鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

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月あかり

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 智樹ともき彩葉いろはが付き合い始めてから、和葉かずははあまり家に帰らなくなった。
 梨花りかは祝福してくれたけれど、和葉としては内心ないしん複雑なものがあるようだ。

 先日、彩葉のいない時に和葉が部屋に来て、智樹にこう言った。

「誤解しないで欲しいんだけど、智樹くんと彩葉が男同士だから受け入れられないとか、そういうことじゃないんだ。こんな時代だし、同性カップルに対する偏見や嫌悪感なんかも全く無い。ただ……その当事者が自分の弟だってなると、すぐには気持ちの整理が出来ないっていうか……」

 和葉は言葉を選びながら、さらに胸の内を明かす。

「それと……智樹くんのご家族はどう思うのかなっていうのも心配で……。ずっと隠し通すつもりなのかもしれないけど、何かの拍子ひょうしに明るみに出て、もし反対されたらどうするの? 彩葉のことを本気で想ってくれているなら、将来のことまできちんと考えて欲しいんだ。余計な口出しだとは思うんだけど……兄として、彩葉の傷付く姿は見たくないから……」

 和葉の言葉からは、彩葉に対する深い愛情が感じられた。
 もちろんそれは恋愛感情ではなく家族としての愛情なのだろうけれど、彩葉のことをとても大切に想っていることが伝わってくる。

「ご心配をおかけして申し訳ないです。でも、たとえ自分の家族に反対されても、僕の方から彩葉のそばを離れるつもりはありません。それから、今すぐには難しいかもしれませんが……おりを見て、彩葉との関係を家族にも話そうと思っています」

 智樹が気持ちを伝えると、和葉は少しだけ安心したように表情を緩めた。

「うるさいこと言ってごめんね。彩葉との未来を真剣に考えてくれてるならいいんだ。あと……クリスマスあたりから年末年始にかけて、夜勤や通しの勤務が増えるから、しばらくは職場に近い梨花りかのところで寝泊まりしようと思ってる。留守にする間、彩葉のことをよろしくね」

 忙しさを理由にしていたが、たぶん智樹や彩葉から距離を置いて、気持ちを整理する時間が欲しいのだろう。

 そう思いながらも、智樹は気付かないふりをして
「分かりました。留守の間は、任せてください」
 とった。




 彩葉と二人きりになり、甘い生活が待っているかと思いきや、全くそんなことにはならなかった。

「年末進行で、月末までは死ぬほど忙しい」

 げんなりした顔で彩葉から告げられ、智樹は壁に貼られたカレンダーに目をやる。
 そこには、びっしりと仕事の予定が書き込まれていた。

「年末進行って何?」

「印刷所が年末年始の休みに入るから、前倒しで原稿を上げなくちゃいけないんだよ。気が狂いそうなほど忙しい上に、仕事を抱え過ぎて飛んじゃったライターの分まで穴埋めしなくちゃならなくなって……今の俺は、パンパンに膨れ上がった風船みたいに危うい状態だから、出来る限り刺激しないようにそっとしておいて欲しい」

 そう言われてしまっては、近付くことはおろか、声をかけることさえはばかられる。

 彩葉は、日課である朝晩のシャワーを浴びる時間さえ惜しいのか、浴室を使うのは二日にいっぺんくらいの頻度になり、大好きなビールには一切いっさい口をつけず、食事も部屋に運び込んで、食べながら仕事をするという有様ありさまだった。

 そんなこんなで、クリスマスを共に過ごす余裕などあるはずもなく、あっという間に年末を迎えた。




「やっと終わった!」

 久しぶりにゆっくりと湯船にかり、夕飯を食べながらビールを飲む彩葉は、晴れ晴れとした表情で智樹に笑いかけた。

 ほんのりと赤く頬を染め、子供のように無邪気な笑顔を浮かべる彩葉の姿に、抑えていた感情があふれそうになる。

「お疲れ様。この後、少しだけ時間をくれない?」

「いいよ」

 智樹の願いを、彩葉は二つ返事で了承する。

 食事を終え、後片付けを済ませた智樹は、彩葉の部屋に向かった。
 部屋の扉をノックしたが、返事はない。

「彩葉、入るよ」

 声をかけながらドアノブを回す。

 部屋に入ると、彩葉はローテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。


 ようやく、二人きりの夜を一緒に過ごせると思ったのに。


 智樹は少し残念な気持ちになったが、彩葉の寝顔を見ているうちに、温かなものが胸に込み上げてくるのを感じた。

 言葉を交わさなくても、そばにいられるだけで嬉しい。
 頬に触れると、彩葉がうっすらと目を開ける。

「こんなところで寝たら風邪引くぞ。ベッドに入りな」

 智樹がうながすと、彩葉は体を起こしてベッドに倒れ込んだ。
 布団をかけてやると、彩葉が智樹の腕を掴む。

「一緒に寝ようよ」

「いや、でも……疲れてるんなら、一人でゆっくり寝た方が……」

「いいから早く」

 誘惑にあらがえず、智樹はベッドの中へ潜り込んだ。
 しがみついてくる彩葉の背中に腕を回し、優しく抱きしめる。

 えも言われぬ幸福感に包まれながら、ふと彩葉の顔を見ると、安心し切った顔で再び眠りについていた。

 しばらくそのままでいたが、背中に回した腕がしびれて感覚がなくなってくる。
 彩葉を起こさないように気を付けながら腕を抜き、ベッドから降りた。

「おやすみ」

 眠る彩葉に声をかけて、明かりを消す。

 部屋を出ようとしたが、離れがたい気持ちになり、智樹はベッドの横に座り込んで彩葉の寝顔を眺める。
 カーテンの隙間から入るほのかな月あかりが、ぼんやりと彩葉の姿を浮かび上がらせている。
 それはどこか幻想的な光景で、智樹は自分がどこか別の世界にいるような感覚にとらわれた。


 思えば、上京してから鈴木家に来るまでの間は、仄暗ほのぐらい洞窟の中を手探りであゆんでいるような日々だった。
 けれども今は、こんなにも満ち足りた気持ちで最愛の人との時間を過ごせている。
 過去に襲いかかってきた不運の数々は、今この時のためにあったのかもしれない。
 もし、彩葉と結ばれるという大きな幸運のために、これまで沢山の辛酸しんさんを舐めてきたのだとしたら。
 智樹は過去の全てを肯定し、受け入れることが出来るような気がした。


 その時、着信を知らせる電子音が鳴り、智樹は現実へと引き戻される。
 スマホの画面を見ると、妹の香澄かすみからのメッセージが届いていた。
 そこには、年末年始の帰省をうながす内容がしるされており、智樹は少し憂鬱な気持ちになる。
 なぜなら、家族に話せていないことがいくつもあるからだ。

 前の職場が倒産して、今は家政夫をしていること。
 年下の同性に恋をして、交際に発展したこと。
 この先ずっと、彼のそばにいたいと思っていること。

 どれもこれも、包み隠さず打ち明けるには、相当な勇気がいる。


 どうしよう。
 帰省するべきか、ここにとどまるべきか。
 今すぐ家族に全てを打ち明けるべきなのか、いなか。
 それが問題だ。


 智樹は、どこかで聞いたことがあるような言い回しを頭の中に思い浮かべながら、ひっそりと溜め息をついた。
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