21 / 27
年末の夜
しおりを挟む
智樹は一晩悩んだ末に、今年は帰省しないことにした。
朝食の支度を済ませた後、リビングのソファに座って妹の香澄に電話をかけ、その旨を伝える。
「仕事でトラブルが起きちゃって……休み返上で対処することになったから、今回の正月休みは実家に行けないと思う」
香澄は智樹の嘘を信じてくれたようで、心配そうな声を出した。
「そうなの? 年末年始まで仕事だなんて……あんまり頑張り過ぎないでね。無理しちゃダメだよ」
いたわりの言葉をかけられた智樹の胸が、罪悪感でチクリと痛む。
「ありがとう、大丈夫だよ。落ち着いたらまた顔見せに帰るから、父さんと母さんにもよろしく言っといて」
「うん、分かった。それじゃまたね」
通話を終え、智樹は小さく息をつく。
するとそこへ
「トラブル発生で帰省できないなんて、大変だね」
と彩葉の声がした。
驚いてそちらへ目をやると、開け放たれたリビングのドアの向こうから彩葉が顔を出す。
彩葉はソファのところまでやって来ると、智樹の隣に腰を下ろした。
「なんで嘘つくの? 帰省すればいいじゃん」
「いや、ほら……彩葉と迎える初めての正月だから、一緒に過ごしたいなと思って……」
「じゃあ、二人で一緒に智樹の実家の方まで行こうよ」
「え? さすがにそれは……まだ早くない?」
智樹が狼狽えると、彩葉は笑い出した。
「別に、家まで挨拶しに行くわけじゃないよ。智樹の生まれ育った町を見てみたいなって思っただけ。智樹が家族と過ごしてる間は一人で観光してるし、夜も適当にどこか探して泊まるからさ」
「そんなの、全然一緒に過ごしてる感じがしないから嫌だよ」
「行き帰りは一緒なんだから、十分でしょ」
「ちっとも十分じゃない。大体、新幹線も宿も今からじゃ予約取れないだろうし」
「それなら、年末年始のピークが終わってから行こうか。俺も智樹も平日に動けるんだから、そっちの方がいいかも」
「平日に行くのはちょっと……会社が潰れて失業中だってことを、家族にはまだ話してないから……」
「そんなの『正月休みを返上して仕事したから代休がもらえた』とか適当に誤魔化せばいいじゃん」
「……なんでそんなに帰省させたがるの?」
「逆に、どうしてそんなに嫌がるの? 家族と仲が悪いの?」
「いや、仲は良い方だと思うけど……」
智樹は少し迷ってから、事情を説明することにした。
「うちの妹、出戻りなんだよ。子供を産んでからすぐに離婚して、今は両親と一緒に実家で暮らしてる。田舎町だから、噂がすぐに広まってさ……ただでさえ肩身の狭い思いをしている家族に、これ以上負担をかけたくないんだ」
「負担って?」
「今の僕の状況を知ったら、きっと心配するだろ? きちんと再就職して生活の基盤を整えて……その上で彩葉を家族に紹介したいんだ」
「俺と付き合ってることは隠しておけばいいし、家政夫として働いてるんだから、無理に再就職先を探さなくたっていいと思うんだけど」
「家政夫って言っても、居候をさせてもらってるお礼に家事をしているだけで、彩葉に養ってもらってるようなものだし……。それに、彩葉とはこの先もずっと一緒にいたいから、家族にはちゃんと話しておきたいんだ」
それを聞いた彩葉は、嬉しそうな顔で智樹に抱きついてきた。
「じゃあ、やっぱり一緒に帰省しよう」
「……さっきの話、聞いてた? 今すぐ家族に打ち明けるのは無理だよ」
「わかってる。俺も、付き合ってることはまだ言わない方がいいと思う。ただ、再就職先が決まった後だとしても、いきなり俺が『智樹さんとお付き合いしてます』って挨拶しに行ったら、反対されるだけだと思うんだよね」
「反対されても、彩葉と別れるつもりはないよ」
「俺も別れるつもりはないけどさ、出来れば反対されない方向へ持っていきたいと思わない?」
「それはそうだけど……。でも、どうやって?」
「まずは、俺のことを友達として家族に紹介してよ。それから、この先ゴールデンウィークとかお盆とか、智樹が帰省するたびに俺のことも一緒に実家へ連れて行って欲しいんだ。そうやって会う回数を増やして、俺のことを知ってもらって、ちょっとずつ距離を縮めていけたらいいなぁと思うんだけど……どうかな?」
彩葉の申し出は嬉しかったが、帰省のたびに男友達を連れて帰る息子というのは、少々不自然ではないだろうか。
「気持ちは嬉しいんだけど、毎回彩葉を連れて行ったら、さすがに怪しまれると思う」
智樹が言うと、彩葉はニッコリ笑った。
「それでいいんだよ。『あれ? もしかして……』って徐々に気付かせていく方が、突然カミングアウトするよりもショックが和らぎそうじゃない?」
言われてみれば、そうかもしれない。
智樹の気持ちが、彩葉を連れて帰省する方向へと傾き始める。
そのことを感じ取ったのか、彩葉はスマホを取り出すと宿泊施設の予約アプリを開いた。
「年が明けて帰省ラッシュが落ち着いた頃、一緒に智樹の実家へ行こう。初回から泊まらせてもらうのは無理だろうから、俺の分だけ宿を探して予約しとくね。最寄駅を教えてくれる?」
彩葉の勢いに押されて、その日のうちに実家へ行く日を決定し、家族に連絡を入れて了承を得た後、宿と新幹線の予約まで済ませてしまった。
もう、あとには引けない。
智樹は緊張と不安を抱えたまま、年末の夜を過ごした。
朝食の支度を済ませた後、リビングのソファに座って妹の香澄に電話をかけ、その旨を伝える。
「仕事でトラブルが起きちゃって……休み返上で対処することになったから、今回の正月休みは実家に行けないと思う」
香澄は智樹の嘘を信じてくれたようで、心配そうな声を出した。
「そうなの? 年末年始まで仕事だなんて……あんまり頑張り過ぎないでね。無理しちゃダメだよ」
いたわりの言葉をかけられた智樹の胸が、罪悪感でチクリと痛む。
「ありがとう、大丈夫だよ。落ち着いたらまた顔見せに帰るから、父さんと母さんにもよろしく言っといて」
「うん、分かった。それじゃまたね」
通話を終え、智樹は小さく息をつく。
するとそこへ
「トラブル発生で帰省できないなんて、大変だね」
と彩葉の声がした。
驚いてそちらへ目をやると、開け放たれたリビングのドアの向こうから彩葉が顔を出す。
彩葉はソファのところまでやって来ると、智樹の隣に腰を下ろした。
「なんで嘘つくの? 帰省すればいいじゃん」
「いや、ほら……彩葉と迎える初めての正月だから、一緒に過ごしたいなと思って……」
「じゃあ、二人で一緒に智樹の実家の方まで行こうよ」
「え? さすがにそれは……まだ早くない?」
智樹が狼狽えると、彩葉は笑い出した。
「別に、家まで挨拶しに行くわけじゃないよ。智樹の生まれ育った町を見てみたいなって思っただけ。智樹が家族と過ごしてる間は一人で観光してるし、夜も適当にどこか探して泊まるからさ」
「そんなの、全然一緒に過ごしてる感じがしないから嫌だよ」
「行き帰りは一緒なんだから、十分でしょ」
「ちっとも十分じゃない。大体、新幹線も宿も今からじゃ予約取れないだろうし」
「それなら、年末年始のピークが終わってから行こうか。俺も智樹も平日に動けるんだから、そっちの方がいいかも」
「平日に行くのはちょっと……会社が潰れて失業中だってことを、家族にはまだ話してないから……」
「そんなの『正月休みを返上して仕事したから代休がもらえた』とか適当に誤魔化せばいいじゃん」
「……なんでそんなに帰省させたがるの?」
「逆に、どうしてそんなに嫌がるの? 家族と仲が悪いの?」
「いや、仲は良い方だと思うけど……」
智樹は少し迷ってから、事情を説明することにした。
「うちの妹、出戻りなんだよ。子供を産んでからすぐに離婚して、今は両親と一緒に実家で暮らしてる。田舎町だから、噂がすぐに広まってさ……ただでさえ肩身の狭い思いをしている家族に、これ以上負担をかけたくないんだ」
「負担って?」
「今の僕の状況を知ったら、きっと心配するだろ? きちんと再就職して生活の基盤を整えて……その上で彩葉を家族に紹介したいんだ」
「俺と付き合ってることは隠しておけばいいし、家政夫として働いてるんだから、無理に再就職先を探さなくたっていいと思うんだけど」
「家政夫って言っても、居候をさせてもらってるお礼に家事をしているだけで、彩葉に養ってもらってるようなものだし……。それに、彩葉とはこの先もずっと一緒にいたいから、家族にはちゃんと話しておきたいんだ」
それを聞いた彩葉は、嬉しそうな顔で智樹に抱きついてきた。
「じゃあ、やっぱり一緒に帰省しよう」
「……さっきの話、聞いてた? 今すぐ家族に打ち明けるのは無理だよ」
「わかってる。俺も、付き合ってることはまだ言わない方がいいと思う。ただ、再就職先が決まった後だとしても、いきなり俺が『智樹さんとお付き合いしてます』って挨拶しに行ったら、反対されるだけだと思うんだよね」
「反対されても、彩葉と別れるつもりはないよ」
「俺も別れるつもりはないけどさ、出来れば反対されない方向へ持っていきたいと思わない?」
「それはそうだけど……。でも、どうやって?」
「まずは、俺のことを友達として家族に紹介してよ。それから、この先ゴールデンウィークとかお盆とか、智樹が帰省するたびに俺のことも一緒に実家へ連れて行って欲しいんだ。そうやって会う回数を増やして、俺のことを知ってもらって、ちょっとずつ距離を縮めていけたらいいなぁと思うんだけど……どうかな?」
彩葉の申し出は嬉しかったが、帰省のたびに男友達を連れて帰る息子というのは、少々不自然ではないだろうか。
「気持ちは嬉しいんだけど、毎回彩葉を連れて行ったら、さすがに怪しまれると思う」
智樹が言うと、彩葉はニッコリ笑った。
「それでいいんだよ。『あれ? もしかして……』って徐々に気付かせていく方が、突然カミングアウトするよりもショックが和らぎそうじゃない?」
言われてみれば、そうかもしれない。
智樹の気持ちが、彩葉を連れて帰省する方向へと傾き始める。
そのことを感じ取ったのか、彩葉はスマホを取り出すと宿泊施設の予約アプリを開いた。
「年が明けて帰省ラッシュが落ち着いた頃、一緒に智樹の実家へ行こう。初回から泊まらせてもらうのは無理だろうから、俺の分だけ宿を探して予約しとくね。最寄駅を教えてくれる?」
彩葉の勢いに押されて、その日のうちに実家へ行く日を決定し、家族に連絡を入れて了承を得た後、宿と新幹線の予約まで済ませてしまった。
もう、あとには引けない。
智樹は緊張と不安を抱えたまま、年末の夜を過ごした。
47
あなたにおすすめの小説
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
優等生αは不良Ωに恋をする
雪兎
BL
学年トップの優等生α・如月理央は、真面目で冷静、誰からも一目置かれる完璧な存在。
そんな彼が、ある日ふとしたきっかけで出会ったのは、喧嘩っ早くて素行不良、クラスでも浮いた存在のΩ・真柴隼人だった。
「うっせーよ。俺に構うな」
冷たくあしらわれても、理央の心はなぜか揺れ続ける。
自分とは正反対の不良Ω——その目の奥に潜む孤独と痛みに、気づいてしまったから。
番なんて信じない。誰かに縛られるつもりもない。
それでも、君が苦しんでいるなら、助けたいと思った。
王道オメガバース×すれ違い×甘酸っぱさ全開!
優等生αと不良Ωが織りなす、じれじれピュアな恋物語。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる