔らかな砂の上にソニアは寝ている。早めの就寝——のはずもない。例の暴走を沈めるために、毎夜の儀式をしなければならなかった。
イドラはすぐそばで地面に片膝をつき、その手に己が天恵を握る。
「じゃあ、いくぞ」
「はい。お願いします」
「ナイフを下ろす。3、2、1」
「んっ——、ぅ」
これでもし元に戻らなければ。
そんな不安も内心あったが、幸いなことに杞憂に終わってくれた。
発作の時のように、若干の発光を見せる腹部へとマイナスナイフの刃を刺すと、その光も彼女の瞳の黄金も嘘のように引く。
「は、ぁ……どう、ですか?」
「ああ、大丈夫。戻ったよ。元の、橙色の瞳だ」
「ほんとですか。よかったです、髪は……もう真っ白になっちゃいましたから」
「髪色も橙色だったのか?」
「はい。お母さんから受け継いだ、自慢の髪と目でした」
「そっか」
イドラがマイナスナイフを腰のケースに仕舞っても、ソニアは砂の上に寝そべったまま起き上がろうとはしなかった。服もまくったまま、橙色に戻った目でじっとイドラを見つめている。
「改めて、ありがとうございます。イドラさんがいなければ、わたしの目はきっと黄金色のままでした。……そうなるといよいよ、わたしは誰の子どもなのかわからなくなっちゃいます」
「そんなことないさ。人は色味じゃ決まらない。目の色だとか髪の色だとか、そんなのは人間の本質じゃない」
「そうかもしれませんね。でも、このオレンジの目を守れたこと、すごくうれしいです。知ってますか? サンダーソニアっていう花。わたし、あの橙色の花から名づけられたんです」
「ああ……故郷で見たことがある。そうだったんだな」
ベルのように咲く、望郷の花。まさしくその二文字に焦がれたシスターが育てていた。
砂の上の少女の横顔を、谷間に差す夕陽が赤く染め上げる。朝のうちに村を出たというのに、いつの間にかこんな時間になっていた。
作戦は終わったが、デーグラムに帰れるのは明日になるだろう。
「…………ソニアは、僕が必要だって言ってくれた」
「はい?」
それはあの夜の続き。ベッドの上で交わした言葉の先を、砂の上で交わす。
「僕にも、ソニアが必要だ」
この身から罪が剝がされることは決してない。過去は取り戻せず、過ちはもはや何人たりとも裁けない。
ならば赦しを。罪があるとして、その上で肯定を。
自身の裡には決してない。だからこその一蓮托生。互いを許しあう、そうすることでようやく二人は生きていける。
刃を仕舞った、その手を伸ばす。ソニアはそれを見て、イドラの顔と手とを交互に見た。
「……はいっ!」
やがて、花のように笑ってその手を取る。そのまま引かれて体を起こすと、重力に引かれてまくられていた服が元に戻る。
「そろそろ行こう。まだ大丈夫だと思うが、みんなを待たせてたら悪いしな」
「そうですね。心配をかけてしまうかもしれませんっ」
皆のところへ向かうため、並んで川のそばを歩き出す。
数歩進んだところで、ソニアはふとイドラを追い越して振り返った。
「見てください、イドラさん。とっても綺麗な夕焼けです!」
小さな指が谷の向こうを指差す。その先には、今まさに沈もうとする赤い陽が最後のきらめきを見せていた。
暖かで儚い、昼と夜の狭間。
夕日なんてこれまで何度も見てきたはずなのに、まるで初めて目にする風景のように、赤く焼けた空がイドラの心を染め上げる。
「——そうだな。ああ、すごく、綺麗だ」
あの夕日と同じ瞳がそばにいてくれる。星の見えない夜でも、もう迷うことはない。
思い出と、愛情と、後悔と、罪と、赦しと——泣きたくなるような決別を胸に。
ここから始めよう。壁の向こうを目指す、僕の旅を——
*
最悪のタイミングで聖封印が解けて多数の負傷者を出しはしたものの、ローバルクの尽力もあり、幸運にも死者は誰ひとりとしていなかった。
望む者はイドラのマイナスナイフによる即座の治癒を受けられたこともあり、一同はなんとかその日の内に森を抜けることができた。そして村で一泊し、無事に何事もなく昼間にはデーグラムへと帰還する。
その翌日——
「わたし、司教さまと会うのは初めてだから楽しみですっ」
「この前は僕だけだったもんな」
イドラたちは司教レツェリに招聘され、聖堂に足を運んでいた。
一日休みを経て、今日は褒賞の話などが行われるはずだった。昨日、つまりデーグラムに帰還した当日に、レツェリは作戦についての報告を受けている。
(八面六臂……とはいかなかったかもだけど、活躍はした。約束通りの報酬をもらう権利はあるはずだ)
筋書き通りとは言えない顛末だったが、帳尻だけは合わせられた。ヴェートラルは死に、砂になり、二度と世に現れることはない。
要求通り、ビオス教の禁書に目を通す許可がもらえるはずだ。それでようやく、雲の上という、本当に文字通り雲を掴むような実体のない目標が現実のものに近づく。
長い廊下を歩き、樫の扉を押し開ける。
「……わっ」
礼拝室に入ってすぐイドラの後ろから漏れた感嘆は、奥の壁一面にあるステンドグラスに対してのものだろう。実際、見るのが二度目だというのに、イドラもまだしばし目を奪われた。
「やあ、いらっしゃい。どうだい、ようやく明るいうちのこの壁を見せることができたね」
礼拝堂の奥には、あの日とまったく同じ姿で、顔を大きな布で隠す男が佇んでいた。
「————っ」
ソニアが小さく息を漏らす。司教だというのに若いんだか若くないんだかよくわからないが妙にフレンドリーな奴が出てきたものだから、つい驚いたのだとイドラは納得した。
「変わらないな、あんたは。相変わらず怪しい感じだ」
「フ、率直だね。でも変わらないと言われるのが一番嬉しいんだ、私は。ありがとうイドラ君、トラブルに見舞われはしたようだが聖殺作戦がなんとか成功を収めたのも君のおかげだよ」
「なら率直ついでに言わせてもらうが、約束は守ってくれるんだな?」
「無論だとも。どうぞ書庫を見て回ってくれ……いやもちろん協会にも体裁があるのでね、そりゃあ好き勝手に聖堂をうろうろされるわけにもいかないのだけど。そうだな、日程だけ調整してミロウ君にでも付き添わせようかな」
「……あんた、ミロウのこと便利に使いすぎじゃないか?」
「おおっと、そう言われると返す言葉もない。一番信頼できる部下だからね、彼女は。つい頼りすぎてしまう」
ハハハ、と白い布の向こうで笑う。実際の表情は窺えない。
「時に、司教さま。後出しをするのは紳士的じゃないってわかってはいるんだが、もう一つだけ個人的に願いがある」
「ん? 改まるじゃないか。なんでも言ってくれたまえよ」
「この子が、この間言った連れだ」
緊張でもしているのか、縮こまるソニアの肩に手を置く。
レツェリという個人のことをイドラはまだ信頼できなかったが、少なくとも葬送協会全体に対する不信はなくなった。この三年、過去の出来事からなんとなく避けていたエクソシストたちは、頼りになる者たちばかりだった。
「あァ、ソニア君だね。ミロウ君から聞いているよ。まだ小さいながらも大きく貢献してくれたらしいじゃないか」
イドラは、ソニアが何者かに体を変えられたことを話した。もちろん、事前に協会に相談をしてみると伝え、ソニアの承諾ももらっている。
過去のエピソードについて詳らかに話すことはしなかったが、その出来事のせいで髪も白くなり、イドラがいなければ命にかかわる発作に毎夜襲われていることも説明した。
「……体がイモータルに、か。にわかには信じがたい話ではあるが、ふむ」
「頼む、この通りだ。あんたなら、いち旅人に過ぎない僕よりも情報に触れる機会が多いはずだ。なにかわかることがあったら、なんでも教えてほしい」
「ほかでもない英雄の頼みだ。いいとも、こちらでも一度調べてみよう」
「すまない、恩に着る」
あくまで口約束ではあったが、レツェリも協力を示してくれた。
ソニアの発作は、イドラのマイナスナイフで抑えてはいるものの、完全にイモータル化を止められている確証はない。今すぐになんとかしなければならない問題ではなくとも、いずれは対処する必要のあることだ。
「ところでイドラ君。ああそれにソニア君も、この機に正式に葬送協会《ウチ》に来ないかい? 君たちであればエクソシストとしても申し分ない」
「ぇ——」
「……悪いが、僕は」
「信心のことなら心配いらないよ、エクソシストに敬虔さは必須ではない。我が協会においてはね」
「いや。僕は、目指すべき場所がある。どこにも留まれない」
「雲の上、か。なにが君をそこまで駆り立てるのかは知らないが、心から残念だよ。フ、頼みごとを引き受けた後ならこちらも聞いてもらいやすいと思ったのだが」
「申し訳ない。僕も、エクソシストになるのも悪くないって思ったよ。これは本当だ。だけどこれは恩人の遺言なんでね、なにかしらの決着がつくまでは追うつもりだ」
「なるほど、遺言か。張り合うには私も殉職せねばならないな」
「滅多なこと言うなっての……」
顔が見えないと冗談がわかりづらい。やはり掴みどころのない男だと、イドラはため息を堪えられなかった。
ともあれ協力は取り付けることができた。目的を果たし、挨拶もそこそこにして、イドラたちは聖堂を後にする。
「……ソニア?」
すると、街に出てすぐ、ぎゅっと手を握られた。
聖堂にいた時から妙に口数が少ない。どうかしたのかと問いかける前に、ソニアはイドラの手を引いて早足に歩き出す。
その歩みは、明らかにあてがなかった。
とにかく聖堂から距離を置こうとしているような。昼の街、小さな手に引かれながら喧噪のただ中を抜けて進み、大通りを外れ、人の減った道の真ん中でソニアは唐突に手を離した。
「どうしたんだ? ソニア。なにかあったのか?」
歩を止めて問いただす。顔を上げたソニアの表情には——明らかな、怯えの色があった。
細い自身の体を掻き抱くようにしながら、声を震わせて言う。
「イ、イドラさん……あの人。あの、司教さま」
「司教? レツェリ司教がどうしたんだ、さっきはやけに静かだったが。体調でも悪いのか?」
「声が——。あの恐ろしい声を忘れるはずがありません。あれは……あれは、わたしを閉じ込めて、不死憑きにした人です」
「…………え?」
第二章 『鮮烈なるイモータル』 了
第三章 『断裂眼球』 へ続く
恐ろしい大蛇がいなくなり、途端に穏やかに映るようになった清流を視界の端で見るともなしに眺めながら、イドラはふとそんなことを思った。
「イドラさん?」
すぐ下から、声。砂の上に寝そべったソニアは、服をまくったまま、黄金の目でイドラを見上げている。
この体勢のままなのは恥ずかしいですっ——とでも言いたげな瞳に、思わず吹き出してしまいそうになる。
「ごめん、よそ見してた」
「もう」
ヴェートラルを倒した直後。後始末や後送した負傷者の状況確認などやることは多々あったが、イドラとソニアはそれをミロウたちに任せ、抜けさせてもらっていた。
川を少し下った場所だった。水辺の、柔らかな砂の上にソニアは寝ている。早めの就寝——のはずもない。例の暴走を沈めるために、毎夜の儀式をしなければならなかった。
イドラはすぐそばで地面に片膝をつき、その手に己が天恵を握る。
「じゃあ、いくぞ」
「はい。お願いします」
「ナイフを下ろす。3、2、1」
「んっ——、ぅ」
これでもし元に戻らなければ。
そんな不安も内心あったが、幸いなことに杞憂に終わってくれた。
発作の時のように、若干の発光を見せる腹部へとマイナスナイフの刃を刺すと、その光も彼女の瞳の黄金も嘘のように引く。
「は、ぁ……どう、ですか?」
「ああ、大丈夫。戻ったよ。元の、橙色の瞳だ」
「ほんとですか。よかったです、髪は……もう真っ白になっちゃいましたから」
「髪色も橙色だったのか?」
「はい。お母さんから受け継いだ、自慢の髪と目でした」
「そっか」
イドラがマイナスナイフを腰のケースに仕舞っても、ソニアは砂の上に寝そべったまま起き上がろうとはしなかった。服もまくったまま、橙色に戻った目でじっとイドラを見つめている。
「改めて、ありがとうございます。イドラさんがいなければ、わたしの目はきっと黄金色のままでした。……そうなるといよいよ、わたしは誰の子どもなのかわからなくなっちゃいます」
「そんなことないさ。人は色味じゃ決まらない。目の色だとか髪の色だとか、そんなのは人間の本質じゃない」
「そうかもしれませんね。でも、このオレンジの目を守れたこと、すごくうれしいです。知ってますか? サンダーソニアっていう花。わたし、あの橙色の花から名づけられたんです」
「ああ……故郷で見たことがある。そうだったんだな」
ベルのように咲く、望郷の花。まさしくその二文字に焦がれたシスターが育てていた。
砂の上の少女の横顔を、谷間に差す夕陽が赤く染め上げる。朝のうちに村を出たというのに、いつの間にかこんな時間になっていた。
作戦は終わったが、デーグラムに帰れるのは明日になるだろう。
「…………ソニアは、僕が必要だって言ってくれた」
「はい?」
それはあの夜の続き。ベッドの上で交わした言葉の先を、砂の上で交わす。
「僕にも、ソニアが必要だ」
この身から罪が剝がされることは決してない。過去は取り戻せず、過ちはもはや何人たりとも裁けない。
ならば赦しを。罪があるとして、その上で肯定を。
自身の裡には決してない。だからこその一蓮托生。互いを許しあう、そうすることでようやく二人は生きていける。
刃を仕舞った、その手を伸ばす。ソニアはそれを見て、イドラの顔と手とを交互に見た。
「……はいっ!」
やがて、花のように笑ってその手を取る。そのまま引かれて体を起こすと、重力に引かれてまくられていた服が元に戻る。
「そろそろ行こう。まだ大丈夫だと思うが、みんなを待たせてたら悪いしな」
「そうですね。心配をかけてしまうかもしれませんっ」
皆のところへ向かうため、並んで川のそばを歩き出す。
数歩進んだところで、ソニアはふとイドラを追い越して振り返った。
「見てください、イドラさん。とっても綺麗な夕焼けです!」
小さな指が谷の向こうを指差す。その先には、今まさに沈もうとする赤い陽が最後のきらめきを見せていた。
暖かで儚い、昼と夜の狭間。
夕日なんてこれまで何度も見てきたはずなのに、まるで初めて目にする風景のように、赤く焼けた空がイドラの心を染め上げる。
「——そうだな。ああ、すごく、綺麗だ」
あの夕日と同じ瞳がそばにいてくれる。星の見えない夜でも、もう迷うことはない。
思い出と、愛情と、後悔と、罪と、赦しと——泣きたくなるような決別を胸に。
ここから始めよう。壁の向こうを目指す、僕の旅を——
*
最悪のタイミングで聖封印が解けて多数の負傷者を出しはしたものの、ローバルクの尽力もあり、幸運にも死者は誰ひとりとしていなかった。
望む者はイドラのマイナスナイフによる即座の治癒を受けられたこともあり、一同はなんとかその日の内に森を抜けることができた。そして村で一泊し、無事に何事もなく昼間にはデーグラムへと帰還する。
その翌日——
「わたし、司教さまと会うのは初めてだから楽しみですっ」
「この前は僕だけだったもんな」
イドラたちは司教レツェリに招聘され、聖堂に足を運んでいた。
一日休みを経て、今日は褒賞の話などが行われるはずだった。昨日、つまりデーグラムに帰還した当日に、レツェリは作戦についての報告を受けている。
(八面六臂……とはいかなかったかもだけど、活躍はした。約束通りの報酬をもらう権利はあるはずだ)
筋書き通りとは言えない顛末だったが、帳尻だけは合わせられた。ヴェートラルは死に、砂になり、二度と世に現れることはない。
要求通り、ビオス教の禁書に目を通す許可がもらえるはずだ。それでようやく、雲の上という、本当に文字通り雲を掴むような実体のない目標が現実のものに近づく。
長い廊下を歩き、樫の扉を押し開ける。
「……わっ」
礼拝室に入ってすぐイドラの後ろから漏れた感嘆は、奥の壁一面にあるステンドグラスに対してのものだろう。実際、見るのが二度目だというのに、イドラもまだしばし目を奪われた。
「やあ、いらっしゃい。どうだい、ようやく明るいうちのこの壁を見せることができたね」
礼拝堂の奥には、あの日とまったく同じ姿で、顔を大きな布で隠す男が佇んでいた。
「————っ」
ソニアが小さく息を漏らす。司教だというのに若いんだか若くないんだかよくわからないが妙にフレンドリーな奴が出てきたものだから、つい驚いたのだとイドラは納得した。
「変わらないな、あんたは。相変わらず怪しい感じだ」
「フ、率直だね。でも変わらないと言われるのが一番嬉しいんだ、私は。ありがとうイドラ君、トラブルに見舞われはしたようだが聖殺作戦がなんとか成功を収めたのも君のおかげだよ」
「なら率直ついでに言わせてもらうが、約束は守ってくれるんだな?」
「無論だとも。どうぞ書庫を見て回ってくれ……いやもちろん協会にも体裁があるのでね、そりゃあ好き勝手に聖堂をうろうろされるわけにもいかないのだけど。そうだな、日程だけ調整してミロウ君にでも付き添わせようかな」
「……あんた、ミロウのこと便利に使いすぎじゃないか?」
「おおっと、そう言われると返す言葉もない。一番信頼できる部下だからね、彼女は。つい頼りすぎてしまう」
ハハハ、と白い布の向こうで笑う。実際の表情は窺えない。
「時に、司教さま。後出しをするのは紳士的じゃないってわかってはいるんだが、もう一つだけ個人的に願いがある」
「ん? 改まるじゃないか。なんでも言ってくれたまえよ」
「この子が、この間言った連れだ」
緊張でもしているのか、縮こまるソニアの肩に手を置く。
レツェリという個人のことをイドラはまだ信頼できなかったが、少なくとも葬送協会全体に対する不信はなくなった。この三年、過去の出来事からなんとなく避けていたエクソシストたちは、頼りになる者たちばかりだった。
「あァ、ソニア君だね。ミロウ君から聞いているよ。まだ小さいながらも大きく貢献してくれたらしいじゃないか」
イドラは、ソニアが何者かに体を変えられたことを話した。もちろん、事前に協会に相談をしてみると伝え、ソニアの承諾ももらっている。
過去のエピソードについて詳らかに話すことはしなかったが、その出来事のせいで髪も白くなり、イドラがいなければ命にかかわる発作に毎夜襲われていることも説明した。
「……体がイモータルに、か。にわかには信じがたい話ではあるが、ふむ」
「頼む、この通りだ。あんたなら、いち旅人に過ぎない僕よりも情報に触れる機会が多いはずだ。なにかわかることがあったら、なんでも教えてほしい」
「ほかでもない英雄の頼みだ。いいとも、こちらでも一度調べてみよう」
「すまない、恩に着る」
あくまで口約束ではあったが、レツェリも協力を示してくれた。
ソニアの発作は、イドラのマイナスナイフで抑えてはいるものの、完全にイモータル化を止められている確証はない。今すぐになんとかしなければならない問題ではなくとも、いずれは対処する必要のあることだ。
「ところでイドラ君。ああそれにソニア君も、この機に正式に葬送協会《ウチ》に来ないかい? 君たちであればエクソシストとしても申し分ない」
「ぇ——」
「……悪いが、僕は」
「信心のことなら心配いらないよ、エクソシストに敬虔さは必須ではない。我が協会においてはね」
「いや。僕は、目指すべき場所がある。どこにも留まれない」
「雲の上、か。なにが君をそこまで駆り立てるのかは知らないが、心から残念だよ。フ、頼みごとを引き受けた後ならこちらも聞いてもらいやすいと思ったのだが」
「申し訳ない。僕も、エクソシストになるのも悪くないって思ったよ。これは本当だ。だけどこれは恩人の遺言なんでね、なにかしらの決着がつくまでは追うつもりだ」
「なるほど、遺言か。張り合うには私も殉職せねばならないな」
「滅多なこと言うなっての……」
顔が見えないと冗談がわかりづらい。やはり掴みどころのない男だと、イドラはため息を堪えられなかった。
ともあれ協力は取り付けることができた。目的を果たし、挨拶もそこそこにして、イドラたちは聖堂を後にする。
「……ソニア?」
すると、街に出てすぐ、ぎゅっと手を握られた。
聖堂にいた時から妙に口数が少ない。どうかしたのかと問いかける前に、ソニアはイドラの手を引いて早足に歩き出す。
その歩みは、明らかにあてがなかった。
とにかく聖堂から距離を置こうとしているような。昼の街、小さな手に引かれながら喧噪のただ中を抜けて進み、大通りを外れ、人の減った道の真ん中でソニアは唐突に手を離した。
「どうしたんだ? ソニア。なにかあったのか?」
歩を止めて問いただす。顔を上げたソニアの表情には——明らかな、怯えの色があった。
細い自身の体を掻き抱くようにしながら、声を震わせて言う。
「イ、イドラさん……あの人。あの、司教さま」
「司教? レツェリ司教がどうしたんだ、さっきはやけに静かだったが。体調でも悪いのか?」
「声が——。あの恐ろしい声を忘れるはずがありません。あれは……あれは、わたしを閉じ込めて、不死憑きにした人です」
「…………え?」
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